LUCKY TAPESからメジャー・ファースト・アルバム『dressing』が到着した。今年5月に発表したEP『22』が示唆していたとおり、本作はトラックメイカーとしての顔をもつ高橋海の手腕が遺憾なく発揮された意欲作。エレクトロニックな要素をふんだんに取り入れたバンド・アンサンブルは、このバンドが次のフェイズに入ったことを端的に伝えている。
加えて、本作にはCharaとBASI(韻シスト)とのコラボーレション曲をそれぞれ収録。どちらも高橋がかねてから関心を示してきたラップ・ミュージックのマナーを取り入れた楽曲で、生演奏によるラグジュアリーなディスコ・トラックを基調としてきた彼らの音楽性は、ここにきてさらに拡張された。間違いなく、これはバンドのターニング・ポイントとなる重要作だ。
さあ、ここからは早速、高橋本人に語っていただこう。ちなみに今回のインタヴューの後半では、〈未来ノ和モノ-JAPANESE FUTURE GROOVE-〉というコンセプトに則った質問もいくつかぶつけている。海外シーンの動向を明確に意識しながら、日本語ポップスの革新に挑む高橋の野心が垣間見える、非常に興味深い回答が返ってきたので、ぜひ最後まで読んでほしい。
やりたいことを躊躇せずに出してもいいのかなと思いはじめました
――EP『22』で顕在化したエレクトロニックな要素が、今回のアルバムではさらに推し進められていますね。
「そうですね。以前はソロとしてのトラックメイキングと、バンドとしての曲づくりを意識的に分けてきたんですけど、それが『22』で徐々に混ざり始めて、今作でさらにその壁がなくなったように感じてます」
――トラックメイカー的なアイデアをバンドに持ち込むことに、あまり躊躇しなくなった?
「はい。自分もいい年になってきたし、ソロでやりたいと思っていたことをいつまでも出せないでいるのは、なんだかもったいないような気がして。そもそもLUCKY TAPESも自分のプロジェクトなわけだから、やりたいことを躊躇せずに出してもいいのかなと思いはじめました」
――やはり『22』でヴォイス・サンプルなどをバンド・サウンドに導入したことは、高橋さんにとって大きなきっかけになったのでしょうか?
「そうですね。以前はメンバーからアイデアが飛んでこないことにストレスを感じていたんですけど、今回は吹っ切れたというか、自分が引っ張ってやろうという気持ちに切り替えられたんです。そのおかげでこれまで表現しきれていなかった部分を出すことができたので、自分としてはいままで以上に思い入れが深い作品になりました」
――ということは、きっとデモ音源もこれまで以上に作り込んだものを用意したのかなと思ったのですが、実際はどうでしたか?
「デモの完成度はいつもとそんなに変わらず、そのままでもリリースできるくらいのクオリティーで毎回作っています。ただ、前作との大きな違いとしては、デモの段階で自分が作ったループやフレーズをそのまま最終音源として残したことですね。いままでは本録りの段階でメンバーやサポートに演奏を差し替えてもらっていたんですけど、最近は宅録の環境も整ってきたし、音質的にもそのまま使って違和感がなかったので」
――確かに“COS”ではピアノのフレーズが終始ループしていますね。ヴァースとコーラスを繰り返す構成もラップ・ミュージック的というか。
「あのピアノはプラグインの音源で弾いたもので、生ピアノではないんです。生楽器の演奏は素晴らしい深みと人間の手によるわずかなズレが心地良いグルーヴを生み出すけど、サンプリング文化に見られるように、作為的に音を並べたり再構築することによって生まれるグルーヴというものを、ソロではなくバンドでやってみたくなったんです」
歌とラップの中間のような心地良いフロウが好き
――かねてから高橋さんはラップ・ミュージックの影響を公言されていたので、いままでこういう曲を発表していなかったのは、ちょっと意外な気もしました。
「確かに僕のルーツは2000年代のUSのR&B/ヒップホップだし、いつか自分の曲にラップを入れてみたいという思いはずっとあったんですけど、今回いろいろなタイミングが重なってトライに至りました。
ラップとはいってもフリースタイルのようなものはあまり好きじゃなくて、歌とラップの中間のような心地良いフロウのものが好き。それこそ今回、参加していただいたBASIさんも、歌うようにラップされる方ですし」
――確かに近年は歌とラップの境目がますますなくなってきていますよね。“Lonely Lonely”で披露されている高橋さんのラップも、非常にメロディアスだと感じました。
「そこに関しては、意図せずです(笑)。技法とか知識、発声の仕方なんかもよくわからないまま、自分なりにラップしてみた結果、やはりどうしてもメロディーのないラップにはならなくて。
そういえば、ちょうどこの曲を作っているときに〈ラップどうやったら格好良く歌えるの?どうしてもメロディー付いちゃう…〉とツイートしたら、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのゴッチ(後藤正文の)さんから〈俺もメロがついちゃう派。。。〉とリプライをいただいたこともありましたね(笑)」
