一柳慧ほど、人を魅了する日本人作曲家を私は他に知らない。10代のとき毎日音楽コンクールで受賞し天才少年と謳われ、ジュリアードへ留学すると、その地でジョン・ケージに師事、傍らで行動を共にし、そして日本に帰国後は常に時代の先端をリードし続ける作品を発表してきた。60年代半ば当時に黒川紀章によって作られたディスコの音演出を行い、サイケデリックバンド、ザ・モップスと日本フィルハーモニー交響楽団を自身の作曲で共演させるといったエピソードにも事欠かないが、それがケージの影響を吸収したあとの自発的展開として、奇をてらわない自然なものに感じられる。そんな先駆者の音楽的な実践と思考において、音楽と空間は特に大きな位置を占めるテーマであった。

一柳慧 (c)Koh Okabe/白井晃 (c)二石友希

1月20日、神奈川芸術文化財団の芸術総監督である一柳とKAAT神奈川芸術劇場芸術監督の白井晃の恊働で、神奈川県立音楽堂で〈ミュージック・クロスロード〉が開催されるが、このコンサートのテーマもまさに空間である。一柳本人と、「高い精神性を持つ」と一柳が評した山本和智と森円花、異なる世代の3人による協奏曲が演奏される。独学で武満徹作曲賞2位を受賞し国内外の精力的な活動で知られる山本の作品《散乱系》(2015/2017)は、それぞれ2面の箏を3人の奏者に演奏させ、それぞれ1面の箏から長い糸を舞台から客席の頭上を超えて会場奥の天上にまで引っ張るという空間演出がなされている。にはプラスチックカップがついており、客席の頭上から音が鳴る仕掛けとなっている。それは音楽作品の演奏を超えた、一回性の強い感覚的な体験となるだろう。

山本和智

また、日本音楽コンクール作曲部門(管弦楽部門)で2位になった作品を大幅に書き換えたという、まだ桐朋学園大学を卒業したばかりの若手、森円花による《音のアトリウムⅢ~独奏チェロとオーケストラのための~》(2018)は、一柳が大変な力量を持つと評するチェリスト上野通明とオーケストラによる新しい関係性の構築、つまり新しいアトリウム(ローマ建築の中庭の意)をどのように創出しているのかが聴きどころとなる。

森円花 (c)Shigeto Imura

そして一柳本人による《ピアノ協奏曲第6番『禅ーZEN』》(2016)は、しばらく控えめとなっていた図形楽譜を再び使用し、ソロパートの演奏順序をソリストが自由に決めることができるなど、ケージと交流のあった前衛時代を彷彿とさせる手法であり、過去の総決算となる。しかしピアノを未だ発展途上の楽器と捉え、内部奏法を自作自演で行うということもあり、音楽史を作り出してきた張本人による、さらなる挑戦でもあるに違いない。

杉山洋一 (c)山之上雅信

常に音楽とは何か、何が出来るかを問い、建築や映像など他のメディアとの交流を積極的に行うこと、80代になっても一柳のこの果敢な姿勢は止むことがない。そして現代音楽指揮のスペシャリスト杉山洋一を含め、一柳が認めた若手作曲家2人と空間演出の白井が作りだす空間は、前例のない一つの歴史的事件となるだろう。

 


神奈川芸術文化財団 芸術監督プロジェクト
「ミュージック・クロスロード」

会場:神奈川県立音楽堂

2018年1月20日(土)14:00開演(13:30開場)

音楽監督:一柳慧
空間監修:白井晃
映像ディレクション:須藤崇規
杉山洋一(指揮)、一柳慧(ピアノ)、上野通明(チェロ)、平田紀子、寺井結子、中島裕康(箏)、神奈川フィルハーモニー管弦楽団