Photo by Blair Caldwell ©Parkwood Entertainment

ビヨンセがニューアルバム『COWBOY CARTER』を2024年3月29日にリリースした。世界同時リリースされた本作だが、発売日当日には東京・タワーレコード渋谷店にてサイン会を急遽開催するなど、ここ日本でも話題作として広く認知されることとなった。

Mikikiでは、『COWBOY CARTER』を紐解くためのテキストを音楽ライターのノイ村に依頼。本作を形成する様々な文脈と参加ゲストたちの役割、そしてビヨンセがアルバムを通して何を伝えようとしているのか解説してもらった。 *Mikiki編集部

BEYONCÉ 『COWBOY CARTER』 Parkwood/Columbia(2024)

 

アメリカという存在に狙いを定めて

My family live and died in America, hm
Good ol’ USA, shit (Good ol’ USA)
Whole lotta red in that white and blue, huh
History can’t be erased, ooh
You lookin’ for a new America? (America)

私の家族はアメリカで生き、アメリカで死ぬ
〈古き良きUSA〉ってやつだ。まったく
白と青の中には、たくさんの赤
歴史を消し去ることなどできないのさ
あんたは新たなアメリカを探しているのかい?
(“YA YA”より抜粋。筆者訳)

近年のビヨンセを象徴する〈RENAISSANCE〉≒〈再生、復活、復興〉という言葉の対象となっているのが、歴史を重ねていく中で漂白、あるいは上書きされてしまったマイノリティの存在であることは疑いようがない。2022年にリリースされた『RENAISSANCE』は、ハウスミュージックを軸に、その文化を築き上げてきた黒人のクリエイターやクィアコミュニティに焦点を当て、惜しみないリスペクトとともに盛大なパーティーを繰り広げた作品だった。

そのコンセプトや姿勢は同作を引っ提げて実施された〈Renaissance World Tour〉にもはっきりと受け継がれており、日本でも上映された「Renaissance: A Film by Beyoncé」が単なるコンサート映画ではなく、ステージ設営や照明、衣装など隅々まで徹底されたクリエイターたちへのリスペクトと、その想いを責任とともに受け継いだビヨンセ自身の姿を示すドキュメンタリー映像のような仕上がりとなっていたことにも象徴されていたように思う。

そして、第二幕の幕開けである。ビヨンセの最新作『COWBOY CARTER』は全27曲・約78分という大作であり、当初は3部作の最初の作品として発表される予定だったアルバムだ(制作期間中にパンデミックが発生したことにより、踊れる作品である『RENAISSANCE』が先にリリースされることになった)。

筆者個人としても、本作は3部作の2作目というよりは最初の作品として位置付けたほうがしっくりくるように感じる。なぜなら、『COWBOY CARTER』が狙いを定めているのは、アートワークにおける星条旗のカラーを反映したビヨンセの衣装、そして(意図的かどうかは不明だが)彼女が掲げる〈戒心、忍耐、正義〉を意味する青色の部分が隠された実際の星条旗が示す、アメリカという存在そのものだからである。

 

60年代アメリカへの再訪

タイトルやアートワーク、先行シングルとして発表された“16 CARRIAGES”と“TEXAS HOLD ’EM”などから本作がいわゆる〈カントリーアルバム〉になると予想していたファンは(筆者を含めて)多かったと思うが、実際の作品はそこまで単純ではない。

もちろん、全体を通してカントリー色が強いのは確かだが、アルバムの冒頭を飾る“AMERIICAN REQUIEM”は(バッファロー・スプリングフィールド“For What It’s Worth”の引用が示すように)60年代のサマー・オブ・ラブ期のサイケデリックロックを想起させる楽曲であり、愛と平和、そして立ち向かうことを力強く訴えるリリックがそうした印象をより強固にする。楽曲中でビヨンセは父が育ったアラバマ州ガズデンと、母が育ったテキサス州ガルベストン、さらにその家族のルーツであるルイジアナ州の名前を並べ、ある時は〈too country(カントリーすぎる)〉と嘲笑され、再びカントリーミュージックを披露したとき(恐らく『Lemonade』収録の“Daddy Lessons”。本作が生まれたきっかけと言っても過言ではないであろう重要な曲だ)には拒絶が待ち受けていたことを改めて告発する。

楽曲の最後を飾るゴスペルパートにおける〈I am the one to cleanse me of my Father’s sins(私は父の罪を清める者)〉というフレーズ。ここでの〈父〉とは、この曲が〈鎮魂曲〉であることを踏まえると、まさに〈建国の父〉を指しているのだろう。ビヨンセは本作において、60年代を中心としたアメリカの掲げる〈正義〉に反旗を翻した人々の時代を再訪し、自らが抱える傷を見せながら、今なお罪が残る現代において、その精神を受け継ごうとしているように見える。

