INTERVIEW

いつも早すぎた3人組、LITTLE CREATURESの新たな挑戦(前編):青柳拓次と振り返る、孤高のバンドが歩んだ特別な25年

LITTLE CREATURES 『未知のアルバム』

いつも早すぎた3人組、LITTLE CREATURESの新たな挑戦(前編):青柳拓次と振り返る、孤高のバンドが歩んだ特別な25年

LITTLE CREATURESの5年ぶりとなる通算7枚目の新作は、『未知のアルバム』と名付けられている。ジャズやテクノ、ワールド・ミュージック、ポスト・ロックなどを採り入れつつ越境的なサウンドを志向してきた3人組は、アルバムごとに大胆な変化を遂げながら、日本のロック・シーンにおける特異点であり続けてきた。そして、このニュー・アルバムに収められているのは、ギターとベース、ドラムという最小限の編成にこだわり抜いた、オールド・スクールなのに未来的なバンド・アンサンブル。さらに今回は、バンド史上初めて日本語詞に取り組んでいる。

デビュー25周年を迎えたLITTLE CREATURESは、孤高であったがゆえに、ミュージシャンズ・ミュージシャンとして愛される一方で、若いリスナーには全体像を掴みづらい存在だったかもしれない。そこで今回は、最近もUA『JaPo』のプロデュースや藤原さくらの『good morning』に参加するなど多方面で活躍するフロントマンの青柳拓次を迎えて、バンドとの親交も深い西尾大作・Mikiki編集長(リアルタイム世代)と、86年生まれの筆者(後追い世代)がそれぞれの視点から質問を投げかけることで、『未知のアルバム』の制作意図に迫ることにした。

これは私見だが、例えばLITTLE CREATURESのディスコグラフィーを、気が利いたDJやリイシュー・レーベルが発見したら結構な話題になるのではないか。当時も早すぎたのに、月日を経てもフレッシュに響く――そういった凄みは、『未知のアルバム』でも健在だ。以前から気になっていた方も、刺激的なサウンドを追い求めている方も、この機会にぜひ注目してみてほしい。この前編では、ビギナーの入り口となるようにキャリアを改めて振り返ってもらった。

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LITTLE CREATURES 未知のアルバム CHORDIARY(2016)

 

3人という制限のなかで、何をやろうかという試みにこだわっていた

――今回は序の序から改めて質問させてください。まず、LITTLE CREATURESはどのように結成されたんですか。

青柳拓次「中学1年の時にドラムの栗原(務)と一緒にバンドをやりはじめたんですが、その時はベーシストがまだ決まっていなくて。それで高校に入ったら、隣のクラスにマルチな才能を持った男子がいるらしいと。それから、入学早々に新入生のキャンプがあったんですけど、キャンプファイヤーの時に1人でオケを流しながらエレキ(・ギター)を弾きまくっているヤツがいて(笑)。噂の〈マルチな男〉じゃないかと思って、その後すぐに連絡をしたんです。それが鈴木正人だった」

――以降、不動のメンバーがそうやって揃ったわけですね。もっとメンバーを増やしたりという選択肢もなくはないと思いますが、〈3人〉というのはやはり重要だったのでしょうか?

青柳「そうですね。3人とも音数の少ない音楽が好きだったし、トリオがバンド編成における一番べーシックな形じゃないかと思っていて。それで現在のメンバーと出会ってからは、ほかに人を入れようとは考えなくなったかな。ベースとシンセを同時に弾いたり、ギターを持ちながらパーカッションを叩いたりとか、3人という制限のなかで何をやろうかという試みにこだわっていました」

2015年のライヴ映像
 

――〈音数の少ない音楽〉というのは、例えば?

青柳「ジャズでいうとトリオやクァルテット、クラシックではピアノ・ソロだとか、あらゆるジャンルのなかでも人数の少ないものにグッときていましたね。ロックの場合でも、ギターが何人も並んでいるよりは、やはりシンプルに、ギタリスト1人にベースとドラムのトリオが好きで。今回のレコーディング中にも、3人が高校生の頃に好きだった初期のジョー・ジャクソンを聴き直していたんですけど、それもトリオの演奏に歌が乗っているものですよね」

ジョー・ジャクソンの79年作『Look Sharp!』収録曲“One More Time”
 

――そういった音楽の趣味もそうだし、3人ともマルチ・プレイヤーであったりというのも、LITTLE CREATURESの個性だと言えそうですよね。結成した当時、そういうバンドは珍しかったんじゃないですか?

