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ロバート・グラスパーを山中千尋が解説! ジャズ・ピアニストとしての先進性と独自の音楽観を一流プレイヤーの視点で紐解く

ロバート・グラスパーを山中千尋が解説! ジャズ・ピアニストとしての先進性と独自の音楽観を一流プレイヤーの視点で紐解く

現代ジャズの代名詞、ロバート・グラスパーが自身のアコースティック・トリオを率いて再登場。12月18日(日)~12月22日(木)にかけて、ブルーノート東京で計5日間10セット(!)の来日公演を行う。今年もマイルス・デイヴィス生誕90周年にまつわる一連のプロジェクトや、ロバート・グラスパー・エクスペリメントでの新作『ArtScience』コモンのニュー・アルバム『Black America Again』の共同プロデュースなど大活躍だったグラスパーが、ジャズ・ピアニストとしての真価を発揮するのがトリオ編成でのステージだ。しかも今回は、昨年の〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉に続いての参加となるヴィセンテ・アーチャー(ベース)とダミオン・リード(ドラムス)に加えて、近年のエクスペリメントのライヴに帯同しているDJジャヒ・サンダンスの出演も決定しており、ますます深化したパフォーマンスが披露されるに違いない。

そして、日本を代表するジャズ・ピアニストの山中千尋は、自身のアルバム/ライヴでヴィセンテ・アーチャーとダミオン・リードを起用し、2015年8月にロンドンでグラスパーと共演するなど、このトリオの面々と深い交流を持つ。そんな彼女の目に、グラスパーはどのように映っているのか。グラスパー独自のピアニズムと、トリオ編成でのライヴの見どころを紐解いてもらった。 *Mikiki編集部

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〈時代を映す鏡〉としてのジャズを更新するグラスパー

〈ジャズ〉という言葉に、わたしたちは一体何を最初に思い浮かべるのであろうか。4ビートのベース・ラインに、シンバルのレガート、2拍目と4拍目に刻まれるハイハット、バラードのブラシ・ワーク、スイングする8分音符、オルタードしたスケール、パッシング・ノートやアプローチ・ノートでふんだんに装飾されたビバップのフレーズ、アコースティックのピアノやトランペット、ビッグバンドが一体になって炸裂するようなシャウト・コーラス、テンションと呼ばれる非和声音のたっぷり含まれたコード、それとも何千枚もLPを棚に掲げるジャズ喫茶の苦いコーヒーの味?

また、わたしたちが〈ジャズ〉の名にふさわしいアーティストやバンドを一組挙げるとしたら、誰の名前を一番に思い浮かべるのであろう。チャーリー・パーカーマイルス・デイヴィスフランク・シナトラジョン・コルトレーンウィントン・ケリーセロニアス・モンクチャールス・ミンガスメアリー・ルー・ウィリアムスビル・エヴァンスポール・チェンバースエルヴィン・ジョーンズ、それともデューク・エリントンのビッグバンド...etc。

ジャズという音楽の存在は、すでにクラシック音楽と同じく、音楽のなかで立派な殿堂のように誇り、揺るぎないものとなった。ここに並べたジャズに関する言葉は、音楽の歴史のなかですでにエスタブリッシュとして刻まれた既知の言葉であり、挙げられたジャズ・ミュージシャンの名前は、まぎれもなくジャズ界のセレブリティーたちである。まさしく、ジャズの主要な古典的エレメントとして、誰もが疑いをはさむ余地すらないであろう。

ジャズはチャーリー・パーカーであり、マイルス・デイヴィスであり、ジョン・コルトレーンであり、セロニアス・モンクであり、メアリー・ルー・ウィリアムズであり、デューク・エリントンのビッグバンドであるとも言えるだろうし、あるいはオーネット・コールマンとも、ウェス・モンゴメリーとも、デューク・ピアソンとも、アート・ブレイキーとも言い換えられるのだ。

 ロバート・グラスパー・トリオのスタジオ・ライヴ映像

 ロバート・グラスパー・トリオが前回来日時に披露した、プリンス“Sign 'O' The Times”のカヴァー音源
 

現代において〈ジャズとは何であるか〉の定義は、聴く人それぞれの好みや、その時々の気分に委ねられている。これはまた同時に、ジャズがジャズとして存在することの何であるかをめぐって、人々に熱く論争を呼び起こすことのできた時代は、とっくの昔に過ぎ去ったことをも意味するのではないだろうか。〈ジャズとは何か〉が知りたいのであれば、Apple MusicやSpotifyのジャズ・カテゴリーをクリックすれば良い。そこにアーカイヴされている音楽が、ジャズだ。ジャズにカテゴリーされた自分の好きなアーティストを、ジャズとイコールで結びつけてしまえば良いだけのこと。レディーメイドの答えが、おそらく時代の気分なのだろう。

音楽は時代の影響を避けることはできない。しかし、ジャズほどその時代性を反映してきた音楽はないのではないだろうか。これまでジャズという音楽は常にスキャンダラスな存在だった。スキャンダラス……つまり〈これはジャズか、ジャズでないか〉といった論議を醸し出すようなジャズが、時代を強い力で引っ張っていった。先鋭的なジャズ・ミュージシャンたちは、その境界線を何度も引きなおし、既成の〈ジャズの定義〉に対して血のにじむような戦いを挑んできた。そして、演奏するための方法論やコンセプトが変わるごとに、ジャズの定義は概念を新たにして、再構築をはじめる。

