INTERVIEW

TWINKLE+『JAPANESE YEDO MONKEY』

【特集:SPEAKING OF DIVERSITY】Pt.5

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  • 2017.06.26

SPEAKING OF DIVERSITY
[ 特集 ]日本語ラップの多様性

悠長に振り返ってるヒマもないくらい、進行形の注目作がリリース・ラッシュ。こんな多様に拡張しているからこそ、日本語ラップの最高はひとつじゃないのだ!

★Pt.1 MONYPETZJNKMN『磊』
★Pt.2 SALU『INDIGO』
★Pt.3 春ねむり『アトム・ハート・マザー』
★Pt.4 野崎りこん『野崎爆発』

 


TWINKLE+
星が瞬く夜に、黒船の申し子がSUMMITから前線復帰!

写真/cherry chill will

無冠のホープ

 「五つ星っていうクルーをやってたんですよ。アルファのWADA君とかもメンバーで、それぞれみんな星があって、っていう感じの5MCで。その時に、僕は背がそんなに大きくないんで、TWINKLE LITTLE STARって長い名前にしてたんです。で、ある時、BUDDHA BRANDのライヴに行った時に、デミさん(NIPPS)に〈TWINKLE LITTLE STARです〉って名乗る機会があって、その後にデミさんからTWINKLEって短く呼ばれて。最初は間違えてティンカーベルって呼ばれたんですけどね(笑)。コンさん(DEV LARGE)がそれをFRONT誌で〈ティンカーベル〉って書いちゃってて、結果、その後お会いする時に〈コンさん、違います〉って、もう一度言うことになるんですけど。まあ、デミさんは何の気なしに短くされたんでしょうけど、自分はファンだったし、それが気に入ってしまって」。

 知ってる人は知っている。知らない人はいま知るといい。TWINKLE+といえば、かつてD.LことDEV LARGEの導きでNIPPSの“VENOM 2002”(2002年)に客演して脚光を浴び、D.LとKZAを中心としたHELL RAISER CARTELの“SUPER EMCEE'S PT.1(LETHAL WEAPON PT.2)”(2002年)や、D.Lの『THE ALBUM』(2006年)においても見せ場を用意されてきた期待のホープだった。ざらついた低音の野太い声、いなせな江戸っ子気質の語り口は個性的なもので、当時はフックアップの経緯も相まって〈DEV LARGEの秘蔵っ子〉という見え方もされていた人だが、結局は自身の作品を出すことはなく、表舞台でその名を見ることもなくなっていった。そんな無冠の大器が今回SUMMITからファースト・アルバムをリリースするというのだから、彼の名を記憶している人ほど驚いたに違いない。

 東京生まれの東京育ち。もともと90年代の〈日本語ラップ・ブーム〉に触発されてラップに興じるようになったTWINKLE+は、黒船が来航した96年に洛陽船というグループで活動を開始している。

 「“今夜はブギー・バック”あたりに影響を受けたのが高校生くらいですかね。その後ラジオの『Hip Hop Night Flight』を知ってからは、周りの影響もあってMICROPHONE PAGERやBUDDHA BRANDのようなコアなものに影響を受けはじめて。洛陽船を組むchee-tah man jackとか、アルファも一緒にラップやってたんですけど、カラオケのつもりで歌ってたのが、どんどん自分たちもリリックを書き出したのがスタートでした」。

 そんな洛陽船の最初期の録音となるのが、アルファの初作『アルファ葉』(2000年)に収録の“サムライ”。なお、絶妙に渋いネーミングは、「三国志」から取ったものだという。

 「横山光輝さんの漫画のほうが強いですけど、chee-tah man jackも『三国志』を読んでたんで、話題がよく出てきまして。劉備玄徳が母親に高級なお茶を買いに行くシーンが最初のほうにあって、〈月に一度、洛陽から高価な物や珍しい物を運んでくる船〉っていう説明書きがあったんですね。で、クラブのイヴェントはだいたい月に1回で、高価なものとか珍しいものっていうのは自分たちの楽曲、っていう感覚で……まあ、我々が洛陽船としてクラブっていう港に良いものを届けに行くっていう、そんなイメージで付けたのかな。20年前よりは説明も少し上手になってるはずなんで、ちょっと枝葉が付いてるかもわからないですけど(笑)」。

