平賀さち枝のニュー・アルバム『まっしろな気持ちで会いに行くだけ』は、聴き手の心を軽やかに弾ませ、思わず家族や友人、恋人――大切な人のもとへと駆け出させてしまうようなポップスの傑作だ。Taiko Super Kicksの樺山太地(ギター)、1983の新間功人(ベース)と谷口雄(ピアノ)、ショピンの内田武瑠(ドラムス)の4人を基本編成に、弾き語りやデュオでの合奏を交えた12曲が醸す空気感は、実に朗らかで親密。素朴な人なつっこさを基調にしながらも、色味や艶をもたらすアレンジの妙が光る。

初作『さっちゃん』で22歳の頃に登場して以降、着実に知名度を高めていったように見えて、本人名義での音源としては2013年のシングル「ギフト/いつもふたりで」以来のリリースという、今作までの短くない空白期間を思うと、決して順風満帆ではなかったであろう道のり。だからこそ、このアルバムに刻まれている、自身の足で一歩ずつ進んでいったはてに、ようやく〈まっしろな気持ち〉へと辿り着いた彼女の姿が胸を打つ。〈刺さったまんまでハートが/思った通りにいかなくても/とぎれとぎれに咲いた愛を知らせて〉。“10月のひと”で歌われる、挫折や逡巡を当たり前のこととして受け入れたうえで、何度でも愛の瞬間を繰り返そうとする〈強さ〉に成長を見つける。リリースのなかった4年間、平賀さち枝は何を考え、どんなふうに過ごしながら、変化を遂げていったのだろう。数年ぶりにインタヴューした彼女の顔は、晴れやかに輝いていた。

平賀さち枝 まっしろな気持ちで会いに行くだけ Pヴァイン(2017)

 

自分以外の人たちを敵だと思うことをやめていく過程だった

――平賀さち枝の音源としてはちょっと間が空きましたが、〈平賀さち枝とホームカミングス〉名義でのシングル“白い光の朝に”(2014年)があったり、弾き語りのライヴも精力的にやられていたりと、外から見て止まっていた印象はなかったんですよ。

「いや、私はあったんですよ。もうずっとそうでした。だから、2015年や2016年はしんどかったですね。もう動かないと腐りそうなんで、できるだけ地方でもライヴをやって、止まらないようにしていたんです」

2016年のライヴ映像。『まっしろな気持ちで会いに行くだけ』収録の“帰っておいで”が“オムライス(仮)”として披露されている
 

――そうだったんですね。

「基本は1人での行動だし、移動中には辛いときもありました。でも、〈行かなきゃだめだな〉という気持ちだったからがんばって動くようにして。地方の街で会った人たちの温かさや彼らの持つ家族愛、私を迎えてくれる優しさなんかに救われていましたね。気持ちとしては、自然が多い場所にいるほうがラクでした。食べ物も美味しいし。ちょっとね……東京とか大阪とか都市が怖かった時期だったんです。人がいっぱいの場所で人前に出るのもキツかった時期で。なるべく田舎で大自然に囲まれていて、という場所を好んでライヴはしていましたね」

――他人の視線が怖かったということですか?

「うーんとね、2013年に『ギフト/いつもふたりで』というシングルを出して、実はそのあとすぐにアルバム制作にも入っていたんです。プリプロもスタートしてたんだけど、私が途中で逃げ出しちゃって……。子供すぎて、そのときの状況を抱えきれなかったんです。自分の心と行動がバラバラで、〈こうなりたい〉というのと〈自分はこれしかできない〉というのが、なんて言うかな……グチャグチャで整理できなかった」

――描いていた理想像と平賀さんが実際に持つ資質が離れていたということ?

「そう。チグハグだったんですよ。どういう音楽をやったらいいのか、自分のなかで収拾がつかなくなっていたんです。〈いまの時代に求められる音楽はこういうものかな〉とか、考えられないくせにヘンに考えてしまって。自分ができるのはこっちなのに、無理に逆のほうに寄せようとしたり、理想形に近付こうとしたりしても全然できなくて。それがもう整理できなくて止まったんだと思う」

――なかなか辛い時期だったんですね。

「当時は地に足が着いていなかったというか、私自身もアルバムを作れるような器じゃなかった。もういっぱいいっぱいで、お客さんに対しても自分を好きで観てくれる人たちとは思えなくなってしまってたんです。全員、敵だと思っちゃいそうで。このアルバムに到るまでは、そういう気持ち――周りの人たちを敵だと思うことをやめていく過程でしたね。そこで、アルバイトをして普通の穏やかな生活を続けたり、地方にも足を運んだりするなかで、ちょっとだけいろいろなことがわかるようにもなってきて……」

――ゆっくりと成長していった。そのころ描いていた〈こうなりたい〉という像と、いまの平賀さんにとっての理想の姿も違っているんじゃないですか?

