得意のファルセット歌唱でエンターテインの度合いを強めてきた恐れ知らずのピアノマンが、自身の何たるかを丸ごと封じ込めた初のフル・アルバムを完成!

あくまでも〈FEARLESS〉

 〈えっ!? ビッケブランカってもうなんかの賞、獲ったの!?〉と、諸々の写真を見て驚かれた方も多いでしょうが、ウソですよ、ウソ。まったくもう。調子にのりやがって。

 「ははは。これ、レコーディングが始まる前から決めてたんですよ。〈1枚目なのに、もう賞を獲ったことにしちゃおうぜ〉って。ジャケ写のこの微妙な表情を出すのが難しくて、何枚も撮りました。〈まあ当然でしょ〉って気持ちも入れつつ、はにかんだ感じも入れつつ。〈なんかウザいわぁ、こいつ〉って笑いながら思ってもらえたらOKっすね」。

ビッケブランカ FEARLESS avex trax(2017)

 大胆不敵というか、恐れ知らずというか。その自覚は本人にもあって、今回のファースト・フル・アルバムのタイトルもズバリ、『FEARLESS』と名付けられた。

 「そう、〈大胆不敵〉〈恐れ知らず〉の意味で〈FEARLESS〉。“THUNDERBOLT”という曲のなかで、フレディ・マーキュリーとマイケル・ジャクソンとミーカという歴代の偉大なアーティストの歌を引用したうえで自分の考えを歌ってるあたりも恐れ知らずな感じが出てますけど、自分がここに込めた意味はもうひとつあって。本当に恐れ知らずの強い人は、〈STRONG〉なわけですよ。で、〈FEARLESS〉というのは本当に強い人というより、〈恐ろしくてビビってるんだけど、それでも立ち向かう〉というようなことで。“THUNDERBOLT”のなかで〈強いわけじゃない/強くありたいだけ〉と歌ってますけど、そういうのが〈FEARLESS〉。自分はそうありたいなと」。

 そもそも〈ビッケブランカ〉というアーティスト名も、〈甲板磨きを一生懸命やってる下っ端の海賊が少しずつ勝ち上がり、いつかは船長に〉という物語を託して付けられたものであるからして、恐れることなく立ち向かっていくのは、言わば彼の基本アティテュード。今作の構成の大胆さも、楽曲の熱量も、ドラマティックさの度合いも、まさしく恐れ知らずの彼ならではだ。

 それにしても、なんと痛快なフル・アルバム。これまで3枚のミニ・アルバムを発表しているビッケだが、彼の有するスケール感やドラマ性はやはりフル・レングスという器でこそ活きるものだなと、これを聴いてそう思う。ファンキーなダンス・ナンバーからピアノ弾き語りのバラードまで、収められた楽曲はかなり多様。初期衝動も残しながら曲順はしっかり練られていて、一瞬たりとも飽きさせない。そのトータリティーが素晴らしいのだ。

 「音楽性はだいぶ広がったかなと。新しいこともいろいろやっていきつつ、〈これだと広がりすぎかな〉ってところで歌をしっかり聴かせるポップスらしいポップスを持ってきて流れを作っていった。曲順は相当考えましたね。フルだからこそ、絶対途中で飽きて飛ばされないようにしようって。自分はダレるものが苦手なんですよ。映画でもスポーツでもライヴでも、ダレる時間が辛くてしょうがない。だから今回は一曲一曲の尺をいつもより短くして、曲ごとにポンポンと景色が変わっていくように並べていったんです」。

 

〈らしさ〉と新たな手法

 アルバムは壮大なSF映画が始まるが如き歌なしの表題曲で幕を開け、そこから勢いのいいドラムを合図にして一気にアップリティングな“Moon Ride”へと展開する。ビートと歌の躍動に加えてホーンが昂揚感をもたらすファンキーで華やかなこのダンス曲は、さながらプリンス“Play In The Sunshine”のよう。途中の〈Thank You!〉という声の発し方まで、そのものだ。

 「プリンスは今まで聴いてきたわけじゃなくて、今作を作るにあたってディレクターからライヴ映画を見せてもらったんです。そう、『サイン・オブ・ザ・タイムズ』。“Play In The Sunshine”の、あの〈Thank You!〉ってところがカッコ良すぎて、これやっちゃおうと。なんか、俺っぽくないすか(笑)?」。

