
痩せっぽちの男が、赤い頭髪を揺らしながらギターを掻き鳴らし、一度聴いたら忘れられない嗄れ声で歌っている。ビスケットの街について、半魚人について、痛みについて、不眠症について……。その声とザラついた不穏なサウンドは、まるでB級ホラー映画のVHSから聞こえくるかのようだ。
ファースト・アルバム『6 Feet Beneath The Moon』でリスナーに大きな衝撃を与えたキング・クルール(King Krule)が、新作『The Ooz』を携えて実に4年ぶりに戻ってきた。しかも、サウンドの深みと複雑さは前作の比ではない。ダークなトーンや独特の世界観はそのままに、音楽家として一気に跳躍した印象だ。現に、海外のメディアでは、ほぼ絶賛一色で、今年のアルバム・オブ・ザ・イヤーの1枚として『The Ooz』が挙げられることは確実だろう。
しかし……疑問は残る。この男は一体、何者なのだろう? 聴き手の孤独感に寄り添うようで、同時に突き放すような、この異様な音楽はどこから来るのだろう? そんな素朴な疑問を、インディー・ミュージックに独自の視点から切り込んでいる天井潤之介と小熊俊哉という2人の音楽ライターにぶつけてみた。以下は、その対話の記録である。謎めいたキング・クルールの実像に近づけたのか、あるいは遠ざかったのかは、その目で確かめてほしい。

『The Ooz』は2017年版〈In Utero〉?
――まずは最新作『The Ooz』についてお訊きしたいのですが、このアルバムを聴いてお二方はどう感じました?
天井潤之介「すごく陳腐な喩えだけど、ファースト・アルバム『6 Feet Beneath The Moon』が(ニルヴァーナの)『Nevermind』なら『The Ooz』は『In Utero』じゃないですか。曲毎に音質もバラバラで雑然としているし、ロウ・キーで、すごくコアなものを作ってきた。ただ、これがどういう文脈で評価されるのかは謎なところが多くて。カッコいいけど、噛み砕きにくいアルバムだなと思いましたね」
小熊俊哉「でも、コアな作風に徹したことで、彼の場合は逆にわかりやすくなった気がしますね。実際、グランジっぽいザラついた音は本人も意識していたらしいですよ。ファーストはもっと整頓されていてトラックっぽい作りだったけど、今回はディストーションを効かせたり、生々しい音になっている。演奏もジャズ・バンドっぽい曲が多くて、特にサックスの音色が強烈ですよね。奏者のイグナシオ・サルヴァドレス(Ignacio Salvadores)はアルゼンチン出身で、彼はキング・クルールに自分のライヴ動画を送り付けたそうなんですよ。そこから共演に至ったらしくて」
――Facebook経由で繋がったらしいですね。SNS世代らしい身軽さです。
小熊「イグナシオの名前を検索しても、何にも出てこないんですよ。よく会いに行ったなと(笑)。あと、『The Ooz』はメロディアスな曲が以前よりグッと良くなっている。個人的に好きなのは“Czech One”や“Slush Puppy”のようなドリーミーな曲です」
天井「“Lonely Blue”もまさにそういう曲ですね。とてもムーディーで、チェット・ベイカーへの敬愛がありありと感じられるというか」
小熊「Spinのインタヴューによると、今になってビートルズを初めてしっかり聴いたらしいです。彼はスタイリッシュで尖った音楽が好きじゃないですか。ポストパンクやジャズ、ヒップホップは渋いところまで掘りまくっているけど、ビートルズみたいにベタなところは通ってこなかったのは、ポスト・インターネット世代っぽくて納得というか(笑)。もちろん直接的にビートリーになったわけではなくて、郷愁を誘うメロディーやコードには、ボサノヴァやレゲエ、南米音楽からの影響も感じます。歌も以前より広い音域が出るようになっているんじゃないかな」
天井「歌への自信が増したのもあるんでしょうね。歌い回しに極端に表情をつけるようなところは少なくなったし、ファーストと比べるとストレートに歌っている場面が増えた印象を受けます」
小熊「このご時世に19曲も入ったアルバムを作るのもいい度胸していると思います(笑)。それも、ドレイクの『More Life』みたいなプレイリスト的発想ではなくて、オーセンティックな作りのコンセプト・アルバムになっている。最近はみんなもっと戦略を練ったりするものだけど、このアルバムはとにかく自分の内面を提示することしか考えていない。そこも痛快ですよね」
――今作はディリップ・ハリス(Dilip Harris)が共同プロデューサーとしてクレジットされています。
天井「マウント・キンビーやミカチューの作品にもエンジニアとして携わっている人ですよね」
小熊「キング・クルールも参加したマウント・キンビーの新作『Love What Survives』は、『The Ooz』と通じ合うものがありますよね。制作スタッフも被っているし、両者の新作を比べると見えてくる部分もあると思います」
――具体的に言うと?