「どうなんだろ。当時は浅はかに〈有名になりたいな〉としか思ってなかったんですよ(笑)。でも、やっぱCDを出すことでしか自分は音楽家として続けられないし、ミュージシャンはCDを出すことが仕事で、それをやってなきゃ世間からも相手にされない、というのに気付いたんです」

2011年作『さっちゃん』収録曲“恋は朝に”  

 

混沌とした感情も、歌にするときは〈光っぽい何か〉に変換させたい

――平賀さんのブログ〈キッチンについて〉をそのあたりの時期から読み進めていくと、そうした心境の変化がなだらかに起きているのを察せられました。ただ、実際の制作に向かうのにはちょっと時間がかかったんじゃないですか?

「うん、そうです。全然取り掛かれなくて。でも、ここ1、2年でどんどん良いバンドが活躍しはじめたじゃないですか? それをずっと遠くで見ていたこともあり、2016年の年末あたりに、自分のなかで〈ここでやんなきゃダメだな〉という気持ちが出てきた。その勢いで取り掛かりました」

――若いバンドの躍進が刺激になった、と。

「とにかくこの1、2年でいっぱい出てきましたよね。彼らが音楽の世界を活発にしてくれているし、私もそれを見ていて〈仲間に入りたいな〉〈切磋琢磨したいな〉と思ったんです。2014年頃は、張り合い精神とか全然出なくて、なんかこう〈やる気〉みたいなものも出なかったんですよ。でも、最近の音楽シーンを見ていたら、〈負けたくないな〉みたいな気持ちになったし、〈私も絶対にアルバムを出す〉となって、実際に完成できた。だから、本当にここ最近活躍しているバンドさんには、〈凄いなぁ〉とか〈ありがとう〉とか思っています。自分をこんな気持ちにさせてくれて」

――今作を聴いて、バンドの演奏も魅力的だと感じたんですよ。ボサ・ノヴァ風の“帰っておいで”やソウル~AOR的なグルーヴ感が格好良い“春一番の風が吹くってよ”など、親密さや体温の心地よさみたいなものが音自体に宿っている気がして。こうしたサウンドには、メンバーと制作していくなかで辿り着いたんですか?

「えーと、曲自体にはすべてざっくりしたイメージがありました。まずそれを伝えたんですけど、私はドレミファソがわからないから理屈的な……音楽的なアドヴァイスをどんどん言ってもらって、より良いものも提案してもらって、という感じ。その人たちの味をいただきました。〈まっしろな気持ちで会いに行くだけ〉というタイトルが最初に決まっていたから、それに合うアルバムになればいいなという気持ちでしたね」

――実際、アルバムのなかでも〈まっしろ〉や〈白〉という言葉が……

「多いですよね(笑)。でも、意識していたわけではなく、気が付いたらそうなっていたんです」

――〈キッチンについて〉を読んでいて、この数年間は平賀さんが〈まっしろな気持ち〉に辿り着こうともがいていた時期だったのかなとも思ったんです。その場所に到着できたことで、今作を作り上げることができた気がした。”帰っておいで“でも、〈その幸せとはなんにもないまっしろな日々のこと〉と歌われていて。

「この取材の前にも、何本か新作のインタヴューを受けたんですけど、〈この歌詞は生活が落ち着いていますね、平賀さん〉みたいに言われたんです。でも、書いていた本人としてはそんなことなかったから〈いや、生活も精神もすごく不安定だったんですよ〉と返して(笑)。今年の夏に書いた歌も入っているけど、4、5年前――不安定な精神だったときの曲も収録していますしね。でも、出来上がった歌を聴いた人は、そんなふうに感じないみたいだから、音楽って不思議だなと思います」

――平賀さんとしては、グチャグチャな精神をそのまま歌にすることには抵抗があるんじゃないですか?

「アーティストによっては歌詞に〈バカ〉とか〈死ね〉とか入れられる人もいて、私はそういう人たちのことを〈凄いな、素直だな〉と思うんです。私には歌にそんな言葉を使える〈素直さ〉がないし、自分のグチャグチャした感情を歌うことはできない。それを〈光っぽい何か〉に変換させて歌にするのが好きだから。混沌を混沌のまま出せる人は、凄いなと思います。自分にはできないことだから」

――それができる人だったら、もっと早くアルバムを出していたかもしれないですね。

「そうですね。でも混沌は混沌のまま出せないよね、自分の場合は」

 