 その後、先述したようにスポットを浴びたTWINKLE+ではあったが、結果的には飲食の仕事を本道に。一方で、洛陽船の頃からの同級生でもあった友人のK-Beat+と新たに雑草'Zを結成し、ラップはあくまでもマイペースな趣味の範疇に止めていた。

 「コンさんにも言われてました。JINROのCM(2009年)でラップさせていただいた時に、〈良いタイミングだから5曲くらいでも作品にしたら?〉とか、凄い助言もいただいてましたけど、結果的に自分が怠け者だったんですかね。ただ、K-Beat+の家がスタジオみたいになってて曲はチコチコ作ってたので、出来たものは全部コンさんに聴いてもらってました。亡くなる半年くらい前ですか、その頃にけっこうデモが上がってて、〈これはこうしようよ〉とか、6~7曲ぐらいの枠でまとめようみたいなアドヴァイスをいただいてましたね」。

 

過去とは違う歩幅

 そうやってマイペースに動いてきたTWINKLE+だが、SUMMITと彼を繋いだのも往時の縁だった。

 「VISIONでコンさんの追悼イヴェントがあった時にHELL RAISER CARTELで繋がってた皆さんと久々に会えて、また連絡先を交換させてもらってたんですね。その後、AKEEMさんから〈紹介したい人がいるんだけど、SUMMITって知ってる?〉って電話がかかってきて、〈正直に言いますけど、知りません〉って。〈いや、けっこうナイスなレーベルで、そこの人が話したいって言ってるんだ〉って。そうやってAKEEMさんが繋げてくれました」。

 SUMMIT代表の増田氏によれば、もともとHi'Specのアルバム制作時に最初のアイデアが浮かんだそうだが、その際は連絡先がわからなかったこともあって実現しなかったそう。その後、昨夏のレーベル主催イヴェント〈AVALANCHE 6〉への出演オファーを入口にアルバム制作が始まった。

 「作品を頂戴して聴かせてもらったら、〈何でこんなかっけえの、SUMMITのメンバー〉って、嫉妬するぐらいで(笑)。自分はもう40ですから、冷静に考えればイケイケでやってるラッパーって自分より歳下なんですけど、〈こんな若いのにスキル高いな〉って。それが初めの印象でしたね。増田さんと最初に話した後にK-Beat+にも〈こういう話があったんだ〉って報告したんですけど、彼は小学校の時代からインストとかも普通に聴いてるような音楽馬鹿で、当然いまのシーンも自分より何倍も把握してるので、〈こういうレーベルがSUMMITなんだよ〉っていう詳細というか〈『水曜日のダウンタウン』のオープニングやってるPUNPEEって人がいて……〉とか教わって、〈それ、何かカッコイイって聞いたことあるな。え! この人か!〉みたいな。そういう意味では相当K-Beat+に助けられました。僕の真っ白な画用紙に、塗り絵のように縁取りだけグッと描いてくれて、凄く見やすい状態で挑めるようにしてくれたというか。トラックでも6曲くらい参加して、プリプロも全部付き合ってくれたし、K-Beat+には凄い感謝してます」。

TWINKLE+ JAPANESE YEDO MONKEY SUMMIT(2017)

 そういう経緯を経て生まれたのが、今回の『JAPANESE YEDO MONKEY』だ。ここにはK-Beat+とガッチリ組み上げた楽曲と、SUMMIT仲間との邂逅の成果が隆々と居並び、さらに過去のコネクションを活かした楽曲も継ぎ目なく共存している。Southpaw Chopの劇画的なサンプル・ビーツにIQ∞を迎えた“Fu-jin Raijin”、PUNPEEのソリッドな定番使いに乗せてNIPPS、MARIA(SIMI LAB)、GAPPER(PSG)とマイクを回す“There is”、そこからMUJO情の無常な“真夜中の猿”、ジャジーにピアノが躍るK-Beat+製の“KEEP ON”……と黒いヴァイブが立ちこめた前半の流れを聴くだけでも、アルバム全体を支配する濃密な色味とTWINKLE+のラッパーとしての優性は明らかだろう。先述したような声とラップの現役感も抜群で、「伊達にスナック行ってねえから(笑)」という言葉も軽口には思えない。