小熊「例えば、最近出演したBeats 1 Radioでエチオピアン・ジャズの第一人者であるムラトゥ・アスタトゥケの“Tezeta(Nostalgia)”をかけているんですよ。この曲は『The Ooz』にかなり影響を与えていると思います。その一方で、マウント・キンビーは再評価が進んでいるカメルーンの電子音楽家、フランシス・ベベイの“Sanza Tristesse”も選んでいて、こちらはミカチューが歌っている“Marilyn”の元ネタっぽい。きっと両者の間で、〈やっぱり今はアフリカだよね〉みたいなリテラシーが共有されているんじゃないですかね。いろんな音源をシェアしながら、二人三脚でサウンドをアップデートさせてきたというか」
天井「Spinのインタヴューではルイス・アルベルト・スピネッタの名前も挙げていましたね。そういった感覚はアート・リンゼイにも近いのかな。アート・リンゼイはまさに、ジャズやポスト・パンクとボサノヴァやラテン音楽を横断するようなキャリアのアーティストであるわけだし」
小熊「確かにそうですね! キング・クルールは2013年のSpotifyのプレイリストでもリンゼイの“Illuminated”を挙げていますし、越境的なセンスは通じる部分があると思います。リンゼイのこの曲は実にキング・クルールっぽいですね。2002年の発表というのが信じられないくらい」
キング・クルールはなぜアメリカで愛される?
――キング・クルールの音楽はPitchforkを始め、特にアメリカのメディアでの評価が高いと感じます。それはどうしてなのでしょう?
天井「簡単に言ってしまえば、オーセンティックな素養を備えた玄人好みなところと、それでいてモダンな志向も感じさせるバランス感覚。そこのセンスの良さじゃないですかね。音楽的な背景はわかりやすい。ジャズやブルース、フォークなどのスタンダードでクラシカルな音楽がベースにありながら、パンクやポストパンク的な感性を持っている。キング・クルールを聴いて真っ先に思い浮かべたのがダーティ・ビーチズ。それとジェイムズ・フェラーロ辺りの〈ヒプナゴジック・ポップ(hypnagogic pop)〉と呼ばれたようなサウンド。キング・クルールは、そういった北米のアンダーグラウンドなアーティストの、スモーキーでダブっぽいプロダクションをシェアしているようなところがありますね」
小熊「ダーティ・ビーチズに通じているのは、どういうところですか?」
天井「50年代のロックンロールやジャズといったアメリカ音楽に対する並々ならぬ愛情を感じさせるところですね。ダーティー・ビーチズのアレックス・ジャン・ハンタイ(Alex Zhang Hungtai)もチェット・ベイカーの歌なら何でも好きっていうような人だし。それと、〈暗さ〉。洞穴の中で歌っているような(笑)」
――キング・クルールの音楽にはヒップホップの要素も強くあります。ファーストのアートワークにもヒップホップ・マナーを感じる。そういったアメリカへの憧れやアメリカ文化との関連性についてはどう思いますか?