 これまで聴いてきてなかったというわりには、なんとも見事な吸収力&咀嚼力。それもビッケのユニークな才能のひとつだ。

 「プリンスの曲を聴いて、その印象だけを頭に残して自分っぽく作っていった。そういえば昔からそういうふうに曲を作ることがありましたね。小学生の頃はSMAPの新曲があまりに楽しみすぎて、自分で〈こういう新曲だったらいいな〉と思い浮かべながら作ったりしてたし。大学生の頃もテイラー・スウィフトの曲を一回聴いてその印象を頭に残し、次にテイラーがどんな新曲を歌ってくれたら俺は嬉しいかなって考えながら、曲を作ったりしてました。まあ、特技ですね」。

 “Moon Ride”同様、ホーンが高らかにブッ放される先行曲“Take me Take out”へと続き、言葉遊び風のリリックと曲構成が大胆な“Want You Back”へ。そして80sポップ的な音が飛び交うダンサブルな“Stray Cat”へと連なっていく。この2曲は間違いなくビッケの新境地だろう。

 「メロディアスにしたくなるクセを抑えて、Aメロは同じコードに留まって作ったのが“Want You Back”。それによって新しい感じの曲になると確信できた。“Stray Cat”も自分にとって新しいですね。ウェイウェイしないでクールに踊る感じは今までなかったから」。

 6曲目にしてようやくバラードの“さよならに来ました”がくるのだが、これが大名曲。「実は21歳の頃に作った曲で、歌詞だけ刷新して録ったんです」と言うこの泣かずに聴くことのできない曲には、ビッケのソングライターとしての才と魅力が遺憾なく発揮されている。現レーベルのディレクターが〈この曲を聴いて契約を決めました〉と言うほどだ。そして続く“Postman”も、リリックの深みが印象的なスロウだ。

 「これは3年ぐらい前から全英語詞の曲としてあったんですけど、日本語に変えてみようと。作詞芸術みたいなところに振り切れた感覚がありますね。〈イエロー〉ではなく〈イエロウ〉、〈ライトブルー〉ではなく〈ライトブルウ〉と書くことで、古い時代の詩集みたいな雰囲気が出せたし、外と部屋との温度差も上手く表現できた。もともと自分は作詞のスタイルをあんまり決めず、曲に合う書き方でいいと思ってるんですけど、これは曲に呼び込まれて今までにない書き方ができたんです」。

 

強くて美しいもの

 ラップ的な歌い方で進める“Broken”、「J-Pop側に振り切ってほしい」とビッケが意向を伝えてagehaspringsの横山裕章が編曲したバラード“幸せのアーチ”、ピアノ弾き語りの英詞曲“Like a Movie”、それに“Slave of Love”へと続く後半もますます緩急自在。そんな本作の最後は、とびきりドラマティックだ。圧倒的な肯定感に胸が熱くなるアンセム“THUNDERBOLT”。今作の最重要曲である。

 「アルバムを締め括る曲を作ろうと思って書きました。これまでは聴く人それぞれがぞれぞれの捉え方をしてくれればいいという考え方で作詞をしてきたけど、これはそこから一歩先に踏み出して書けた。自分の感覚はみんなと一緒だってことを圧倒的に信じているというか、〈俺たち/私たちは、みんなこうだよね〉っていう思いを初めて歌にすることができたんです。フレディが〈我々はチャンピオンだよ〉と歌って、マイケルが〈世界だよ〉と歌って、ミーカが〈黄金だよ〉と歌ったのと同じように、自分は〈we are the thunderbolt〉と歌うことができた。僕はずっと山奥に住んでいたんですけど、しょっちゅう山に雷が落ちてたんですよ。その稲妻が速くて、力強くて、美しくて、見るのも音を聞くのも大好きだった。自分にとっての〈サンダーボルト〉は、強くて美しいものの象徴なんです」。

 調子にのってるジャケからは想像のつかない力強くて感動的な一曲だが、そのギャップもまた、ビッケのおもしろさのひとつなのだ。

 

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