まだ見ぬ娘への子守歌として

ソロ名義では2010年の『The Boxer』と2014年の『Trick』に続いて3枚目。そして、ブロック・パーティのアルバムを含めると通算8枚目。先頃送り出したアルバム『Fatherland』にいたるまで、かれこれ15年近くの間、我々はケリー・オケレケの音楽と接してきた計算になる。声は聴けばすぐにケリーだとわかるし、曲もたくさん知っている。それでいて、例えばフランツ・フェルディナンドのアレックス・カプラノスやカイザー・チーフスのリッキー・ウィルソンといった同期のUKバンドのフロントマンと比較すると、常に一定のミステリーをまとっていた。そして、15年をかけてゆっくりと少しずつ光の中に歩み出てきた彼は、『Fatherland』にいたって、いよいよ素顔を明らかにしたような気がする。

そのプロセスが本格的に始まったのはやはり、『The Boxer』をリリースしたときだったのかもしれない。ポストパンク・リヴァイヴァルのムーヴメントに乗って登場したブロック・パーティは、当初鋭角的なギター・サウンドを特徴とするロックを鳴らしていたわけだが、作品を重ねるごとに積極的にエレクトロニックな表現も導入。そんな音楽性のシフトをエクストリームな域に推し進めたのが、ケリーのソロ作品だった。ブロック・パーティが一時活動を休止し、他のメンバーも課外活動に勤しんでいた2010年、彼はダンス・トラック仕立てのソロ・デビュー・シングル“Tenderoni”を発表。以後、スパンク・ロックとしての仕事でお馴染みのトリプルエクスチェンジのプロデュースのもとに、ハウスやR&B、ダブステップを掘り下げたミニマルなエレクトロニック×ヴォーカルによるアルバムを2枚送り出し、バンドでは見せたことがなかったセンシュアルな表情を覗かせたのである。

『Trick』収録曲“Doubt”
 

そして『Trick』の登場から3年、この間にケリーの身に公私両面で大きな変化が訪れたことはご承知の通りだ。まず、マット・トンとゴードン・モークスの脱退を受けてブロック・パーティは一時解散の危機に瀕したものの、新しいメンバー――元メノメナのジャスティン・ハリスと、残された2人が動画サイトで発掘した当時21歳の女性ドラマー、ルイーズ・バートルの参加を経て完全復活。新布陣で制作し、2016年初めに発表した最新作『Hymns』ではゴスペルなど宗教音楽にインスピレーションを見出し、抑制を効かせたサウンドスケープで新境地を開拓し、年内一杯はツアーに勤しんだのだが、その傍らでケリーはすでに本作にも着手していた……いや、曲作りに駆り立てられていた、と言うべきだろうか? というのも、彼はプライヴェートでもまさに一大ターニング・ポイントを迎えていた。かねてからの念願であった父親になろうとしていたのである。そこで、まだ見ぬ娘(彼とパートナーの娘サバンナは2016年12月初めに誕生)に宛てて〈ララバイ=子守歌〉を書きたいと思ったのが、アルバムのはじまりだったそうだ。