 洛陽船のplasticmanjpが手掛けた90年代マナーの“KIRO”、OMSBがラップで助演してBIM(THE OTOGIBANASHI'S)がビート提供した“KAIRAKU”、泥臭く粘るOMSビーツの“チュン チュン”など、もともとTWINKLE+に思い入れのあった増田の提案を加味した結果、ビートは予想以上に幅広い一方で不思議な統一感に包まれている。TWINKLE+本人からまず名が挙がってオファーしたというMitsu the Beatsとの“Midnight Run(TYO)”も都会的なメロウネスの滴る逸曲だ。

 「この耳のセンスでの話ですけど、曲を聴くたんびにすぐ〈いい!〉ってなっちゃうんですよ、Mitsuさんの曲って。〈すげえムードいいな〉って。だから、生意気言えないですけど、Mitsuさんのビートを使った人の曲を聴いて、〈俺だったらこれこうするな〉っていうのをよく思ってました。でも、もともと自分は広く聴くほうじゃないんで、すっごい量のビートを提案していただいて、自分が納得できるような15曲にしてもらえて良かったな~って。K-Beat+にはあたりまえに感謝ですけど、増田さんと二人三脚でやらせていただいた感覚が物凄い強くて。いままでこれだけ期間があってリリックをこれだけしか書いてこなかったラッパーに、この短時間で次々に、夏休みの宿題のように大量のビートが来る。で、良いビートなんだけど、いくつも同時に進めるほど自分の頭で分解できないんで、一曲ずつ、一歩ずつっていうのが正直でしたし、増田さんがケツ叩いてくれなかったら、絶対に出来なかったです。毎日が8月31日みたいな(笑)」。

 そんな充実の仕上がりのなか、長年のファンには嬉しいコラボとなるのが、曲名からも察せられる通り、“SUPER EMCEE'S PT. 3(LETHAL WEAPON PT. 4)”だろう。IQ∞とAKEEM、そしてFORCE OF NATUREのKZA(10年ぶりのラップ!)という顔ぶれでHELL RAISER CARTELの続きを威勢良く鳴らしているのだ。

 「IQ∞はアーティストとして凄く好きなラッパーなんでシンプルにもうリクエストしていたし、AKEEMさんは繋げていただいた方というところも含めながら、そしたらやっぱ自然とこうHELL RAISERの雰囲気が出てきたりして、じゃあ、キタさん(KZA)は?って。久しぶりにリリック書いてくれるとか、僕も〈えっ?〉という感じで。曲中でも〈ラップ・ゲームは引退〉って言われてますけど、キタさん、すげえ嫌がってました(笑)」。

 当然フル・メンバーのHELL RAISERではないものの、Illicit Tsuboiによるトラックの〈オマエもこの気持良さにやられちまいな〉と言わんばかりの表情にグッときてしまう。そうでなくても粋なオマージュや影響のが端々から窺えるアルバムながら、やはり思いの大きさを静かに伝える終盤のハイライトこそ、朗々とイイ歌声を響かせる終曲“Sentimental(メランコリー)”のひとつ前に置かれた、GRADIS NICE製の“Ultra Man+”だ。

 「コンさんはお世話になった方である以前に、僕がただのファンだっていう意識の順序があって、表立って言わなくても自分の心にあるような感覚でいたんですけど、このビートを貰った時にNYのビートメイカーさんだって聞いて。、その雰囲気と、あと自分の感情と、(D.Lと縁のある)NYの人だっていう、この3つが何かビンゴしたみたいなところがあって、そういえば、自分がラッパーとして世に出るきっかけを作ってくれたDEV LARGEに何も捧げてなかったな、これなら捧げることができるなっていうイメージができたんです。そういう感覚から、“Ultra Man+”はあの人だけのために書いたっていうところがありました。リリックとかも、あえて引用しましたね」。

 実にスマートで、都会の粋な怪しさや謎めいたメロウネス、猥雑な匂いも封入された傑作『JAPANESE YEDO MONKEY』。TWINKLE+自身の培ってきたマナーとレーベルのいままでのトーンが繋げられた作りに、今後にも期待したくなろうものだ。

 「昔から自分を知ってくれてた人たちにはホントに〈ありがとう〉って言いたいし、せっかく出だした船なんで、ここは何かひとつ、ちょっと過去とは違った歩幅で考えることも凄く大切かなと思ってますね」。

 なお、この後にはSUMMITのポッセ・カット“Theme Song”が控えている。彼が余裕綽々で遊び心を見せた〈吐血MIX〉(!)は聴いてのお楽しみ。

 

『JAPANESE YEDO MONKEY』に参加したアーティストの関連盤を一部紹介。

 

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