自身の音楽的ルーツであるR&Bやソウル/ファンク、海外のポップスやクラブ・ミュージックの最新トレンドを巧みに採り入れつつ、ジャンルの括りに捉われない軽やかなセンスとスムースな歌声で支持を広げる新世代シンガー・ソングライターの旗手――それがここで紹介する向井太一というアーティストだ。
2017年11月に自身初のフル・アルバム『BLUE』を発表し、今年6月にはミニ・アルバム『LOVE』を配信限定でリリース。さらに、あっこゴリラやYOSA & TARR、UKのラッパーであるジェヴォンらとのコラボ、ヒップホップ/R&B名曲のリメイク企画〈ReVibe〉におけるボビー・ブラウン“Rock Wit'cha”のカヴァー、声優の入野自由への楽曲提供など、ここ1年だけでも多彩極まりない活動を展開してきた彼が、早くもニュー・アルバム『PURE』を完成させた。
本作には、盟友のCELSIOR COUPEやLUCKY TAPESの高橋海、mabanua、grooveman Spot、tofubeatsら『BLUE』や『LOVE』からの流れを汲む制作陣に加え、蔦谷好位置、☆Taku Takahashi、KREVAといった面々も参加。引き続き時流を踏まえたサウンド・プロダクションを追求しつつ、時代を超えて聴き継がれるであろう普遍性を備えた〈純粋〉なポップス作品に仕上がっている。そんな〈未来ノ和モノ-JAPANESE FUTURE GROOVE-〉のコンセプトにもぴったり合致するアルバムに込めた想いと、未来への展望を向井に語ってもらった。
純粋な、いち人間としての自分を音楽に反映したい
――向井さんは作品のリリース・ペースが早いですが、作りたいものがどんどん溢れてくるタイプなのでしょうか?
「制作は常に行ってますね。以前は海外のシーンとのオントレンド感をかなり意識してたこともあって、曲の鮮度が損なわれないようにSoundCloudに毎月新曲をアップしてましたし。いまも自分がそのときに作りたいと思ったものをなるべく早く出したい意識があるので、リリースの間隔も短くしたい気持ちがあるんです。それにまだ新人なので、常に精力的に動いてるように見せたくて。まあ、いちばんの理由は自分が曲を出したがりだということなんですけど(笑)」
――他アーティストの楽曲への客演も多いですし、6月には入野自由さんのシングル“FREEDOM”で楽曲提供・プロデュースも行われて、自作以外の作品への参加にも積極的ですよね。
「自分のやれること、興味を持ったことは極力自分でやりたいという気持ちが強いんです。楽曲提供は、自由さんからお話をいただいて初めてしたんですけど、アーティストとして自分のやりたい音楽や方向性をしっかりと持っている方だったので、僕も自由に創作させていただきましたね。自分の曲と同じような感覚で制作したんですが、僕以外の人が僕の書いた曲を歌うのは新鮮でしたし、機会があればぜひまたやりたいです」
――そんななかで作り上げた新作『PURE』のコンセプトについてお聞かせください。
「『BLUE』のときは想像を膨らませていくフィクション的な書き方をした曲もあったんですけど、前作『LOVE』の頃から、曲を作り溜めしていくうちに、自分が感じたことをリアルに反映させた曲が多くなってきたんです。
自分自身でもアーティストとしてもっとメッセージ性を高めたい、自分の考えをそのまま曲にしたいという気持ちが強くなったことを感じていて。なので今作は純粋な、いち人間としての自分を音楽に反映したいという気持ちが込められたアルバムになってます」
――なぜ自分の気持ちをリアルに反映した曲が多くなったのでしょうか?
「気づいたらそうなってたところもありますけど、ファンの皆さんの反応を見てると、意図していたところとは違う部分で〈元気づけられました〉という感想をいただくようになって、自分が誰かに対してメッセージを届けられる立場にあることを改めて認識したんです。だからこそ、しっかりと自分の気持ちを伝えたいと思うようになりました」
ありのままの自分を受け入れて、好きになることの大切さを伝えたい
――向井さんが今作を通じていちばん伝えたいメッセージとは、どんなものですか?