ジャズは時間の流れとともに変容することを運命づけられた音楽だ。生きながらえている音楽は、常に新陳代謝が必然であることと同じように。かつて、マイルス・デイヴィスのジャズが時代を牽引してきた役割を、現在はロバート・グラスパーが担っているのである。

 

時代の行方が聴こえてくる演奏、ピアノ・トリオの神髄

ロバート・グラスパーのこれまでのサクセスについては、多くを語る必要がないだろう。『Black Radio』がグラミー賞の最優秀R&Bアルバム部門を受賞したことでも証明されたように、彼の音楽を支持するのはジャズ・オーディエンスをはるかに超える数の、音楽そのものを愛好する人々たちである。その一方で、ロバート・グラスパー自身も数々のインタヴューで語っているように、彼自身はジャズ・ピアニスト/ミュージシャンとしてのアイデンティティーをしっかりと固めた上で、現在のジャンルを超越した音楽性を創りあげているのも事実だ。

90年代後半以降のブラッド・メルドーを主流とするストレート・アヘッドなジャズ・ピアノ・スタイルでデビューした当時、ロバート・グラスパーは〈黒いブラッド・メルドー〉と囁かれたほどだ。その煌びやかなピアニズムは数々のサポート・ピアニストとしての演奏でもうかがい知ることができる。難解なコード進行や変拍子を軽やかに、そして最もスタイリッシュでソリッドな奏法で表現できるピアニストはそう多くはないだろう。

ブラッド・メルドー・トリオの2006年のライヴ映像

興味深いのは、ロバート・グラスパーが彼自身の職人的なジャズ・ピアノ技法を突き詰めるというベクトルではなく、ジャズのパラダイムを転換するという最も重要な役割を果たすアーティストという方向にシフトしたことだ。同時代のカリスマ的なアフリカン・アメリカンのミュージシャンたちがそうであるように、彼自身の音楽のルーツであるチャーチ(教会)/ゴスペル・ミュージックをさらに深め、独自の進化を遂げているロバート・グラスパーこそ、いまのジャズにとって台風の目なのである。〈ジャズ=ロバート・グラスパー〉。そんな等式が、現代においては腑に落ちる答えではないだろうか。ロバート・グラスパー・エクスペリメントでの活動でもカリスマ的な人気を誇る彼には、ジャンルを問わず若い世代のフォロワーが数多い。そんなことからも、その音楽の影響がどれだけ大きいかを物語ることができるであろう。

そしてこの度、ピアノ、ベース、ドラムというミニマムな、そしてロバート・グラスパーのピアニズムとジャズを十分に堪能できるセッティングで、ロバート・グラスパー・トリオが再来日する。ロンドンのロニー・スコットで、このトリオとダブルビルで同じステージに上がり、間近でそのプレイを堪能することができたことを幸甚に思う。彼の音楽の世界観を余すところなく映す、緊密なトリオのプレイを捉えたサンプルをここで聴いていただこう。

この“Stella By Starlight”は多くのジャズ・ミュージシャンによって演奏されているスタンダード中のスタンダードだが、ドロップ2と呼ばれるごく古典的なジャズの奏法を前口上とした後に、移ろいゆくベース・ラインとミクロ秒針のように刻むドラムを従え、サビの部分の印象的なコード進行とメロディーのストラクチャーを拡大し反復する大胆な手法で、自身の強烈な個性を打ち出してくる。音に心地よく身を任せて、ジャズの流れにトリップして欲しい。

このトリオによるアルバム『Covered』をリピートすれば、ジャズの今が聴こえてくる。そして、このロバート・グラスパー・トリオの演奏を生で接してもらえれば、時代の行方が聴こえてくるだろう。

 ロバート・グラスパーの2015年作『Covered』収録曲“Reckoner”

 

ロバート・グラスパー・トリオ
日時/12月18日(日)~12月22日(木) 
開場/開演:
〈12月18日(日)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
〈12月19日(月)~22日(木)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/8,500円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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PROFILE:山中千尋


ジャズ・ピアニスト。2011年に、名門デッカ・レーベルから初の日本人ジャズ・ピアニストとして全米でアルバム・リリース。世界中で精力的に演奏活動を続ける。今年4月のヨーロッパ・ツアーが英国ガーディアン紙でも絶賛される。ブルー・ノートから2016年にリリースしたアルバム『ギルティ・プレジャー』が12月にLPにてリリース。著書に「ジャズのある風景」(晶文社刊)。バークリー音楽大学助教授。

山中千尋 ギルティ・プレジャー ユニバーサル(2016)

 ★『ギルティ・プレジャー』を語ったインタヴューはこちら

LIVE SCHEDULE
12月21日(水)東京オペラシティ コンサートホール
12月23日(金・祝)兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール sold out!
12月24日(土) 名古屋スイング
12月25日(日) 日立ジョージハウス
12月27日(火)~1月1日(日) イタリア ウンブリア・ジャズ・ウインター
1月3日(火) 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
1月6日(金) 静岡ライフタイム
1月7日(土) 大阪ロイヤルホース
1月8日(日) 前橋市民文化会館
1月9日(月・祝) 長岡くぼた
1月17日(火) 秋田キャットウォーク
1月18日(水) 盛岡スペインクラブ
1月19日(木) 福島ミンガス
1月20日(金) 山形ノイジーダック
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