青柳「当時は〈イカ天〉のバンド・ブームの時代で、ブルーハーツジュンスカJUN SKY WALKER(S))のように、パンク寄りのロックンロールみたいな、わりとシンプルなバンドが多かったですね」

※80年代後半~90年代前半のバンド・ブームを牽引したオーディション番組「三宅裕司のいかすバンド天国」のこと

西尾大作「俺が(LITTLE CREATURESを)知ったのも、やっぱり〈イカ天〉がきっかけだったかな。当時はみんな観てたもんね」

〈イカ天〉出演時のライヴ映像
 

――それを観てどう思いました?

西尾たまのように、日本の歌謡曲やニューミュージックの流れを汲んだメロディーやアレンジを持つバンドが多かったなかで、クリーチャーズはそのどれともまったく違ったよね。その当時、俺はバリバリのパンク・バンドをやっていたから全然理解できなくて、〈この人たちは、なぜこんな古臭い楽器を使っているんだろう?〉と思っていた(笑)」

青柳「フフフ(笑)」

西尾「〈こんなスカッスカの音でいいの?〉みたいな(笑)。ギターなんて音が大きければいいんだ!という時代に、小さい音でアコースティックというのも衝撃的で、とにかく似たバンドが日本にはいなかったよね」

――そういう音楽性にはどうやって辿り着いたのでしょう。

青柳「僕の場合は、洋楽が好きだった兄貴の影響がありますね。でも一番は、学校の影響が強いかな。中学や高校の頃はパブ・ロックネオアコもすごく流行ってたし、ポーグスみたいなアイリッシュ・パンクと呼ばれるバンドがいたり、レゲエもダンスホール全盛に変わっていくような時代だった。TV番組で言えば『ザ・ポッパーズMTV』もあったし、そういう意味では音楽がすごく身近にありましたね」

ピーター・バラカン氏が司会を務め、84年〜87年にかけて放送された洋楽紹介番組

90年のEP『LITTLE CREATURES』収録曲“THINGS TO HIDE”
 
ポーグスの85年作『Rum Sodomy & The Lash』収録曲“Dirty Old Town”
 

西尾「あとクリーチャーズは、英語でオリジナル曲を作っているというのも当時珍しかったな」

――同時代だと、ほかにはフリッパーズ・ギターとか?

青柳「僕らは(世代的に)フリッパーズの後になるんですが、確かに彼らくらいですね。小山田くんは学園祭で観たり、自分たちが観に行ったライヴ会場で居合わせたり、そういうことはよくありました

※LITTLE CREATURESの3人が通っていた和光高校には、フリッパーズ・ギター/CORNELIUS小山田圭吾も通っていた

――英語詞であることにはこだわりがあったんでしょうか。

「ヴォーカルを、楽器というか音色の一つのように捉えていたんですよね。歌詞の意味を伝えたいというよりは、サウンドに馴染むようなイメージを求めていた」

――ここまでの話をまとめると、LITTLE CREATURESは活動がスタートした時点から音楽シーンにおいて孤高の存在だったと。デビュー25周年を迎えた現在、そのあたりに変化はありますか?

「いまもあまり変わらないです(笑)。ジャンル的にもサウンド的にも扱いづらいんでしょうね」

僕らは最新の音楽に対して、かなりアンテナを張ってきた

――ファースト・アルバム『VISITA』(91年)は、フォーキーなサウンドのなかにアシッド・ジャズなど同時代の最先端をいち早く採り入れていましたよね。

青柳「そうですね。当時はちょうどイギリスに留学していたのもあって、自分のなかではシンクロしていたんだと思います。それが他人の目にどう映っていたのかと言われると、ちょっとわからないですけど……(笑)」

――見方によっては、渋谷系と近いところもある気がします。

青柳「確かに同時期なんですけど、渋谷系と言われたことはないですね。正人も最近、〈雑誌の渋谷系特集に(LITTLE CREATURESが)入ってなかった〉と言ってたな(笑)」

