INTERVIEW

アントニー・ヘガティが改名、〈アノーニ〉として生きていることを改めて伝える決意表明の初作『Hopelessness』を語る

アントニー・ヘガティが改名、〈アノーニ〉として生きていることを改めて伝える決意表明の初作『Hopelessness』を語る

 アノーニとは、UK出身、NYに住む一人の〈女性〉アーティストだ。いや、もう少し突っ込んで説明すると、この女性はトランスジェンダーとして知られ、90年代半ばからアントニー&ザ・ジョンソンズを率い、アルバムも多数発表している人物。天使のようなファルセット・ヴォイスで、ルー・リードルーファス・ウェインライトビョークヘラクレス&ラヴ・アフェアなど数多くのミュージシャンを魅了してきた、あの稀代のシンガー・ソングライターである。そんな〈彼=アントニー〉が〈彼女=アノーニ〉として新たなスタートを切った。ファースト・アルバム『Hopelessness』は、〈彼女〉として生きていることを改めて伝える決意表明のような作品だ。

ANOHNI Hopelessness Rough Trade/HOSTESS(2016)

 「アノーニは私がここ数年使い続けてきた個人名であり、このプロジェクトの名前でもあるの。牧歌的でシンフォニックでもあったアントニー&ザ・ジョンソンズに比べるとスタイルも違っていて、エレクトロニックだし、存在感がはっきりしているから、違う名前が必要だった。特にアメリカにおいてのトランスジェンダーにまつわる状況、その社会的なポジションなどの面はとても良い方向に向かってきていると思う。私自身、キャリアの初期からトランスジェンダーであることについて歌ってきたわ。でも、私がもう男性の名前で生きていない事実を、人々に知ってもらうことが重要だと思ったのよ」。

 サウンド・プロダクションに関わっているのは、同じNY在住のダニエル・ロパティンによるワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下:OPN)と、スコットランド出身のDJ/プロデューサーであるハドソン・モホーク。OPNの2010年作『Returnal』では表題曲のリアレンジ版に、ハドソン・モホークの2015年作『Lantern』では“Indian Steps”に、それぞれアントニー・ヘガティの名で参加し、交流を深めてきたが、『Hopelessness』では2人にトラック制作を全面的に委ね、彼女自身は作詞とメロディー作りに専念している。その結果、雄大でもあり繊細でもあり、リリカルでどこか厳しくもあるエレクトロニック・ミュージックがここに完成した。厳かかつ穏やかな母性を纏いながら昇天していくアノーニのヴォーカルと見事にシンクロする様子は、アンビエントドローン、ヒップホップといった文脈も併せ持つ〈現代のゴスペル〉といった雰囲気だ。

 「このレコードはちょっとした〈トロイの木馬〉的な作品なの。エレクトロニック・アルバムとして作っていて、聴いていて心地良い、現代的なポップスの様式に合わせながら、そこに強烈なメッセージを含む歌詞を埋め込むことで、人々が家で普通に楽しんでいるうちに、いつの間にか無人爆撃機などについてのメッセージを耳にしていることに気付く……みたいなね。人間という種族としての私たちを立て直そうとする動きに参加しなきゃ、と思わせるようなものかしら」。

 このアルバムには、初のアフリカ系アメリカ人大統領に対する国民の落胆と失望と不信感を突いた“Obama”、アメリカ軍主導の国際部隊による攻撃で家族を失ったアフガニスタンの少女について歌う“Drone Bomb Me”など、アメリカ社会の矛盾と怒りに対して心の痛みをたっぷりと表現した曲が多い。また、今年のアカデミー賞最優秀オリジナル・ソングに“Manta Ray”(映画「Racing Extinction」より)がノミネートされたにもかかわらず、〈時間がない〉との理由で授賞式のパフォーマンスに誘われなかったという〈事件〉も、アノーニを深く傷つけたとか。

 「真実を発信するには勇気がいる。特に〈9.11〉以降から現在のアメリカの状況においてはね。だから私はすでにプライヴェートの生活で使い続けてきたアノーニという名前で、次の一歩を踏み出す必要があった。そろそろ世界と共有しなければいけないと思ったの。私の活動の新しいチャプターを始めるのにも、ちょうど良いタイミングだったのよ」。

 


アノーニ
旧名アントニー・ヘガティ。UK出身、NY在住のシンガー・ソングライター。95年にアントニー&ザ・ジョンソンズを結成し、2000年にカレント93のレーベルから『Antony And The Johnsons』でアルバム・デビュー。2005年にはセクレタリー・カナディアンへ移籍し、『I Am A Bird Now』でマーキュリー・プライズを獲得。その後もグループでのリリースを重ねる一方、ソロとしてビョークやマリアンヌ・フェイスフルらの作品に客演する。2014年に改名。2015年10月にハドソン・モホークとワンオートリックス・ポイント・ネヴァーを共作者に迎え、本名義で初のシングル“4 Degrees”を発表。このたびファースト・アルバム『Hopelessness』(Rough Trade/HOSTESS)をリリース。

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