大野雄二

 

聴いてから見るか、見てから聴くか
1970年代後半に一大旋風を巻き起こした角川映画、その成功の影に音楽あり! 「犬神家の一族」「人間の証明」「野性の証明」の作曲家・大野雄二によって旋律美に彩られた主題歌、劇音楽の数々がここに麗しくよみがえる!

 シネマ・コンサートとは、映画の全編映写とともに、その劇音楽を生演奏で再現する催事のこと。欧米で火が付いた同イヴェントの人気は最近、日本にも飛び火し、2014年開催の「ゴジラ」(1954)に続き、今夏の「砂の器」(1974)が成功を収めるなど、外国映画の上映にとどまらず、往年の名作日本映画にも新たな息吹を送り込むほどになっている。

 その〈シネマ・コンサート〉の表札を冠した映画音楽公演に〈角川映画〉が加わる。感慨ひとしおのファンも多いのではないか。

「犬神家の一族」(C)KADOKAWA1976

 角川映画が産声を上げたのは1976年10月16日。映画「犬神家の一族」(角川春樹事務所製作第1回作品)の劇場公開をもってしてである。映画は映画会社が作るものという当時の常識を破り、出版社の人間が大作劇映画の製作に乗り出したことは、それ自体が風雲急を告げる事件であった。

 角川書店の社長(当時)にして映画のプロデュースを務めた角川春樹は、折からの横溝正史人気に目を留め、1971年4月、「八つ墓村」を皮切りに、同作家作品の文庫化を推進する。その流れの中で最初に映画企画の候補に上がったのは「八つ墓村」であったが、松竹との協議がなかなかうまく進まない。そこで一転、対象作品を角川文庫×横溝正史の第5弾に当たる「犬神家の一族」(1972年6月に文庫化)に変え、東宝の配給で新たに打って出た。

 完成した映画は、動員280万人、配給収入15億6千万円(角川春樹によれば動員350万人、配給収入17億5千万円)という大ヒットとなり、同年公開作品の中では「続・人間革命」(舛田利雄監督)に次ぐ日本映画第2位の位置につく成功を収めた。人気スターを一堂に集めての豪華な出演陣の顔ぶれ、息を呑むモンタージュの妙、趣向を凝らした殺人表現、味わい深いミステリーの語り口など、作品の仕上がりも上々。市川崑という名手の再評価にもつながったわけだが、何より公開に至るまでの宣伝展開がものを言った。映画の宣伝でテレビCMを本格的に使ったのは恐らくこの作品が初めてではないか。映画とテレビは当時まだそれだけ領域の隔たりが大きかったのである。

「人間の証明」(C)KADOKAWA1977

 この興行の成功を受けて製作された森村誠一原作の「人間の証明」(1977)、「野性の証明」(1978)も角川春樹流の宣伝展開が興行の後押しをした。とりわけ前者公開前に打ち出された〈読んでから見るか、見てから読むか〉の宣伝惹句は強烈で、「人間の証明」で配給収入22億5千万円、「野性の証明」で同収入21億8千万円の好成績につなげている。前者は「八甲田山」(1977)に次ぐ日本映画第2位、後者では「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」(1978)を抑えての日本映画興行堂々第1位をついに獲得。何かと斜陽が叫ばれていた日本映画界、映画館の入場料金が大人1100~1300円の世相を思えば、この数字がいかに大きいものか明白だろう。文字通り、角川映画は天下を取ったのである。

 もっとも、いわゆるメディア・ミックス型の宣伝展開において、角川春樹は映画館&テレビ=〈映像〉と、書籍&書店=〈活字〉の二点直結のみに終わっていたわけではない。もうひとつ重視した媒体が音楽業界=〈音楽〉であった。

 くだんの〈角川映画シネマ・コンサート〉では、先述の初期3作品が対象作品となっているが、そのいずれもが大野雄二の音楽担当である。かねてよりジャズ愛好家であった角川春樹は「犬神家の一族」の製作に際し、主にテレビ界で活躍していた大野に白羽の矢を立てた。当時35歳。これが最初の大作映画の仕事となった同世代の大野に対し、角川春樹はまず主題曲の作曲と録音、それも映画本篇の撮影・仕上げと並行しての音盤制作を依頼する。音楽映画などの一部の例を除けば、当時、映画音楽の実作業は編集済みの映像に対して行われるものであり、まして日本映画のサウンドトラック盤など当たり前に流布していたわけではない。往年の日活歌謡映画よろしく、ラジオなどを通して大衆に音で映画を擦り込み、客足をうながそうとしたのである。

 規格外の仕掛けが功を奏した背景には、もちろん大野の功績も大きかった。“愛のバラード”と銘打った主題曲は1976年8月中旬、モーリスタジオにて録音が果たされているが、生明慶二による打弦楽器ハンマー・ダルシマーの絶妙な音色をまぶしつつ、流麗な弦で情緒を駆り立てる3拍子の同楽曲は、その旋律美も含め、横溝ミステリーの浪漫を喚起させるに足る名曲としていい。