小熊「そこがイギリス人っぽいとも言えるかもしれない。古き良きアメリカへの憧れがある一方で、同時代のイギリスの音楽とも繋がっていて、さらにヒップホップも通過している。そこが新しかった。そういえば、以前、天井さんはThe Sign Magazineのレヴューでベックを引き合いに出していましたよね」
天井「ええ。ベックの場合はブルース寄りですが、やはりルーツにそういったアメリカの古い音楽がある。それと同時に、ジョー・ミークやレイモンド・スコット、カールハインツ・シュトックハウゼンのような電子音楽に影響を受けている。キング・クルールの場合は、さっき言ったような北米のアンダーグラウンドな音楽とプロダクションの嗜好を共有している。ベックとキング・クルールはそういった構造が似ています」
小熊「顔も似ていますしね(笑)。キング・クルールがアメリカでも評価されるのはやっぱり〈暗さ〉に尽きるんでしょう。最近のロックでここまで暗い人はいなかったし、『The Ooz』の日本盤オビに〈孤高〉と書いてあるのも大袈裟ではないというか」
天井「歌詞の文学性とセットでそういった評価がされているのでしょうね。海外のレヴューでは、ほぼ歌詞抜きには評価されていない。歌詞についてが8割を占めるレヴューもあります。ほとんど楽曲はラヴソングと言っていいと思いますが。それと、これは後で触れるアルバムのテーマとも関係しますが、彼の歌にある血生臭さだったり猟奇的な側面は、アメリカン・トラッドから派生した〈マーダー・バラッド(murder ballad)〉に通じるところがあると思います。もちろん、キング・クルールは実在した殺人事件を歌っているわけではないですが、“Vidual”のサスペンスに満ちた描写なんかはそう強く感じさせますね」
――文学といえば、キング・クルールはチャールズ・ブコウスキーが好きだということでも有名ですね。一方、〈暗さ〉については、現在のアメリカのラップ・ミュージックは鬱を題材にした曲が多いと小林雅明さんがおっしゃっていました。アッパーなEDMやポップスがある一方で、いわゆるラップ・ミュージックは暗くダウナーな方向へ行っている。キング・クルールも、そういった最近のラップに近い感触はあると思います。
小熊「なるほど。言われてみれば、XXXテンタシオン(XXXTentacion)やリル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)に代表されるような、今のアメリカの病んだ感じにもマッチしているのかもしれない。アメリカもイギリスも〈暗さ〉を抱えている状況にキング・クルールの音楽がシンクロしているのだとすれば、それは高く評価されるのも当たり前ですよね(笑)」
――また、これはele-kingの野田努さんがデビューEP『King Krule』のレヴューで書かれていたことですが、2011年8月にロンドンを中心とした若者による暴動があり、EPのリリースはその数ヶ月後です。その後、2016年にはブレグジットがあり、翌年に『The Ooz』がリリースされている。ソーシャルな状況とどこかで呼応しているように思えますね。
小熊「本人は〈(自分が書く曲は)ほぼフィクションではない。ロンドンは自分が住んでいる場所だから、それが自然と自分の音楽のなかに出て来ているとは思う。でも、自分の歌詞で何か政治的なメッセージを伝えようと意識しているわけではない〉と話していましたね。今回の『The Ooz』も直接的に社会的なことを歌ったアルバムではないけど、救いのないフィーリングが歌詞やサウンドに充満している。言い換えれば、〈パーソナルであることが政治的である〉というか。日常と政治性は否応なしにリンクせざるをえない。結果的に、ストレートな表現よりもリアリティーを感じます」
天井「僕は音楽の政治的な面ってそこまで興味がないのですが、小熊さんがおっしゃっていることはわかります。彼が歌う救いのないフィーリングには、どの時代に置かれてもハマるようなリアリティーがありますよね。だから、キング・クルールの音楽は良い意味でトゥー・マッチなんでしょう」

キング・クルールはどこから来たのか?
――では、キング・クルールはどういったシーンから出てきたのかを、彼のディスコグラフィーを振り返りながら教えてください。デビューEP『King Krule』はイギリスではなくアメリカ、NYのレーベルであるトゥルー・パンサーから2011年にリリースされています。
小熊「それこそ僕は最初、野田さんのレヴューを読んでEPを買ったんですよね。今も面白いけど、当時のele-kingはシーンの最前線をものすごい熱量でキャッチしていたじゃないですか。それで、〈いよいよ出てきたか……2012年はここから始まる〉なんて書いてあるから、さぞかしヤバい音楽だろうと思って聴いてみたら、これがもう暗くて(笑)。このEPが出た2011年は、ジェイムズ・ブレイクのアルバム・デビューとも同じ年ですよね。音的にもポスト・ダブステップを通過した感じがあったし、タイムリーすぎる逸材が出てきた感じがしましたね」
――キング・クルールはデビュー以前、インターネット上でズー・キッド(Zoo Kid)という名前を使って作品を発表しています。この頃の楽曲は2013年リリースのファースト・アルバム『6 Feet Beneath The Moon』で再録されたものも多い。ファーストはどう聴きましたか?
