INTERVIEW

小曽根真インタヴュー 『ビヨンド・ボーダーズ』バーンスタインの「音楽言語の向こう側」をみる小曽根真

Photo by Chris Lee

バーンスタインの「音楽言語の向こう側」をみる小曽根真

 2018年が生誕100年に当たる作曲家&指揮者、レナード・バーンスタインが1957~69年に音楽監督を務めたニューヨーク・フィルハーモニック(NYP)は昨年10~11月、一足早い〈センテニアル・フェスティバル〉を企画し、3曲の交響曲を3種の曲目で全曲演奏。アラン・ギルバートが第1番《エレミア》と第2番《不安の時代》、レナード・スラットキンが第3番《カディッシュ》を振り分け、《セレナーデ》にジョシュア・ベル(vn)、《カディッシュ》にジェレミー・アイアン(語り)と豪華なゲストを迎えたなか、《不安の時代》のソロには小曽根真(p)が抜擢された。

小曽根真,ALAN GILBERT,NEW YORK PHILHARMONIC ビヨンド・ボーダーズ Decca Gold/ユニバーサル(2018)

 ギルバートは11月2~4日の3日連続、《不安の時代》の前半にガーシュイン(18年が生誕120年)の《ラプソディー・イン・ブルー》も弾くという過酷なプログラムを考え、「真なら引き受けてくれる」と即決した。14年にツアー公演地のソウルに呼ばれ、《ラプソディー・イン・ブルー》を1回通して弾いただけでアランと楽員の心をとらえ、本拠地デヴィット・ゲフィン・ホール(旧エイヴリー・フィッシャー・ホール)でのNYPデビューが実現したのだった。ジャズからクラシックへと表現の領域を広げ、16年でここまで来た。「10年くらい前まで、自分がNYPと共演するなんて想像もできなかった」という。小曽根の出演に立ち会ったバーンスタインの娘、ジェイミーは「パパに聴かせたかった」といい、アランは「今日でこの曲が本当に好きになった」と興奮した。

 クラシックを弾くようになって「音楽という“言語”が本当にあるのだ」との思いを日増しに強めてきた。「音楽は耳の芸術だけど、絵でも文学でもある。その瞬間に本能で感じ、五感に響く生理的部分の向こう側に、みえてくるものは大きい」。ジャズのように書かれながらアドリブを許さず、インテリジェンスを漂わせるバーンスタインの作品。「“ジャズ屋”にしてみれば、えらく弾きにくい」という《不安の時代》と長く向き合ううち、小曽根には「バーンスタインの個人的葛藤から生まれたエネルギーが事実上のカデンツァの《マスク》で最大限に達して徐々に神へと近づき、《エピローグ》のイ長調で告白、懺悔、あるいは“ヤケクソ”など一番底にあるものを吐き出すだけ吐き出し、愚かな生き物である人間のすべてが許されて終わる」という“光の道筋”が読めてきた。

 今年1月には山田和樹指揮日本フィルと大宮で《ラプソディー・イン・ブルー》、横浜で《不安の時代》と、今度は2日に分けて同じ曲を弾いた。みなとみらいホールで奏でた《マスク》には、確かに神の光が宿っていた。