――あのメロディアスなフロウは、おのずと生まれたものだったと。いずれにしても、今作では高橋さんの音楽的な関心がさまざまな形で具現化されているように感じました。例えば“Punch Drunk Love”は一聴するとLUCKY TAPESらしいきらびやかなディスコ・トラックなんだけど、よく聴くとトラップ的な三連のフロウが取り入れられたりしていて。
「あまりジャンルというものを普段から意識していないので、一曲のなかにいろいろな要素が盛り込まれていることはよくあります。三連のフロウだったり、シンセの音色だったり、最後のブラス・アンサンブルも。この曲を作り出したのが昨年末くらいなので、ちょうどバンドとソロの壁が崩れはじめて、いろいろなことを試していた時期でした」
歳を重ねていきながら、その人ならではの色や味が形成されていくものだと思うんです。その過程を〈dressing〉という言葉に込めました
――“Gossip”も異色のトラックですよね。ロック的なダイナミズムが捉えられているというか。
「あの曲はマスタリングが難しかったですね。今回のミックス/マスタリングではハイを抑え気味にして丸みのある音像にしようと進めていたのですが、この曲に関してはギターの歪みが肝だから、ハイを削るとこの派手さがどんどん失われてしまって。そこをうまく保ちつつ、他の曲との流れも違和感なく聴けるように、いろいろ試行錯誤しました」
――そして、アルバムのラストを飾る“ワンダーランド”。この曲に関しては、ブラック・ミュージック的なテイストはあまり強調されていません。個人的にはリズムや管楽器のフレーズなどに中期ビートルズを連想しました。
「LUCKY TAPESはサポート・メンバーも含めた9~10人編成でずっとライヴをやってきたので、いろんな楽器の音がたくさん鳴っている感じを音源にもパッケージングできたらなと思いながらこの曲のアレンジを作りました。
もちろんブラック・ミュージックは自分のなかで一番のルーツではあるんですけど、それ以外にもビートルズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドなんかの60〜70年代のロックも通ってきてるし、それこそ自分のつくるメロディーにはJ-Pop的なわかりやすさもあると思っていて。あと、こういう曲が一曲入ることによって、アルバムに多様性が出せるんじゃないかなと」
――つまり、今作ではアルバム全体の統一感よりも、音楽的なヴァラエティーの豊かさが重要だった?
「そうですね。今回のアルバムを聴いていると、いろんなところを旅しているような感覚にもなるし、ひとつ前に出した『22』がかなりコンセプチュアルな作品だったのもあって、今回はアルバムで曲数も多いですし、あまり似たような曲が固まらないようには意識しました。
あと、数年前にくるりのライヴを観る機会があって、そのときにこういう多様性のある音楽っておもしろいし、エンターテインメントだなと思ったんですよね。曲によって使われる楽器もどんどん変わっていくし、あのごちゃ混ぜ感がすごく楽しくて。あそこまで幅は出せなかったけど、自分なりにいろんな要素が混ざったアルバムに今回はできたつもりです。それこそ『dressing』というタイトルにもそういう思いを込めています」
――というのは?
「〈dressing〉という言葉には、サラダにかけるものの他に、〈着こなす〉という意味もあって。人間は生まれたときは誰もが何にも染まっていない無色透明な状態で、歳を重ねていきながら身につけるものや使う言葉、自分と関わる人を選んでいくなかで、その人ならではの色や味が形成されていくものだと思うんです。さまざまな要素から成り立っている、その過程を〈dressing〉という言葉に込めました」
ひとつのやり方には縛られたくない
――それにしても、バンド・サウンドにこうしてトラックメイキングの要素が入り込んでいくと、これからのライヴ・パフォーマンスにもおのずと影響がでてきそうだなと思ったのですが。
「まさに、いま苦戦しているところで。いまだに同期音源をライヴで使うことは考えてなくて、打ち込みの音色も必ずリアルタイムでサンプラーなどを使って再現していこうと思っているんですけど、今回は音数も多ければ、音色の変化も多いから、生演奏で原曲通り再現するのは相当難しいんです。あと、歌詞の分量もいままでより多いから、いまはライヴに向けて覚えることがたくさんあって(笑)」
――歌詞といえば、今作にはラヴソングがいくつかありますよね。そこもまたLUCKY TAPESとしては珍しいような気がしたのですが。
「歌詞については、これまでは人生観が表れたものというか、あくまでダンス・ミュージックなので〈いまこの瞬間を楽しもうよ〉みたいな歌詞が多かったかな。今回の“COS”や“Lonely Lonely”みたいなラヴソングはいままであまり書いてこなかったかもしれない。それは自分が恋愛下手というのもあるんですけど(笑)」
――そういう歌詞を書こうと思うきっかけがあったんですか?
