爽やかで開放的な熱帯のリゾート風味に溢れたトロピカル・ハウスの隆盛から早数年……その熱波がいまも拡散し続けるなか、ブームの立役者となった貴公子はどこへ向かう?

自分にとって新しいこと

 EDMのニュー・スタイルとして持て囃され、ジャスティン・ビーバーの復活をジャックUと共にお膳立てしたことで、いまやポップスの新しいスタンダードとしてすっかり市民権を得た感のあるトロピカル・ハウス。実際はUKから勃興したハウス・リヴァイヴァルや、主にUS発信で盛り上がりをみせたチルウェイヴやアンビエント・タッチのR&B/ヒップホップなど、この数年間に駆け抜けたさまざまなトレンドを通過し、時代のムードを反映させて出てきたムーヴメントともいえるだろう。もともとトーマス・ジャックが名付け親と言われるこのサウンドだが、それをもっとも浸透させた立役者こそ待望のセカンド・アルバムを完成させたノルウェー出身の26歳、カイゴことカイル・ゴーヴェル・ダオルである。〈トロピカル王子〉と呼ばれるに相応しい容姿で颯爽と現れた彼が、このサウンドを具現化してみずから象徴となることで、世界にそのイメージを植え付けたといっても過言ではない。

 「ティーンの頃は、キラーズ、フー・ファイターズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなど。当時はロックばかり聴いてたよ。いまではいろんなタイプの音楽に興味を持っているけどね」。

 そう語るようにロック少年だった彼が注目を集めたのは、ネット上で公開したコールドプレイ“Midnight”、エド・シーラン“I See Fire”、そしてマーヴィン・ゲイ“Sexual Healing”などのリミックス音源たちだった。ソフトであまりに気持ちの良い音色と耳当たりの良いビートでアレンジしたそれらの楽曲は、ネットユーザーの間でたちまち伝播すると共に、2014年には“Firestone”、翌年には“Stole The Show”といったオリジナル楽曲のヒットへも繋がり、一躍時の人となる。2015年にはノーベル平和賞の受賞コンサートにも出演、さらにファースト・アルバム『Cloud Nine』をリリースした昨年は、アルバムの世界規模でのヒットのみならず、フィフス・ハーモニーのプロデュースやリオ五輪の閉会式にてパフォーマンスを披露したほか、大舞台に次々と登場してエレクトロニック・ミュージックの枠には収まりきらないスケールへと飛躍していくことに。今年の7月にはドキュメンタリー映画「Stole The Show」まで公開されるという狂騒の真っ只中に早くもニュー・アルバム『Kids In Love』がリリースされた。

KYGO Kids In Love Kygo/Ultra/ソニー(2017)

 「あえて距離を置こうとしたわけじゃないけれど、自分にとって新しいことをしたかったというのはあるよね。同じようなサウンドをまた作るんだったら、スタジオに入ってもワクワクしないよね。わかりきったことをやるわけだから。新作では、いわゆる典型的なトロピカル・サウンドは聴こえてこない。スタジオでは常に新しいサウンドを試してみたいし、僕が作る音楽は必ずしもトロピカル・ハウス云々とは関係なくても素晴らしい音楽だってことを、みんなにも示したいんだ」。

 

クラシック・ロックの影響

 サックスやマリンバ、アコースティック・ギターなどでリゾート感を落とし込み、フォーマット化されたようなトロピカル・ハウスのトラックは確かに減少したが、センティメンタルでノスタルジックなメロディー、緊張を解きほぐすような楽曲の空気感などはカイゴそのものといえる本作。一方で、ジョン・ニューマンが参加した“Never Let You Go”ではロックが持つダイナミズムや昂揚感を注がれ、一皮剥けたアッパーで新しいスタイルが顕著になっているのは否定し難い事実だし、特に「若い頃に一度は愛し合っていた恋人たちが大人になっていく。基本的には恋人たちがバラバラになってしまうストーリーなんだ」というタイトル曲“Kids In Love”に至ってはザ・フーの“Baba O'Riley”の影響が臆面もなく健在化している。

「いつもよりアップビートだし、共作者のマーティン・ジョンソンはロック・バンド(ボーイズ・ライク・ガールズ)で活動していたこともある。それにあの曲では僕らはザ・フーや(ジャーニーの)“Don't Stop Believin'”などのクラシック・ロックからの影響も受けている。古い曲と新しい曲とを上手くミックスしたかった。古い曲だけど、新しい装いで、という感じで。クラシック・ロックのモダン・ヴァージョンを作りたかったんだ」。

 アルバムにはモダンながら普遍的なポップソングとして機能し得る楽曲も収録され、メロディーメイカーとしての才能も新境地に達していると言っていいだろう。それをサポートしているのがワンリパブリックのライアン・テダーや、EDMファンにはお馴染みの気鋭レイベル、さらにはJハート、ビリー・ラフォールといった無名に近いヴォーカリストたちの貢献も聴き逃せない。

 「まだ発掘されていない人と一緒に仕事をしたかった。“Firestone”でのコンラッド(・シーウェル)、“Stole The Show”でのパーソン・ジェイムズにしてもそうだった。僕はまだ知られてないヴォーカリストを発掘して、一緒に仕事をしたいんだ」。

 アヴィーチー、ゼッド、カルヴィン・ハリスなど成功をした後に、LAなどエンターテイメント産業が活発な土地に豪邸を作るEDMアーティストも多いが、「僕は故郷に帰って音楽を作りたいんだ。集中力も高まるし、同時に寛げる。すべてから解放されるからね」というカイゴ。音楽ではややアップリフティングな方向へと舵を切って変化を楽しんでいるようだが、この発言を鑑みると、まだまだ郷愁を誘うメロディーや柔らかなサウンドで我々を癒してくれそう。一安心できた人も多いのでは?