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N.E.R.D『No_One Ever Really Dies』 セレブ道を謳歌するファレルが、盟友とのトリオをいま復活させた理由とは?

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  • 2018.01.05
N.E.R.D『No_One Ever Really Dies』 セレブ道を謳歌するファレルが、盟友とのトリオをいま復活させた理由とは?

問答無用のカリスマに成り上がったファレルだけど、やっぱり3人揃えば何とやら。久々に集結したN.E.R.Dの音はひと味違った刺激とメッセージに溢れている!!!

なぜ、いまN.E.R.Dなのか?

 『No_One Ever Really Dies』――〈誰も本当の意味では死なない〉というアルバム表題は、もちろんグループ名の由来(というかアクロニム)である。N.E.R.D。ネプチューンズのファレル・ウィリアムズとチャド・ヒューゴが、高校時代からの親友シェイ・ヘイリーと結成したプロジェクトが、そんなセルフ・タイトル的なアルバムを引っ提げて、7年ぶりに帰ってきた。

N.E.R.D No_One Ever Really Dies Columbia/ソニー(2017)

 2001年に初作『In Search Of...』を発表した当時、すでにネプチューンズはトップのクリエイター・チームだったが、当時はまだナードな裏方たちのアーティスト・デビューというニュアンスも強かったように思う。が、スパイモブの演奏による初作の再リリースを挿み、2004年に発表したセカンド・アルバム『Fly Or Die』では、彼ら自身が演奏を担うバンド・スタイルへと形態を一変する。同作からはソリッドなロック・チューン“She Wants To Move”もヒットし、順調なネプチューンズ・ワークスとは一線を画する音楽性の幅広さを見せつけてくれたものだった。

 ただ、その後にファレルがソロ・デビューし、客演でも引っ張りだことなっていくにつれて、N.E.R.Dの明確な存在理由が曖昧になっていったのは確かだろう。4作目『Nothing』(2010年)を最後にバンドの動きは見えなくなっていった。それに前後してファレルとチャドのチーム作業も徐々に減っていき、極めつけの世界的なヒット“Happy”は、恐らくネプチューンズの黄金期を体感していない層にもファレルの知名度とカリスマを広めたに違いない。

 もっとも、2015年に配信されたサントラEP『The SpongeBob Movie: Sponge Out Of Water』では久々にN.E.R.D名義の新曲を披露し、同年の〈サマソニ〉におけるファレルのステージにはシェイがサプライズ登場するなど、前フリのような動きはあった。それでも、なぜいまN.E.R.Dなのか? それが道楽や同窓会じゃないことは、『No_One Ever Really Dies』の内容が示している。

 

紀元前と紀元後

 アルバムの幕開けは、先行シングルでもあった“Lemon”。これはリアーナを迎えたトラックで、後半部分のパーツはもともとパフ・ダディのために2014~15年頃に書いたものだという。恐らく彼のミックステープ『MMM(Money Making Mitch)』の頃だと思うが、「彼のアルバムは最終的に方向性が変わってしまった」ためにそちらでの使用はなくなり、それ以来ずっと温めていたもののようだ。

 「特別なビートが出来た時にはそれを取っておくことにしてるんだ。いいビートは時間と共に良くなるものだからね。それでリアーナが後半部分をレコーディングした。彼女名義の曲になる話もあったけど、〈この曲には、前半にパンクな側面が必要だ〉と思ったんだ。今回のアルバムに収録された曲の多くは、〈紀元前と紀元後〉あるいは〈昼と夜〉みたいな構成になっている。だから後半は〈紀元後〉や〈夜〉にあたる部分なんだよ。それで曲の前半部分は、同じベースラインを使ってパンク・タイプのシチュエーションにするべきだと思ったんだ」(ファレル・ウィリアムズ:発言はすべて、2017年11月の〈ComplexCon〉におけるもの)。

 ダイナミックでブーティーなビートや、ガラリと表情を変える 〈紀元前と紀元後〉構成の驚きは、いずれの楽曲にも共通するものだ。穏やかな歌い口からビートが入ってバウンシーに加速する“Deep Down Body Thurst”、グッチ・メイン&ワーレイを迎えてスウィングからトロピカルな盆踊り(?)風クランクに転換する“Voila”……と、押し出しの強さと享楽的な響きの痛快なダンス・サウンドが次々に叩き出されてくる。ただ、全編に込められた意図は各曲のリリックから明らかになるものだ。なかでも象徴的なのはケンドリック・ラマーのラップを配した“Don't Don't Do It”だろう。これは70年代スティーヴィー・ワンダー調の節回しで迫るスロウからうねりのあるロックにジャンプアップするのだが、発されるメッセージは率直にして強烈だ。