天井「『The Ooz』を聴いた後だとオーヴァー・プロデュースな感じはするかな。プロデューサーのロディー・マクドナルド(Rodaidh McDonald)はXXも手がけていますよね。実際、キング・クルール本人はXXのファースト・アルバム(『xx』、2009年)を聴いてマクドナルドにプロデュースを依頼することを決めたと話していたけど、少なくともプロダクションに関してはマクドナルドの意向に従う感じだったんじゃないですかね」
小熊「わかります。マクドナルドは最近だとサンファも手掛けていますが、緻密で立体的なプロダクションに長けている人ですよね。だからEPのラフな感じは減退して、その分整っている。改めて聴くと、ギターのアプローチがXXっぽかったりしてカッコいいんだけど、個人的にはEPのほうがインパクトは強かった。あと、ファーストはタイミングに恵まれなかった印象はあります。2013年のUKはディスクロージャーの年じゃないですか。ポスト・ダブステップの流れが落ち着いて、ハウシーでポジティヴな反動があった時期。そのなかで、この作品が居場所を見つけるのは難しかったんじゃないかな」
――2013年頃からキング・クルールはエドガー・ザ・ビートメイカー(Edgar The Beatmaker)という名義を使いはじめ、ラッパーのアール・スウェットシャツと曲を制作したこともあります。そういった活動もあってか、ファーストから2年後の2015年に、アーチー・マーシャルという本名名義でヒップホップ寄りのアルバム『A New Place 2 Drown』がリリースされました。お兄さんと共同制作したアート・ブックのサウンドトラックという位置づけです。ループが多く、MPCで作った感じですね。この作品はどうでしょうか?
天井「サンプリングが多用されていて、トリップ・ホップに喩えられることが多いですよね。実際、キング・クルールはジャズをサンプリングしてビートを作るところから音楽制作を始めた経緯があるわけだけど、『A New Place 2 Drown』はケアテイカーがサロン音楽やクラシックのSP盤を執拗にサンプリングしてドローンやアンビエントのような音楽に作り変えている感覚に近いものを感じさせる。過去の音楽に対する愛着の深さみたいなところとか」
小熊「わかります。ヒップホップの才能もすごくあるんだなと思いました。フリーク・アウトしている印象もあるけど、実際にはプロダクションも緻密だし、トラックメイカーとしてのバランス感覚に秀でていることが『A New Place 2 Drown』を聴いてもよくわかる。それに、この作品はアンチコンっぽくないですか?」
天井「それはよくわかりますね。ドッシュやサトルの音楽に近い」
小熊「ですよね。インディー・ロック的なヒップホップというか。キング・クルールの音楽にはドリーミーでロマンティックな部分があるけど、それをヒップホップに寄せて表現すると、アンチコンっぽくなるんだなと」
〈夜〉を生きるロマンティストの魅力
――キング・クルールのアイコン的な魅力についてはどうでしょう? 彼の赤毛でスキニーな容姿は非常にフォトジェニックです。ミュージック・ビデオにも大抵、彼本人が出演しています。また、2013年には講談社のファッション誌HUgEの表紙にもなりました。
小熊「Instagramを見ていてもカッコいいですよね。奇抜な服を着こなせるルックスに、ダーティー・ヒーロー的な佇まい。そこが絵になる感じ」
天井「今時、〈酔いどれ詩人〉といってもあまり様にならないかもしれないですが、キング・クルールは例外ですね。昔のジャズメンのようなピシッとしたフォーマルなスーツ姿でもカッコいい。スタイリッシュだし、独特のエレガントさがありますよね」
小熊「あとは〈夜〉のイメージがありますよね。インタヴューでも〈俺は太陽よりも月が出ている時間帯に活動することが多い〉と話してましたし」
天井「ノワール感ですね」
小熊「そうそう。『The Ooz』の〈暗さ〉には、彼が不眠症に苦しんでいることも大きく反映されているみたいですし。さっきのXXXテンタシオンのくだりにも通じる話ですが、パラノイアックなイメージが絵になる、ある種のシリアスさありますね」
――ダークなロマンティシズム。彼はカート・コバーンモデルのムスタングも持っています。