『VISITA』収録曲“NEED YOUR LOVE”
 

――同時代性というのは、これまでの活動を通じてどう意識していましたか。

青柳「僕らは最新の音楽――それも国内より外国の音楽に対してはかなりアンテナを張っていましたね。当時はそういう影響を(日本で)形にするとなったら4、5年はタイムラグが生じるものだったんですよ」

――いまのようにインターネットが普及する前ですしね。

青柳「そう。でも僕らは、すぐに自分たちのものにしようとしていた。もちろん、採り入れるといってもそのまま一緒のことはやらない。あくまでエッセンスとしてですけどね。わりとすぐに呼応できていた気はします」

――『VISITA』以降もコンスタントにアルバムを発表していますが、改めて聴き直すと、どの時期も〈早すぎた〉印象を受けるんですよね。ワールド・ミュージックのブームに反応したかと思えば、『little creatures meets future aliens』(97年)ではクラブ・カルチャーにどっぷり浸かったり。2010年に発表された2枚組ベスト盤『OMEGA HITS!!!』でも、Disc1と(97年以降の楽曲が収録された)Disc2で音楽性がガラッと変わっている。

『little creatures meets future aliens』収録曲“for ease”
 

西尾「そこは時代の空気も強かったよね。アフロビートバルカン・ビートが同時期に再発見されたり」

青柳「そうだね。DJカルチャーの影響が強かったし、音楽を作るうえでやれることがだんだん増えていった時期でもある。80年代だったらハウスみたいな感じでしか打ち込み音楽を構築できなかったけど、90年代はプロトゥールスが出てきたりと機材も進化していった。生の音楽と打ち込みのリンクがより密接になってきたのもその頃だよね」

2001年のアーティスト写真
 

――2001年の『FUTURE SHOCKING PINK』は、そういったポスト・ロック以降の動きに対する回答と言える作品だと思います。同時期のクラブ・ミュージックやポスト・ロックは、いま聴くと辛いものも結構多いと思うんですけど、LITTLE CREATURESの場合はかえって新鮮な印象を受けるんですよね。それが不思議で。

青柳「影響は受けつつ、ムーヴメントに乗ることに対しては思うところがあったというか。すごく好きで聴いてはいたけど、その流れ自体には乗っていかない感じ。吸収したものを蒸留して……ということをしたいというか」

西尾「むしろ乗っかれない、という(笑)」

青柳「フフフ。乗っかれるなら、乗っかりたかった(笑)。結局、全然乗れてない」

『FUTURE SHOCKING PINK』収録曲“mosquito curtain”
 

――近作を振り返っても、『NIGHT PEOPLE』(2005年)はアコースティックでメロウだったのが、『LOVE TRIO』(2010年)ではシンセサイザーを強調した音作りになっていました。でもバンドの根っこの部分は不変というか。

青柳「そうですね」

『NIGHT PEOPLE』収録曲“Night People”
 
『LOVE TRIO』収録曲“The Sand Cage”
 

西尾「でも、メジャー・レーベルは売り時を考えて売るというか、ビジネス的な考えがすごく強いわけでしょ。クリーチャーズは、そのアーティスティックなマインドとビジネス的なマインドとのせめぎ合いを毎回どう考えてやっているのかな?」

青柳「そのあたりは、もうレコード会社に任せていて。僕らは音作りに専念して、〈あとは何とかしてください〉みたいな感じだった(笑)。内容について、会社から放ったらかしにされていたというのは、とっても幸せなことでしたね」

西尾「俺らはスタジオ入って録るだけだと(笑)」

青柳「そうそう。だから、ビジネスに関しては何の才能もないですよ。(作品を)出していいよと言ってくれる人が、いまだによくいてくれるなぁと思っています(笑)」

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FUJI ROCK FESTIVAL '16
7月22日(金)13:50~〈FIELD OF HEAVEN〉に出演!
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LITTLE CREATURES Unknown Tour 2016
9月22日(木)東京グローブ座
9月30日(金)愛知・名古屋TOKUZO
10月1日(土)京都・磔磔
10月2日(日)大阪・NOON+CAFE
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関連アーティスト
ポール・マッカートニー