「僕は昔、あまり趣味の合う友達がいなくて(笑)、どちらかというと、音楽的にもマイノリティーだという自覚があったんです。それがプライドでもあったんですけど、音楽を始めたときは自分のことがあまり好きになれなくて。
自分が聴いたりやったりしている音楽はカッコイイものなんだと思いながらも、〈それが実際に世間に受け入れてもらえるのか?〉という思いも持っていて。でも、自分の信じる音楽を続けていくうちに、それを支持してくれる人が増えていったことで、自分自身のことが好きになれた、自分が自分で良かったと思えるようになったんです。
そういうことは仕事や学校といった日常の場面にも多くて、自分と誰かを比べることによって、それが正しいのか、このままでいいのかと迷うことがあると思うんですよ。僕はそういう人たちに対して、ありのままの自分を受け入れて好きになることの大切さを伝えられればと思っていて。それが『PURE』というタイトルにも繋がっているし、全体を通しての軸になってます」
――高橋海(LUCKY TAPES)さんと共作した表題曲“Pure”は、歌詞に〈僕らが生きる世界はひとつ ありのままのあなたを愛して〉とある通り、伝えたいメッセージが集約したナンバーだと思います。
「この曲はある出来事がきっかけで書いた曲なんです。そのことに対していろんなアーティストがSNSでメッセージを発信していたんですけど、僕は自分がそれに対してSNSで言葉を発することに躊躇してしまって。
それは一方からすると正しいことかもしれないけど、もう一方の側からすると正しいかはわからないし、社会的なことに対して一個人として発言するのが怖かったんですよ。自分はそれにもどかしさを感じてたんですけど、ファンの皆さんからそのことについてDMや手紙をいただいて。〈向井さんの曲を聴いて元気づけられました〉という言葉を読んだときに、メッセージを発信する側として〈それを言えないのはどうなんだろう?〉と思って。
だから伝えるのが難しいんですけど、〈どちらが正しい〉とかではないと思うし、僕は誰かを救えたり、メッセージを送ったりできる職業をしてるからこそ、やらなくちゃいけないことがあると思うし――そういう気持ちが“Pure”には込められているんです」
――そのお話を聞くと、この曲からは、向井さんが歌や音楽の力を強く信じていて、自分自身はSNSではなく歌を通してメッセージを伝えたい、という信念が感じられます。
「いま思いましたけど、ブリッジの部分のリリック(〈心ない言葉に僕らはもう負けない 人として人をまっすぐに愛していたい〉)も、自分に向けて歌ってるような気はしますね。アルバムを作って思ったんですけど、僕は完全に感情論でモノを言うタイプなんですよ(笑)。今回の歌詞はいままでと違って、頭に思いついたことをそのままパッと書いているので、言葉の引っ掛かりを感じてもらえるような作品になったと思います」
――どの曲も歌詞が直球で、そこまで自分のリアルをさらけ出して怖くないのかなと思うのですが。
「でも、余計なことは入ってなくて、自分の色をすごく出せました。以前にも〈ライヴはデートであって、活動することは自分の私生活を全部さらけ出してるようなもの。プライヴェートを見せてるみたい〉と言われたことがあるんですけど、今作はまさにそうだなと思っていて。暴露本じゃないですけど(笑)」
自分の音楽はJ-Popでありたい
――メッセージ性という意味では、向井さんの音楽に対する愛情もものすごく伝わってくるように感じました。
「僕は高校を卒業してからすぐに上京して音楽を始めたので、もどかしさや悔しさを感じるのは大体音楽に関わることだったんですよ。なので、そういうことを歌った曲は必然的に音楽のことになるので、そう感じていただけたんだと思います。
小さい頃から音楽好きということがアイデンティティーだったし、音楽をやりたいという気持ち以前に、〈自分が聴いてる音楽は最高にカッコイイ!〉という、ある意味、中二病的な気持ちがいまだにあって(笑)。ジャンルとか時代背景とかも大事だと思うんですけど、そういうのは置いておいて、〈これを聴いてると自分がちょっと強くなったように思える〉とか〈気分が上がる〉みたいなシンプルな気持ちが自分のなかには残ってますね」
――今作には☆Taku TakahashiさんやKREVAさんも参加されていますが、それらの楽曲には向井さんがいままで聴いてきた音楽へのリスペクトを込められているようにも感じます。