 続く「人間の証明」では角川春樹の意向で歌詞付きの主題曲、すなわち主題歌が要求された。劇中にも殺人事件の要の素材として登場する西條八十の詩“ぼくの帽子”を角川春樹自身が英訳、ジョニー・ヘイワード役のジョー山中の歌唱で仕上げられた同歌曲は、1977年8月10日にシングル盤レコードが発売され、オリコン・チャートで最高2位、51万7千枚を売り上げる大ヒットを記録。再びメディア・ミックスの強力な武器となって世を席巻した。個人的にも、同歌曲を鼻歌で歌いながら映画館に入り、出て行った少年時代が甘く思い出される。

「野性の証明」(C)KADOKAWA1978

 同じく歌曲が重要視された「野性の証明」では山川啓介の作詞、町田義人の歌唱で“戦士の休息”と名付けられて映画の公開に先立つ1978年8月10日に発売。高倉健の熱演はもとより、当時14歳だった薬師丸ひろ子の清廉な銀幕デビューも手伝って、単なる宣伝材料に終わることなく、映画公開後も多くの愛聴家を生んでいる。

 この歌曲2曲については劇中での使われ方もうまかった。「人間の証明」では岡田茉莉子が絶望感に打ちひしがれる山場に、「野性の証明」では薬師丸ひろ子演じる頼子が凶弾に倒れて以後の余韻の中にそれぞれ響き、ただならぬ哀感を見る者に植え付けている。エンドロールにひょいと顔を出して終わるわけではない。一種の劇音楽的効果がそこには確実にあり、今なお主題歌の存在意義を考えさせてくれる契機になっているのではないか。

 今回の〈角川映画シネマ・コンサート〉では、これらの歌曲がどのような形で披露されるのか、現状、明らかにされていない。そもそも、50人編成による劇音楽の披露についても、ハイライト映像を背景に映し出しての上演であり、映画の全編上映に即したものではないのである。その意味では本企画、厳密にはシネマ・コンサートではなく、映像付きコンサートとする方が正しい。さらに換言するなら、〈角川映画初期3作品をめぐる大野雄二コンサート〉というべきだろう。

 実のところ、角川春樹と大野雄二は「白昼の死角」(1979)をめぐって創作上の意見相違により袂を分かっている。つまり、初期3作品は両者の蜜月の直中に放たれた作品群であり、角川映画のよき船出もその幸福感に裏打ちされた節もあるといえなくもない。大野は「犬神家の一族」において編集終了後、場面の尺に合わせて映画用楽曲をわざわざ新録音しているが、市川崑はその努力をほぼ一蹴、事前録音のレコード用楽曲を切り貼りするような形で劇中に使った。ただでさえ音楽にうるさい映画監督だが、プロデューサーと音楽担当の強い密着にもしや苛立ちを覚えた節もあったのか。今回の公演用楽団が〈SUKE-KIYOオーケストラ〉と銘打たれていること、トーク・ゲストに石坂浩二が招かれていることを含め、ちょっとした復讐戦の意味合いもあるのではないかと邪推するのは行き過ぎか。いずれにせよ、ジャズ味をにじませた大野音楽の若き日の開明、巧妙な曲想が存分に味わえる機会に変わりはないだろう。確かに、あの時代、角川映画という熱風は吹いていた。そこに大野雄二という作曲家が屹立していた。大野はきっと本公演を単なる郷愁の場に終わらせない。いや、終わってはいけないのだ。次に続く〈角川映画シネマ・コンサート〉のためにも。

 


角川映画 シネマ・コンサート 第1弾
角川映画3作品のハイライト映像×大野雄二オーケストラの生演奏!

○2018/4/13(金)18:00開場/19:00開演
○2018/4/14(土)13:00開場/14:00開演
○会場:東京国際フォーラム ホールA

【上映作品】
「犬神家の一族」(1976年)
原作:横溝正史 監督:市川崑
脚本:長田紀生/日高真也/市川崑 音楽:大野雄二
出演:石坂浩二/島田陽子/あおい輝彦/高峰三枝子/三条美紀/草笛光子/地井武男

「人間の証明」(1977年)
原作:森村誠一 監督:佐藤純彌
脚本:松山善三 音楽監督:大野雄二
出演: 岡田茉莉子 /松田優作/鶴田浩二/三船敏郎

「野性の証明」(1978年)
原作:森村誠一 監督:佐藤純彌
脚本:高田宏治 音楽監督・作曲:大野雄二
出演:高倉健/中野良子/夏木勲/薬師丸ひろ子/三國連太郎

【出演】
大野雄二と〈SUKE-KIYO〉オーケストラ
大野雄二(音楽監督・piano, key)市原康(ds)ミッチー長岡(b)松島啓介(tp)鈴木央紹(sax)和泉聡志(g)宮川純(org)佐々木久美(vo, cho)Lyn(vo, cho)佐々木詩織(vo, cho)他

スペシャル・トークゲスト:石坂浩二

【特別開催】
〈角川映画ギャラリー〉
東京国際フォーラムホールA会場内ロビー
【総合INFO】kadokawaeiga-concert.com

*各映画の上映は全編上映ではございません。各映画のオリジナル映像を元に特別に編集されたハイライト映像に合わせて生演奏の音楽でお楽しみいただく、最新のライブ・エンタテインメント=シネマ・コンサート形式で上映いたします。予めご了承ください。