天井「そういうことも衒いなくやれるところが良いですね」
――カッコつけなんですよね(笑)。若くして老成している感じ。
天井「そうそう。早熟というよりも老成」
―― “Dum Surfer”のビデオではゾンビに扮していて、そういうホラー映画っぽさやゴシックなイメージもありますよね。
天井「血生臭いことも歌うし、猟奇的な感じもあります」
小熊「新作のテーマがそれに近い」
――『The Ooz』の〈ooz〉とは、〈じくじく流れ出る、にじみ出る〉という意味の動詞〈ooze〉から来ているらしいですね。
小熊「アルバム・タイトルは〈爪が伸びる〉〈髭が伸びる〉みたいに、生きている内にいろいろなものが積み重なることを意味していると。本人はそれを〈自意識の創造、創造力のメタファー〉と表現しているけど、〈業が積み重なる〉みたいなイメージもあるんだと思う。生きている以上は、自意識からは絶対に逃れられないわけで。そう考えるとかなり救いがない(笑)」
天井「前作のタイトル『6 Feet Beneath The Moon』も〈手が届かない、憧れのもの〉という意味です」
小熊「そうそう。モティーフはロマンティックだけど救いがない。こういう作品を若い人が手掛けているのは、やっぱり衝撃的ですよね。EPが17歳の時で、ファーストで19歳、『The Ooz』でやっと23歳になったけど」
天井「年齢はジェイク・バグと近いのかな※」
小熊「そうですね。同じ早熟でも音楽的なスタイルは全然違いますが。キング・クルールは親御さんの影響が大きかったんでしょう。お母さんがファッション系、お父さんがアート系の人で、たぶんポストパンク世代ですよね」
天井「そうですね。お母さんや伯父さんもバンドをやっている音楽一家で、ルーツがポストパンクだというのは象徴的なように感じます」
全然知らなかったけどKing Kruleのお母さんがやってるブランドのシャツがカッコイイ!おもちゃ柄、ガゼル柄、扇風機柄など個性的過ぎて難度高めですが菅田将暉くんなら着こなせそう。 https://t.co/mIVQKPANDz pic.twitter.com/b2HMtSIifA
— monchicon (@monchicon) 2017年10月13日
――お兄さんはヴィジュアル・アーティストで、ファーストのアートワークを手掛けている。キング・クルール自身もアート・スクール出身です。
小熊「アーティスト・ファミリーなんですよね。個性的な服が似合うわけですよ(笑)」
過去と現在を繋ぐキング・クルールのサウンド
――サウンド面に踏み込んでいきたいのですが、キング・クルールはポスト・ダブステップ世代として現れました。一方で、過去の音楽との関係も深い。なので、過去と現代の音楽という2つの軸で考えていきたいと思います。まず、過去の音楽はどうでしょう? 声の特徴からトム・ウェイツと比較されることが多いのですが、これについてはどう思いますか?
小熊「むしろ彼が好きなのはジョン・ルーリーのラウンジ・リザーズですよね。EPの頃から、いわゆるフェイク・ジャズに受けた影響はサウンドに顕著に出ている」
天井「ノーウェイヴからの影響も大きそうですね。ジェイムズ・チャンスとか」
小熊「リジー・メルシエ・デクルーとかも好きそう。あと、“Logos”や“Vidual”といった曲はスーサイドっぽいですね。スーサイドは最近、また重要になってきている気がしませんか?」
天井「偉大なアーティストですよね。スーサイドのアラン・ヴェガもロックンロールへのオブセッシヴな愛着があった。エルヴィス・プレスリーやエディー・コクラン、ジェリー・リー・ルイス、あるいはチェット・ベイカーもそうですが、〈50年代のアメリカ〉はキング・クルールにとってもキーワードなんでしょう」
小熊「スーサイドでは特に“Dream Baby Dream”ですよね。この曲のドリーミーで危うい感覚が、影響力を増している気がします」
天井「サヴェージズやホラーズ、ファクトリー・フロアのニック・ヴォイドなど、近年、多くのアーティストがスーサイドの楽曲をカヴァーしていますよね。UKの中であのトーンが今、合うんでしょう」