「まさにそのとおりです。僕は『24』や『BLUE』を作ってたときは新譜をたくさん聴いて、ジャンル的にも新しいものを反映させたところがあったんですけど、最近は昔聴いてたJ-R&Bの曲とかをよく聴くようになったんですね。世界的にも新しいアーティストの音楽が過去を振り返ったものになってきてる感じがしますし。
それに☆TakuさんにしろKREVAさんにしろ、いわゆるヒット曲を作りながら、常に新しい音楽も聴いてて、尖ったことをやり続けてる方々だと思うんですよ。そうやってずっと前線でおもしろい曲を生み出し続けてる人たちとも、ぜひご一緒したいなと思ったんです」
――ここまできたからこそ、できたことかもしれません。
「あとは〈自分の音楽はJ-Popでありたい〉という気持ちがすごく強くて。僕は『(NHK)紅白歌合戦』にも『ミュージックステーション』にも出たいし、自分を支えてくれるチームや友達、親、ファンのみなさんのためにも売れなくてはいけないと思っています」
正解がないのであれば自分を信じてやるしかない
――☆Taku Takahashiさんが参加した“Break up”は、まさに☆Takuさん印が刻まれた流麗なR&Bチューンですね。
「☆Takuさんにはもともと作っていた曲にアレンジを加えていただいたんですが、聴いてすぐに☆Takuさんのお仕事とわかる2ステップ風のビートで、なおかつR&Bやクラブ・ミュージックの絶妙なポップ感と、エモさや哀愁を感じるものにしていただきました。最初に〈驚きのある音楽〉〈おもしろいことをやってるけど、歌謡的なもの〉というお話をさせてもらって、トラックに対して歌詞は切ない別れの曲になってます。
僕はm-floの音楽が、初期の頃からいまも含めてずっと好きで、☆Takuさんとはずっとご一緒したかったんですよ。ポップスのなかにあるエグみとか人間的な部分がすごく好きなんです」
――そして蔦谷好位置さんが関わったファンキーなヒップホップ曲“Answer”には、KREVAさんがゲストMCで参加しています。
「この曲を蔦谷さんと一緒に制作してたときに〈ラップを入れたい〉という話になったんです。僕から〈KREVAさんはどうでしょう……?〉と提案したら、その場で電話してくれて、快くOKしてくれたんです。
僕の母親もKREVAさんのことが好きで、子供の頃に一緒にライヴを観に行ったり、小さな頃からずっと聴いていた人だったので、最初の打ち合わせではガチガチに緊張しました(笑)。でも、KREVAさんはカラッとした方なので気持ちよく制作できました」
――この曲には〈幼い頃繰り返し聴いた あの曲たちが支えてくれた〉というラインもあって、向井さんの音楽の力を信じる気持ちが強く表れているように感じました。
「僕は自分が好きで聴いてきた音楽を大事にしてるし、それを信じて活動してきたので。さっきお話ししたように、正解がないのであれば自分を信じてやるしかないし、それを実践してきたKREVAさん自身もこれまでにあったいろいろなことを歌詞で表現してくださって。まさに自分が込めたいと思ったメッセージそのままの方だなあと思いました。
〈いつの日にか あの歌合戦 出るって言ったら みんな疑ってる ってか〉とか、すごくエモいですよね。僕、リリックを送っていただいた後に、KICK THE CAN CREWが紅白に出演したときの映像を観返しちゃいましたから(笑)」
――“Answer”というタイトルには、歌詞の〈自分だけのアンサーを信じて歩む〉という内容に加えて、〈自分を作り上げてくれた音楽に対する返答〉という意味が込められているように思えますし。
「そうですね。それとここまでついてきてくれたファンの方々に対しての〈返答〉という気持ちもかなりあります。KREVAさんがリリックにも書かれてるように、誰かが信じてくれないと自分のことを好きになれないし、〈これで本当にいいのか?〉という葛藤はずっとあることだと思うんですけど。
僕は特にここ最近、いろいろな人に支えられてることを感じてるし、自分自身を作ってくれた音楽に対する愛情もさらに深まってきた気がしていて。そういう気持ちを歌った歌です」
へこたれそうなときに力をくれる、人生に寄り添うアルバムになればと思って作りました
――海外のオントレンドなサウンドを意識して作られた楽曲はありますか?