そうした意図を最も象徴しているのが、2曲目に配置されたビートルズの68年の名曲カバー“BLACKBIIRD”だろう。ブリトニー・スペンサー、レイナ・ロバーツ、タナー・アデル、ティエラ・ケネディという新進気鋭の黒人女性カントリーミュージシャンとともに美しいハーモニーを奏でる同楽曲は、ポール・マッカートニーが当時の公民権運動、特にリトルロック高校事件を受けて書いたものであり、ポール自身も「彼女(ビヨンセ)はこの曲を見事に歌い上げていて、私がこの曲を書くきっかけとなった公民権に関するメッセージをさらに強めている。(中略)60年代の初めにテレビで黒人の少女たちが学校から追い返される映像を見たとき、私は衝撃を受けたし、今の時代でもこのようなことが起きているのが信じられない。私の曲と、ビヨンセの素晴らしいバージョンが人種間の緊張を和らげるためにできることがあるのであれば、それは素晴らしいことだし、とても誇りに思う」と絶賛している

※編集部注:57年に米アーカンソー州リトルロックで起こった一連の人種差別騒動。この事件で注目された九人の黒人学生(リトルロックの9人)のうち二人は、2016年にポールと面会を果たしている

本楽曲はパフォーマンスが素晴らしいのはもちろんだが、それ以上に重要なのは、ビヨンセが(自身の両親や親戚を含む)先人たちの築いた道のりを再訪するとともに、あれから60年以上が経った今でもこの曲を歌わなければならないという現実を静かに提示しているということだ。

また、ナンシー・シナトラが65年に発表したフォークロックの名曲“These Boots Are Made For Walkin’”(邦題:にくい貴方)のサンプルをバックに幕を開ける“YA-YA”も強烈だ。同楽曲の持つテンションを力強いプロダクションと圧倒的な歌唱によってさらにブーストさせるかのような、その熱狂的パフォーマンスが特徴的な本楽曲で、ビヨンセはビーチ・ボーイズ“Good Vibrations”(66年)も引用しながら、60年代のシェイクダンスから現代のトゥワークまで、縦横無尽にダンスホールで踊ってみせる。本作屈指のダンスナンバーだが(確実にライブのハイライトとなるだろう)、リリックに目を向ければ、そこに描かれているのは賃金の格差や欠陥に満ちた保険制度と住宅ローンに振り回されながら、銃と聖書のどちらを信じるべきかで揺れ動く人物の姿だ。劇的なギターソロをバックにビヨンセは〈We gotta keep the faith(信仰を貫くんだ)〉とシャウトするが、ロデオは激しさを増していき、鮮やかに乗りこなしているように見える一方で、いつ振り落とされてもおかしくない。

こうした再訪を重ねながら、ビヨンセ自身もまた幅広いアプローチでカントリーを自らの表現へと落とし込んでいく。次女であるルミ・カーターの客演が楽曲の持つ優しさをさらに引き立てるシンプルでスウィートな“PROTECTOR”から、暴力的な考えを抱いてしまう自分自身への葛藤がオペラの引用(!)を織り交ぜながらドラマティックに歌い上げられる“DAUGHTER”、ロックテイストで小気味よくパートナーを守ってみせることを誓う“BODYGUARD”など、どの楽曲もプロダクションの方向性が見事に定まっており、無駄のないソリッドな仕上がりだ。

こうした多彩なアプローチは、アルバム全体における風通しのよさに繋がっており、約80分もの大作であるにもかかわらず、途中で疲れることなく最後まで聴き通すことができてしまう。それは、どの楽曲も個人的な感情や体験をベースに物語を描いていることに起因するのかもしれない。カントリーとは生活に根ざした音楽であり、本作もまさにビヨンセという人物の日々の生活の中から生まれた作品なのだ。本作の中から見えてくるのは、自らのルーツや先人たちの姿と、現在の自分自身やそれを取り巻く環境を同時に見つめるビヨンセの姿に他ならない。

 

ビヨンセとともにステレオタイプの解体に挑むゲストたち

『RENAISSANCE』にグレイス・ジョーンズやビッグ・フリーディア、テムズ、スクリレックスなどが参加していたように、『COWBOY CARTER』においても様々なゲストアーティストが作品の持つコンセプトや世界観を支えている。

まず最初に触れなければならないのが、ウィリー・ネルソン(“SMOKE HOUR ★ WILLIE NELSON”“SMOKE HOUR II”)とドリー・パートン(“DOLLY P”“TYRANT”)というカントリーシーンを代表する大御所と、黒人のアーティストとして初めてカントリーで商業的な成功を収めたリンダ・マーテル(“SPAGHETTII”“THE LINDA MARTELL SHOW”)だ。この三人は楽曲内やインタールードにおけるガイド役のような形で登場し、本作、あるいはビヨンセ自身をカントリーシーンと強く結びつける重要な役割を果たしている。