小熊「マウント・キンビーも最近のインタヴューで、〈スーサイドのドラムマシンの使い方をパクろうと思った〉と語っていましたよね。一方で、キング・クルールは〈ローファイやDIYと呼ばれるのは嫌いだ〉とも語ってましたけど、それもわかる気がします。特に最近は、機材は良いものを使っているだろうし」
――『The Ooz』の制作ではアナログ・シンセを多く使ったと言っています。
天井「ヴィンテージ機材で〈お金のかかったローファイ音楽〉を作るという点ではヴィンセント・ギャロのようですね。ちなみに、ギャロもまた、ノーウェイヴの時代にジャン=ミシェル・バスキアとグレイ(Gray)ってバンドで活動していたわけですけど」
小熊「ギャロに近いというのは、そうかもしれない(笑)。ローファイやジャンクと呼ばれた音楽を更新している感じもあるし」
――現在の音楽との関係はどうでしょう? キング・クルールは〈周囲の友だちはみんなラッパーやビートメイカーだった〉と言っています。
小熊「グライムのようなイギリスの新しい動きとも、無意識的に繋がっている感じがします」
天井「そうですね。現在のUKにはヤング・ファーザーズもいますし。あと、キング・クルールが登場した背景には2000年代後半から2010年代初頭にかけての〈アンタイ・フォーク〉の流れもありそうです。キング・クルールの場合はフォークよりジャズ寄りですが、クラシカルでトラディショナルな音楽を独自の編集感覚で捉え直していくという点で、ライトスピード・チャンピオン時代のデヴ・ハインズやミカチューなんかとシェアするところがあったのかなと」
――なるほど。〈アンタイ・フォーク〉との関係は盲点でした。
天井「そういえば最近、カニエ・ウェストから〈スタジオに入ろう〉とオファーされたけど、プレッシャーを感じて断ってしまったと明かしてましたよね。カニエがフックアップしたジェイムズ・ブレイク、ボン・イヴェールというシンガー・ソングライターの系譜にキング・クルールを置いてもしっくりきます。UKのクラブ・ミュージックとモダン・アメリカーナを背景として、ジェイムズ・ブレイクとボン・イヴェールが重なり合うところにキング・クルールがいる、というか」
――先に挙げたアールもそうですが、OFWGKTA周辺との関係も深いですね。フランク・オーシャンと共作したというニュースもありました。一方でブリストルのヤング・エコーなど、新世代のメランコリックなインダストリアル・テクノやブリアル以降のベース・ミュージックとサウンド面で共有しているものが多いと感じます。
小熊「本人は最近のお気に入りに、ユセフ・カマールを挙げていましたね。UKジャズの最新モードも追っているんだなと。ところで、『The Ooz』には前作に続いてアンディー・ラムゼイがエンジニアとして参加しているじゃないですか。彼もディリップ・ハリスと同じく、マウント・キンビーと一緒にやっている人で」
天井「ラムゼイはステレオラブのメンバーだった人ですね」
小熊「そうそう。ステレオラブは少し前だと、ディアハンターのブラッドフォード・コックスやタイラー・ザ・クリエイターもお気に入りに挙げていて、最近ではマイルド・ハイ・クラブなどストーンズ・スロウの周辺にまで繋がっている気がしますけど、あの独特なメロウネスが巡り巡って『The Ooz』にも継承されている気がします。それこそ、ブラッドフォードがアトラス・サウンドとして発表した作品に、ステレオラブのレティシア・サディエールが参加していましたよね」
天井「アトラス・サウンドといえば、ブラッドフォード・コックスもロックンロールにハマってリーゼントにしていた時期がありましたね(『Parallax』、2011年)。ディアハンターの『Monomania』(2013年)にも50年代からの影響があった」
――ブラッドフォードとキング・クルールには共通項が多くありますね。
小熊「顔も似ていますしね(笑)。こうやって語り出したら止まらないくらい、『The Ooz』は縦軸にも横軸にも歴史との繋がりが見える。でも、最初に天井さんが話したように謎なところもメチャクチャ多い。それこそが、このアルバムを傑作たらしめる要因なんでしょうね」
――10年後に振り返った時にエポックメイキングな、里程標的な作品になるかもしれないですね。
天井「そうですね。『The Ooz』には既にクラシック、不遜なまでの古典感があります」