「特にこれといったきっかけがあった訳ではないけど。 “Lonely Lonely”は仮歌を作る段階で、孤独やひとりぼっちを意味する〈Lonely〉をふたつ並べてみて、〈孤独な者が二人。つまりは遠距離恋愛のことかな〉みたいな感じで連想して書いていきました。
BASIさんとCharaさんに参加していただいたのもそう。メロディーを作っている段階で、自然とそのメロディーがお二人の声で脳内再生されて、今回オファーするに至りました。どれもこれも楽曲に導かれている部分が大きいというか」
――となると、今回の制作プロセスは次作以降にも踏襲されていくのでしょうか?
「もちろんこういうやり方も推し進めつつ、いままでのバンドらしい作り方も引き続きやっていきたいです。それになにかひとつのやり方には縛られたくないから、〈今後はずっとこのやり方でいこう〉みたいな気持ちはまったくなくて。その時々に思いついたことをどんどん試せていけたらなと思ってます」
――もちろん他のメンバーから飛んできたアイデアもどんどん反映させていきたいと。
「ええ。メンバー二人は自分の担当している楽器としっかり向き合っていると思うので。そのせいで全体が見えなくなってしまっているところもあるんですけど、そこは本人たちも気づいてるみたいだし、きっといままで開いていなかった引き出しをこれから開いてくれると信じて待っています。
逆に自分は、演奏や歌と向き合う時間が最近は全然なかったから、プレイヤーとしては落ちちゃってると思うので。制作がもうすこし落ち着いたら、歌や演奏にもっと向き合わなきゃなと個人的には思ってます」
ここから日本のシーンが変わっていくとしたら、そのきっかけや変動の一部でありたい
――では、ここからは〈未来ノ和モノ〉というテーマに沿って、いくつか質問させてください。未来のリスナー、もしくは海外のリスナーに本作のどんなところを聴いてほしいと思いますか?
「メロディーとアレンジの組み合わせのおもしろさかな。サウンド・アレンジにはその時々の流行が大きく関わってくるけど、メロディーは普遍的なものでもあるから、10~20年前のヒット曲をいま改めて聴くと、サウンド的に古く感じることはあっても、メロディーに関しては時代を超えて良いものは新譜と並べてもまったく劣ることがないんですよね。
今回の作品は、サウンド的には流行の音色や手法をところどころ取り入れてるけど、歌に関してはメロディーの普遍的な美しさを自分なりに日本語の歌で表現したつもりなので、ここから10年、20年先にも、海外のリスナーにも届いてほしいです」
――では、今後の音楽シーンにはどんな展望を抱いていますか?
「最近は韓国のシーンに注目しています。韓国は国内の市場そのものは小さいんだけど、音楽を届ける意識がちゃんと世界に向けられていて、実際にそれが評価されてる。日本のシーンの大半はいまだに内向きなイメージがあるので、もっと世界との同時代性を意識した音楽がメインストリームに入り込んでいったらおもしろくなると思います」
――そんな日本のシーンから音楽で優れていると思われる部分はなにかありますか?
「やはりメロディーと歌詞ですかね。日本語詞と英語詞をどちらも歌ってみて感じるのが、日本語詞の歌では言葉の音程やアクセントが合っていないと違和感が生じるということなんです。英語だと一つの音符に対して比較的たくさん言葉を詰め込めるけど、日本語の場合は一語一語の長さや間が大事なんですよね。
あとは英語詞を日本語に翻訳したときにストレート過ぎて照れ臭くなってしまうのですが、日本語で書かれた歌詞には多くの言い回しやメタファーが用いられていたりして、それらが深みや日本特有のわび・さびなんかを作品にもたらしているのだと思います」
――では最後に、これからのシーンのなかで、高橋さん及びLUCKY TAPESはどうありたいと考えていますか?
「もしここから日本のシーンが変わっていくとしたら、そのきっかけや変動の一部でありたいと思っています。今回の作品でも自分なりにそこは提示したつもりなので。あと、個人的にはもっと海外のアーティストと一緒に制作してみたいです。学べることや得られることがたくさんあるし、ひとりの表現者としていろいろと垣根がないところにいたいですね」
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