〈みんなで幸せになろうね〉と強く想っているし、決してあきらめないでいたい

――〈まっしろな気持ち〉同様に〈会いに行く〉ことも大事にしている作品だと思いました。歌詞のほとんどで、〈誰か〉への甘くて苦い想いを歌っていて、聴き手も胸を締め付けられ、大切な人に会いたくなる。

「嬉しいです。これはいままで以上に自分で作ったアルバムという感覚があるんですよ(急に椅子から立ち上がる)。あ、立ち上がっちゃった(笑)」

――フフフ(笑)。

「だから、ちゃんと人に渡してあげたいなと思っています。今回はアートワークや写真にもとにかく口出したんですよ。〈あーだこーだ〉と、周りから面倒くさがられながら(笑)。〈何が何でも自分の意見を押し通そう〉という気持ちで作れた。そういうふうに思えて、本当に安心しています。だって、自分の気持ちが入ってないものって、それ相応の扱われ方をされるからね」

――いまの話を聞いて、リリースできなかった頃は、平賀さんの心のどこかで〈まだ作れない〉とストップがかかっていたんだろうな、と思いました。その点では、ブランク期間にHomecomingsと作った“白い光の朝に”はどういった位置付けですか?

「あれを作った頃は、ホムカミの存在がかなり自分の拠り所になっていましたね。彼女たちとの活動があるから自分もライヴができていて、それにすごく救われていたし、本当に感謝しています。あのシングルをリリースしてからの2015、2016年にHomecomingsがどんどん独自に突き進んでいくのを見て、私もやんなきゃなって思った」

――『まっしろな気持ちで会いに行くだけ』を聴いて、“白い光の朝に”を聴くと、今作の序章というか……地続きなんだなと思いました。自分より年下の人に向けて、〈成長していくなかで喜びや悲しみ――いろんな感情がいっぱい増えていくよ〉と歌っている曲だし、当時の平賀さんは自分自身に対して、そういう気持ちを持っていたのかなと。

「まさにそうです。そして、今作に収録した“10月のひと”も自分に向けて歌っているんですよ。私、実は10月生まれなんです。あの曲は、みんなが言ってくれる〈さっちゃん〉という女の子に対して、遠くから見ているような視点で歌詞を書きました」

――〈キッチンについて〉でも〈いままで、この「さっちゃん」という女の子に、自分と折り合いがつけられずに悩んでいたのだけれど、いまは、「さっちゃん」という女の子の母親のような気持ちで自分はいます〉と綴っていましたよね。“10月のひと”もそうですが、今回の12曲は、聴く人にとって恋人や友人、家族――曲から想起する相手が違うだろうな、という歌が多い印象です。

「それなら良かったです。聴く人はどんなふうに捉えてくれるんだろうなと思っていたので」

――その解釈の自由度はポップスならではの懐の深さだと思いますし、そうした点でも今作は優れたポップス・アルバムだと思います。最後に、これからの活動についてお訊きしたいんですが、そもそも不安定だった数年前と、落ち着いている現在とでは、曲が出来ていくスピードも違うんじゃないですか?

「うーん、曲作りに関しては変わらないですね。結局悩みがちなところや浮き沈みがあるところは変わってないから、ペースは一緒かな。でも、作品はどんどん出したいし、来年にも出したい。ちゃんと活動すると決めて、どんどんやっていかないとダメだなとわかったんで」

――定期的にリリースすることや、着実に活動していくことは、より表現が生活に則したものになっていくということだと思うんです。だから、平賀さんのなかで生活者と音楽家、双方の歩調が合いはじめているんじゃないですかね。

「生活が荒れていたら、一線にい続けることは絶対に無理だなと思います。そうした人たちのパワーってすごいじゃないですか? そのパワーの陰で、ちゃんと食事を摂って運動して、というのも絶対やっていると思うし、そこはちゃんと私もしっかりしようと思っています。あとは、とにかく自分を信じる。絶対大丈夫って言い聞かせる、ということですかね。音楽に対して、曲に関しては、もうやり続けたい。そして、協力してくれる人への感謝を忘れない(笑)。これを作ってから、〈みんなで幸せになろうね〉と強く想っているんです。周りの人たちと一緒に前へと進むことだけを考えて、決してあきらめない。もうそれしかないですからね」

 


Live Information
〈平賀さち枝 まっしろな気持ちで会いに行くツアー〉

弾き語り編
2017年11月3日(金・祝)岩手 九十九草
2017年11月10日(金)北海道 musica hall cafe
2017年11月18日(土)広島 香味喫茶ハライソ珈琲
2017年11月23日(木・祝)福岡 Space Terra
2017年11月25日(土)京都 UrBANGUILD

バンド編
2017年12月11日(月)東京 WWW
2018年1月27日(土)愛知 K.D ハポン
2018年1月28日(日)兵庫 旧グッゲンハイム邸
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