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エラ・メイ『Ella Mai』 2018年を代表する歌声が次代のスタンダードになった理由

[ 緊急ワイド ]冬のくちどけ、R&B Pt.1

エラ・メイ『Ella Mai』 2018年を代表する歌声が次代のスタンダードになった理由

2018年を代表する歌声がこの先のR&Bを創り出す

90年代R&Bの申し子?

 たった1曲のシングル・ヒットで2018年のR&Bにおける顔となったエラ・メイ。DJマスタードがプロデュースした“Boo'd Up”は2017年末にベイエリアのDJが地元のラジオでかけたところ話題を呼び、今年の春頃からUS R&B/ヒップホップ関連のチャートを駆け上がり、7月には全米ポップ・チャートでも5位を記録した。カヴァーを含めた数々のリミックスも、ニッキー・ミナージュとミーゴスのクエイヴォによる参加版をはじめ、現在までに5000以上あるとされる。リズムマシーンが走るトラップ調の簡素なビートに90年代R&Bの懐かしいフレイヴァーが薫るトラックと、アンニュイでありながら可憐な歌声の絶妙な合体。続編的な“Trip”もヒットし、沸き上がる期待のなかで発表されたのが、マスタードが主宰する10サマーズのメジャー展開となるファースト・フル・アルバム『Ella Mai』である。

ELLA MAI Ella Mai 10 Summers/Interscope/ユニバーサル(2018)

 “Boo'd Up”はUK出身の女性ソロ・シンガーとしてはリサ・スタンスフィールドの“All Woman”(91年)以来26年ぶりに全米R&Bチャート1位を獲得した曲となったが、エラはUKサウス・ロンドンの出身。アイリッシュの父とジャマイカ系の母のもとに生まれ、エラ・フィッツジェラルドにちなんでエラ(・メイ・ハウエル)と命名された。生年はR&Bの当たり年とも言われる94年で、出生日(11月3日)の頃に全米R&Bチャート1位に輝いた曲が憧れのひとりであるブランディの“I Wanna Be Down”だったことはエラの音楽に漂う90s感を裏付ける……というのは強引だが、アルバムには〈90年代R&Bの申し子〉と言いたくなる要素が散見される。

 もっとも出世の仕方は、リアリティー・ショウ~SNS時代を生きる若者らしいそれだった。12歳の頃にアメリカのNYに渡り、高校卒業後に帰国したエラは、音楽学校に通っていた2014年にアライズというガールズ・トリオで人気オーディション番組「The X Factor』のUK版に出演。が、アライズは芳しい結果を残せずに解散。そこで2015年にソロ活動を開始すると、SNSで披露したカヴァー動画がマスタードの目にとまり、SoundCloudにアップしたDJカム1制作のEP『Troubled』が注目を集める。かくしてマスタードの10サマーズに所属したエラは、『Time』『Change』(共に2016年)、そして“Boo'd Up”を含む『Ready』(2017年)といった3枚のEP、およびシングル“Naked”を出していくのだ。

 

エラの音楽的な背景

 カリードやカマイヤがカメオ出演したMVも話題の“Boo'd Up”は〈恋仲になる〉といった内容の曲だが、そもそもこれはクリス・ブラウンのCBEと契約していた女性シンガー/ソングライターのジョエル・ジェイムズがジョニー・ギル“There U Go”(92年)を引用して2014年に作ったデモがオリジナルとされる。それがマスタードの手に渡り、ブラッシュアップされてエラの曲となった。コ・プロデューサーとしてランスことラーランス・ダプソン(LAの音楽集団1500 Or Nothin'に所属)が名を連ねているが、同曲のメロウなセンスは、ケンドリック・ラマーの“These Walls”(2015年)をテラス・マーティンと手掛け、ジャスティン・ティンバーレイク“Filthy”(2018年)を共作したランスの仕業でもあるのだろう。

 滲み出る90s R&Bのムードということでは、ダ・インターンズの片割れであるマルコス・パラシオスが制作に関与した“Own It”もそのひとつ。アディナ・ハワード feat. ジェイミー・フォックス“T Shirt And Panties”(98年)を引用したスロウ・ジャムで、ここではデスティニーズ・チャイルド“No,No,No”(97年)風のフレーズも歌ってみせる。また、マスタードが手掛けた“Shot Clock”ではジニュワイン“So Anxious”(99年)使いだったドレイク“Legend”(2015年)を引用。他にも、“Close”を作る前にトニ・ブラクストンを聴いていたというエピソードや、“Dangerous”をブライアン・マイケル・コックスが手掛けていることも含めて、アルバムではレイト90sのR&Bに親しんでいたエラの音楽的背景が浮き彫りにされる。

 

新世代の象徴

 加えて、イントロの“Emotion”を筆頭にポエトリー・リーディング的なスキットを挿んでイギリス英語独特の発音で詠んでいくアルバムは、エラと同じく国境を跨いで活躍するUK出身者たちの貢献度も大きい。ドレイク“Passionfruit”(2017年)を手掛けたナナ・ローグスによるミッド“Good Bad”、ハーモニー・サミュエルズによるスロウ“Cheap Shot”はほぼUK勢によって作られた曲で、ジョルジャ・スミスやデュア・リパに通じるカッティング・エッジを感じ取ることもできよう。ピアノ・バラードの“Easy”はホールジーの仕事でもお馴染みのリドーがメインで制作しているが、歌い出しから英国ニューウェイヴのモダン・イングリッシュによる82年ヒット“I Melt With You”のメロディーを引用しており、これもエラがUK出身者であることを印象づけるかのようだ。

 また、EP『Time』で披露したタイ・ダラー・サインとの“She Don't”や、クレイグ・デヴィッドとの“Talk To Me Part II”(2018年)といった過去のデュエットと同じく、共演曲でもゲストのカラーに寄せながらエラらしい味わいを出している。すでにコラボ済みだったクリス・ブラウンとの“Whatchamacallit”は、浮気っぽいことになりそうな男女が〈what you may call it?(これ、浮気じゃなくて何て言うんだっけ?)〉と自己正当化のためにトボけるやんちゃな曲。腕にタトゥーが入ったクリスとエラがサグ味も出しながら軽いノリで歌う。一方でジョン・レジェンドとの“Everything”は往時のネオ・ソウルを思わせるクラッシーなスロウ。デミ・ロヴァートの近作『Tell Me You Love Me』(2017年)でマスタードと同席していたデイヨン・アレクサンダーとジェフ・シャンによる制作で、ローリン・ヒルをアイドルに挙げるエラの趣味に沿った曲とも言えるだろう。そして、フロエトリーを思わせるジャジーなスロウ“Gut Feeling”は同志でありライヴァルでもあるH.E.R.との共演。SZAやカリード、ダニエル・シーザーたちと共に新世代のR&Bを象徴するふたりの顔合わせは、このアルバムが2018年の新作であることを改めて実感させるものだ。

 アンビエントR&Bなどと呼んでいたものがジェネイ・アイコらの活躍によってオルタナティヴから本流に合流した時代の産物とでも言おうか。本人も再三強調しているように、R&Bが死んでいないことを、柔軟な感性で国境を越えて活動する20代が示したことに快哉を叫びたくなるアルバム。そこにはひたすらいい歌がある。

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