「“Agony”は制作の後半でパパッと作った曲なんですけど、最近、海外で増えてるアフロビートやレゲエの要素の入った曲で、ちょうどジャネット・ジャクソンとかシアラとかもそういう曲を発表したので〈ラッキー〉と思いました(笑)。
僕は親の影響で保育園の頃からレゲエを聴いてたので、そういう音楽が好きなんですよ。“Agony”も久しぶりにそういう曲をやりたいなと思って、メロディーにダブっぽさがあったり、歌詞にパトワ語を使ってたり、完全にいまの気持ちで作ってますね」
――“Ego”もフューチャーR&B的なアプローチをされてますね。
「そうですね。日本ではまだトラップの要素が強いので、その要素に加えてポップス的なアプローチでやってみました。それと今作はクラブ・ミュージックやアンビエントの要素をガンガン出すというよりも、どちらかと言うと生音の配分を増やしたように思います。“Gimme”みたいなある種の土臭さみたいなものが自分の気分としてあって、よりジャンルレスな感じは出てる気がします」
――“リセット”は、TVアニメ「風が強く吹いている」のエンディング・テーマということもあってか、より普遍性を感じさせるエモーショナルなミディアム・ナンバーです。
「“リセット”はタイアップのために書き上げた曲なので、作品のことも考えつつ自分のやりたいことを詰め込むバランスが難しくて。ただ、作品のメッセージ性が第一にあったので、特定のジャンルというよりも歌謡的な要素を強くしようと思って作った曲です。
でも、原作の小説(三浦しをんによる箱根駅伝を題材にした作品)を読んだらすごく感動して、自分の気持ちともリンクしたので、僕自身にもすごく繋がる楽曲になりました。しかも、作品には入野自由さんも出演されてるので、偶然リンクしたところもあるんですよね」
――本作は向井さんのいまの気持ちや追求したい音楽がストレートに詰まった、とても〈ピュア〉なポップス作品に感じました。ご自身としては本作を完成させてどのような手ごたえを感じますか?
「僕が洋楽と邦楽を聴き分ける一番のポイントは歌詞なので、歌詞の部分で引っ掛かりが生まれることを意識して作りましたし、いままでよりも歌謡的なアプローチが出来たアルバムだと思うんです。
それと同世代のミュージシャンやバンドマンで最新系のカッコイイ曲を作れる人はたくさんいますけど、自分はそういう部分も持ち続けつつ、ずっと聴き続けられる良い曲を作ることを強みにしたくて。自分がへこたれそうなときに力をくれるような、人生に寄り添うようなアルバムになればと思って作ったので、僕にとっては今回もスペシャルな作品ができたと自信をもって言えます」
新しい音楽やジャンルへの情熱や興奮を与えられる人になりたいですね
――ここからは〈未来ノ和モノ〉のテーマに沿った質問をさせてください。まず、未来や世界のユーザーに、本作をどのように楽しんでもらいたいですか?
「今回の『PURE』には〈アーティストとしてまっさらな気持ちを発信していきたい〉という思いを込めてるんです。だから〈個〉の強みを押し出していきたいですし、サブスクリプション・サーヴィスがメインになって、曲単位で売れる時代だからこそ、〈この曲聴いたことある!〉よりも〈このアーティストいいよね〉という受け止め方をしてほしいです」
――今後の音楽シーンにどんな展望を抱いていますか?
「例えば、いま海外で山下達郎さんの音楽が評価されてるのは新しい時代だと思うんですよ。言葉は日本語なのにサウンドとして海外の人たちに響くのは理想ですし、この先、いろんな国の音楽を気軽に聴けるようになって、さらにボーダーが無くなっていくと思ってて。でも、それと同時にどんどん消費される時代になると思うので、自分も残っていくために他のアーティストとの違いを見せることが課題です」
――そんななかで、日本人が作る音楽の魅力はどこにあると思いますか?
「日本語の曲は、聴き手の環境や感情によって聴こえ方が変わるのがおもしろいと思います。洋楽よりも表現が直接的じゃないし、ハッピーな曲にも聴こえれば、切ない曲にも聴こえることがあって。僕の音楽にしても、今回の“Crazy”は恋愛の曲にも音楽への愛情を歌ってるようにも聴こえますから」
――そういったシーンにおいて、向井さんはアーティストとしてどんな存在でありたいと思いますか?
「広い範囲で深く聴いてもらえるアーティストになりたいですし、僕の音楽のルーツにはブラック・ミュージックがありますけど、あくまでも一番はJ-Popでありたいんです。それと僕が小さい頃に感じた、新しい音楽やジャンルへの情熱や興奮を与えられる人になりたいですね。僕の音楽を入り口にいろんな音楽を好きになってもらえたら、それはすごくうれしいことなので」
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