 「これは去年観たあるニュース映像からインスパイアされた。ノースキャロライナ州シャーロットに住んでいたキース・スコットという男性が、彼のミニバンの車内で子どもが通学バスで帰宅するのを待っていた。その時、ある容疑者を探していた警官が外見も車種も違うキースに目をつけた。離れた場所にいた彼の奥さんは携帯で一部始終を撮影していた。彼は外傷性脳損傷患者だったから、手には薬を握っていたんだ。彼女は警官に向かって〈やめて、やめて、やらないで!〉と叫んでいた。映像を観ながら、彼女は夫が死ぬことになると気付いていたんだと思ったよ。そして彼は撃たれた。その時に思ったんだ、この映像にはメロディーが必要だって」。

 

このアルバムを作った理由

 このように、アルバム全体から発されるメッセージは、自国社会に横行する差別や蛮行、不平等や不寛容といった問題に真摯な口調で明らかにしていくもの。強いメッセージをポップ・ミュージックとして機能させるなら、それ以上にストロングで刺激的なサウンドが必要になってくるわけで、ファレルにはその手段がN.E.R.Dだったということではないだろうか。

 クレジットによると楽曲は世界中のさまざまなスタジオで録音され(日本での録音も4曲に含まれている)、ファレルが忙しい合間を縫って地道に作り上げてきた様子も窺える。制作チームはいつものブレント・パシュケ(スパイモブ)やマイク・ラーソンに加え、チャドもシンセなどの演奏で参加。なかでもインダストリアル風情のあるダビーな“ESP”はチャドらしさが出た一曲と言えるだろうか。また、先述のようにゲスト・ヴォーカルが多いのも過去のN.E.R.Dとは違う本作の特徴で、どこかアウトキャスト風の“1000”にはフューチャーが、呪術的な“Rollinem 7's”にはそのアウトキャストからアンドレ3000が、往年のディプロばりにフリーキーなベース・チューン“Kites”にはふたたびケンドリックとM.I.A.が登場する。“Kites”にはさらにメアリーJ・ブライジとエイサップ・ロッキーがコーラス参加。コーラスという意味だと、ニューウェイヴィーで鮮やかな“Secret Life Of Tigers”にはBILLIE IDLE®のファーストサマーウイカ&モモセモモ、さらにスーパーモデル/女優のカーラ・デルヴィーニュが声を添えているのも注目だろう。

 そんな多彩な一枚を締め括るのは、ゆるゆるとしたカリブ風味の快い“Lifting You”。ここにはエド・シーランが迎えられている。

 「ダンスホールっぽい雰囲気があるんだけど、サビのハーモニーはアイルランドのフォーク音楽のハーモニーっぽくもあって、それならエドが適任だと思ったんだ。それに彼ならN.E.R.Dの曲を全部聴いたことがあるはずだとも思ったしね。彼は俺たちが曲を作るために家を借りていたマリブまで来てくれて、15~20分ぐらいで歌をレコーディングした。彼は本物だよ」。

 実際の尺以上に濃ゆい聴きごたえを残す本作について、ファレルはこうも説明している。

 「俺たちは、自分たちのファミリーのために、そしていま何か大変な経験をしていて、鏡で自分を見ることが必要なすべての人たちのためにこのアルバムを作った。自分自身を見つめて、自分の可能性に気付くために。例えば、みんなが自分たちの可能性に気付いて、行動を起こして、システムに対抗していたら、いまこんな状況になっていないと思うんだ。いま起こっているすべての不公平と戦うこと、俺たちみんながやるべきことはそれだけなんだよ。例えば君たち全員が今日仕事に行かなかったとしたら、それによって君たちの家族に影響が出るのはわかる。でも、少し時間を取って、自分たちの強力な力と可能性に気付いて、それが実際に状況を変えられるものなんだと気付いたら、それが国にどんな影響をもたらすか気付いているかい? それが、俺たちがこのアルバムを作った理由だ。なぜって、〈誰も本当の意味では死なない〉からね」。

『No_One Ever Really Dies』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

N.E.R.Dの作品。

 

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