それは穿った見方をすれば〈大御所による承認のプロセス〉と表現することもできるだろう。だが、興味深いのは、それぞれドリー・パートン、リンダ・マーテルの台詞で幕を開ける“TYRANT”と“SPAGHETTII”が、ともにヒップホップ色の強い楽曲であり、おそらく本作で最も〈カントリー〉という言葉から想起されるサウンドとは遠いものであるということだ。

そこから聴き取れるのは、〈カントリー≒白人による保守的な音楽〉というイメージに代表される、ジャンルに自動的に紐づくステレオタイプを解体しようとするビヨンセの考えであり、それは“SPAGHETTII”におけるリンダ・マーテルの〈Genres are a funny little concept, aren’t they?(中略)In theory, they have a simple definition that’s easy to understand./But in practice, well, some may feel confined. (ジャンルというのはおかしな概念だと思いませんか?(中略)理論的には単純な定義があるから理解しやすいでしょう/でも実際のところは、まぁ窮屈に感じる方もいるでしょうね)〉という台詞に集約されている。

本作でビヨンセは、(様々な黒人アーティストが歴史を彩ってきた)伝統的なカントリーミュージックに惜しみないリスペクトを捧げると同時に、形式ばった〈伝統的なカントリーミュージック〉に縛られることを拒絶している。ドリー・パートンの不朽の名曲“JOLENE”をただカバーするのではなく、さながら“Sorry”(2016年)の続編とも言うべき、夫(ジェイ・Z)を誘惑する人物に対して警告を促すという個人的な内容に仕上げているのも、そうした姿勢をさらに強調していると言えるだろう。さらに言えば、楽曲中で聴こえてくるハーモニカはスティーヴィー・ワンダーによる演奏であり、それは本作におけるビヨンセの挑戦に対するエールと捉えることもできる。

そうした大御所らが存在感を示す一方で、現代の音楽シーンで活躍する様々なアーティストが参加している点にも注目したい。前述のブリトニー・スペンサーらに加え、“TEXAS HOLD ’EM”でバンジョーとヴィオラを奏でるリアノン・ギデンズ、ジョン・バティステ(“AMERIICAN REQUIEM”)、ウィリー・ジョーンズ(“JOLENE”“JUST FOR FUN”)、ポスト・マローン(“LEVII’S JEANS”)、シャブージー(“SPAGHETTII”“SWEET ★ HONEY ★ BUCKIIN’”)、070シェイク(“AMEN”)、アダム・グランデュシエルとジョナサン・ラド(“II MOST WANTED”)など、カントリーだけでなくヒップホップからインディーロックまで、ジャンルの枠を超えた様々なアーティストが本作を支えている。

そうしたゲスト陣の中でもひと際強い存在感を放っているのが、“II MOST WANTED”で美しいデュエットを披露しているマイリー・サイラスだ。雄大なカントリーロックをバックに、二人の女性が死が訪れるまで互いを愛することを誓い、車のアクセルを全力で踏み込んでカリフォルニアのフリーウェイ405を駆け抜けるその姿は、映画「俺たちに明日はない」のボニーとクライド、「テルマ&ルイーズ」のテルマとルイーズを想起させる。

マイリーの参加は、多くのファンに驚きをもって受け止められたが(マイリーがビヨンセの大ファンであることは有名だったが、二人の交友はこれまでほとんど確認されていなかった)、『Plastic Hearts』(2020年)などの作品で披露してきたマイリーのハスキーなロックボーカルとビヨンセの柔らかで力強い歌声の相性は抜群で、間違いなく本作におけるハイライトの一つだ。

また、こうしたデュエットを二人の女性が披露しているという構図は、(マイリーのセクシャリティも踏まえて)本作におけるクィアな側面の一つと捉えることもできるだろう。近年はリナ・サワヤマ“This Hell”やリル・ナズ・X“Old Town Road”などを例に、クィアなアーティストによるカントリーの再解釈の動きが活発化しているが、本楽曲をその系譜に位置づけることは、決して不自然なことではないだろう(チェリー・ライトやブランディー・クラークなど、多くのクィアなアーティストがカントリーの歴史を彩ってきたことも忘れてはならない)。

 

ルーツの再訪を経て、ビヨンセはどこへ向かう?

時代もジャンルも越えた長い旅を経て『COWBOY CARTER』が終盤へと差し掛かる頃、そこには祈りの光景が広がっていく。音楽性においても、カントリーの要素は残しつつも、ダンスミュージックの側面が顔を出すようになり、美しいピアノの音色が彩るハウスミュージックのトラックに乗せて軽快なフォークギターが響きわたる中、二人の男女がお互いを傷つけ再び蘇る“RIIVERDANCE”、反復するビートとゴスペルの歌声が重なり、切実な神への祈りがこだまする“II HANDS II HEAVEN”へと続いていく流れは、本作屈指の感動的な瞬間だ。神への贖罪と自らのルーツであるテキサス州への再訪を経て、再び本来の自分を取り戻したビヨンセは人生そのものを肯定する。彼女は銃ではなく聖書を手に取ったのだ。

D.A.ガット・ザット・ドープのネームタグと強靭なトラップビートが鳴り響く“TYRANT”と、ファレル・ウィリアムス製のジャージークラブからの影響を感じさせるビートがバウンスする“SWEET ★ HONEY ★ BUCKIIN’”が鳴る頃には、そのサウンドはすっかり現代的なものとなっている。西部劇的なモチーフやカントリーの名曲を参照しながら、自らを脅かす巨大な存在を鮮やかに乗りこなし、批判的な意見や(いつまでも最優秀アルバム賞を与えてくれない)グラミー賞を無視して鮮やかなダンス(ギャングスタウォーキング)を決めてみせるビヨンセの姿は、まさに私たちがよく知っている〈世界最強のポップアイコン〉そのものだ。

アルバムの最後を飾る“AMEN”で、拒絶の失望と今なお続く父の罪を示した“AMERIICAN REQUIEM”へと再び戻ってきた彼女は、自分たちがその罪を浄化する存在であることを高らかに宣言し、第二幕の幕を閉じるのである。だが、これで終わりではない。ビヨンセは、まさにここから〈新たなアメリカ〉を始めようとしているのだ。

 

物語はまだ見ぬ第三幕へ

Say a prayer for what has been
We’ll be the ones to purify our Fathers’ sins
American Requiem
Them old ideas are buried here
Amen

為されたことに祈りを捧げよう
私たちが父の罪を清めるのだ
アメリカン・レクイエム
古い思想はここに葬られた
アーメン
(“AMEN”より抜粋。筆者訳)

モーガン・ウォーレンの大ヒットや、今後リリースを控えているラナ・デル・レイのカントリーアルバム、あるいはシングルチャートを彩る様々なカントリーのヒット曲を例に、現在のアメリカのポップシーンではカントリーが特に強い存在感を放っている。それは、アーティストとリスナーの双方における〈ルーツへの回帰〉を示しているようで、もしかしたら、大統領選挙を目前に控えた現在のアメリカ国内のムードの表れなのかもしれない。

『COWBOY CARTER』はリリース初週の時点で2024年最大のセールスを記録した。その影響については、今この瞬間というより、2024年を過ごす中でより強く感じることになるだろう(“YA-YA”のラストでは〈Vote!(投票!)〉という掛け声が聞こえる)。

先行シングルの2曲がリリースされた時点で、様々な場所でカントリーという音楽やその文化を巡る議論が繰り広げられていたが、本作と(今後行われるであろう)ライブパフォーマンスが与えるインパクトは、きっとそれ以上のものだ。だが、それこそがビヨンセが『COWBOY CARTER』を通して実現したかったことなのだろう。本作の試みが過去の作品と比較しても相当に挑戦的であることは言うまでもないが、ここまでしなければ現状を打破することはできないということを、誰よりビヨンセ自身が知っている。

そして、再生の物語はいまだ見ぬ第三幕へと続いていくのだ。

 


RELEASE INFORMATION

BEYONCÉ 『COWBOY CARTER』 Parkwood/Columbia(2024)

リリース日:2024年3月29日(金)
配信リンク:https://smji.lnk.to/BeyonceCOWBOYCARTER

■ビヨンセ公式オンラインショップ限定CD タワーレコード渋谷店限定で販売中
『COWBOY CARTER (snake face tray card)』
価格:2,690円(税込)

『COWBOY CARTER (cowboy hat tray card)』
​価格:2,690円(税込)

※在庫には限りがございます

■輸入盤・国内盤CD
詳細は後日公開予定

TRACKLIST
1. AMERIICAN REQUIEM
2. BLACKBIIRD
3. 16 CARRIAGES
4. PROTECTOR
5. MY ROSE
6. SMOKE HOUR ★ WILLIE NELSON
7. TEXAS HOLD ’EM
8. BODYGUARD
9. DOLLY P
10. JOLENE
11. DAUGHTER
12. SPAGHETTII
13. ALLIIGATOR TEARS
14. SMOKE HOUR II
15. JUST FOR FUN
16. II MOST WANTED
17. LEVII’S JEANS
18. FLAMENCO
19. THE LINDA MARTELL SHOW
20. YA YA
21. OH LOUISIANA
22. DESERT EAGLE
23. RIIVERDANCE
24. II HANDS II HEAVEN
25. TYRANT
26. SWEET ★ HONEY ★ BUCKIIN’
27. AMEN