COLUMN

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 「Lost Memory Theatre」 白井晃アーティスティック・スーパーバイザー就任第一作

「どこかに失われた記憶が流れ込む場所があったとしたら…」――三宅純 『Lost Memory Theatre act-2』ライナーノーツより

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 「Lost Memory Theatre」 白井晃アーティスティック・スーパーバイザー就任第一作

失われた記憶を記すところへ

 人の記憶というものは極めて曖昧でありながら、その一方で妙にしぶとい。我々の日常の行動は、すべて過去の記憶に左右されているといってもよいだろう。わたしたちは、ただ「忘れたいこと」と「忘れたくないこと」の間を彷徨うしかないのかも知れない。

 音楽は、その起源において「記憶」と分かちがたく結びついている。記憶に障害がある人でも子供の頃に覚えた音楽だけは、すらすらと歌えたりするし、CMのジングルやサウンド・ロゴが刷り込まれると、家電量販店や薬局チェーンの前を通るたびに、営業時間でもないのにジングルのメロディに乗ってその店名が頭の中で再生される。やれやれ、われわれの記憶というのも随分薄っぺらになったものだ。かつて歌は、神に捧げるために呼び出され、種族の偉大な歴史を次代に伝えるために詠われる叙事詩は、或る種の伝説の記憶媒体であったはずだが…。いや、すでに種族や神の登場によって、ほんとうの記憶や音楽は、我々から失われていったのかもしれない。かたちを成すことも、足音さえ残すことなく、どこかに失われていった、わたしたちの記憶。

 「どこかに失われた記憶が流れ込む劇場があったとしたらどうだろう?」

 「そこには記憶に焦がれた人たちが集まり、その記憶の疑似体験をしていく。」

 こんなイメージの虜(とりこ)となった「音楽家」がいたとしたら。そしてもし、そのイメージが「演劇家」に共有されたとしたら。もしも、その「音楽家」が三宅純で、その「演劇家」が白井晃であったとしたら…。そんな「もし」の連鎖が偶然ではなく必然としか思えないようなことが、まもなく実現する。両者による舞台作品『Lost Memory Theatre』がそれである。

 

白井/三宅 コラボレイションの手法

 白井晃と三宅純は、これまでに『三文オペラ』(B.ブレヒト)、『ヴォイツェク』(G.ビューヒナー)、『中国の不思議な役人』(寺山修司)などをはじめとする、いくつかの舞台作品で共同作業をおこなってきた。過去のコラボレイションでは、原作~白井の脚本・演出があり、それに対して三宅が音楽を潜り込ませてゆくという手法であった。だが今回はその逆で、三宅の音楽が先行したという。それが昨年リリースされた三宅のアルバム『Lost Memory Theatre act-1』であった。ジャケット写真の、鏡の前で身支度を整えた謎の美女が、なにか秘密の儀式のはじまりを予感させる。

三宅純 Lost Memory Theatre act-1 P-VINE(2013)

 『Lost Memory Theatre act-1』を聴く。あなたはすでに、「記憶」と「メモリー」と「思い出」の虜(とりこ)。太古のビートに踊らされ、コンピュータのサンプリング音の波にさらわれ、甘い思い出に浸り、見知らぬ街角で聞いた野良犬の声に驚いて振り返る。

 

「この音楽世界を、演劇の範疇を超えた舞台に出来たら…」(白井晃)


 『Lost Memory Theatre act-1』、タイトルからしてすでに確信犯的な気配も漂うこの作品。白井によれば、「聴くうちに自分の中に勝手な物語がどんどん生まれてきた」という。「この音楽世界を、演劇の範疇を超えた舞台に出来たら…」。この両者の取り組みが単なる“劇伴”とか“舞台化”というようなものでないことは、これまでのコラボレイション作品から容易に想像されよう。このアルバム自体、イメージ・アルバムめいた抽象的な作品では決してない。どの曲もかなり具体的な音響、音楽スタイルで構成されている。それでいて、「ストーリー性ある音楽づくり」などとも無縁である。ボッサ・スタイルの曲あり、ブルガリアン・コーラスあり、ニナ・ハーゲンの力強いヴォーカルありと、さまざまなイメージが交錯する。

 三宅純は、これまで数多くの(その数3,000作ともいわれる)CM音楽を手掛け、自身のアルバムの他、ピナ・バウシュフィリップ・ドゥクフレ舞台音楽を制作するなど、横断的に活動の場を持ってきた。ジャズ・トランペッターとしてキャリアをスタートさせながら、彼のアルバムは「ジャズ」の範疇に分類されるものではなく、また「環境音楽」というには、耳を引きつけ過ぎるであろう。彼の舞台音楽でいつも驚かされるのは、どの作品でも模糊としたツナギめいた部分も、具体的すぎる効果音も、どこにも存在しない点である。凡庸な“舞台音楽”が、いかようにも調理(解釈)可能な、腰の引けた音響やBGM風な音楽になりがちであるのと、なんと対照的なことか。白井にとっても、実に挑みがいのある音楽家であろう。

 今回のアルバム中に聞かれる、ボッサなスタイルや、ブルガリアン・コーラスも、決してソレ風の情緒や味付けが目的のフェイクではなく、それらの音楽(スタイル)のエッジの部分を使って、手触りある彫刻作品を削り出してゆくような、といえば良いのだろうか。繊細緻密にして、三宅の鑿(のみ)捌きは、意外なほど大胆でもある。三宅は、白井との対談で、「ある楽曲に対してひとつだけ意味を持たせすぎず、“と言ってはいるけれど、本当は違うよね”というニュアンスを残せるような表現をこれから白井さんと探していくことになる」と言っているが、これがまさに両者のコラボレイションの特質を言い当てていよう。かつて『中国の不思議な役人』でも、抽象性や象徴性に逃げることなく、各シーンの具体的なイメージをもとにして、作品に内在する寓話性を暴いてゆく見事なアプローチを見せていたことが思い出される。個々のイメージはくっきりとして、一見バラバラだが、ステージという磁界に置かれたとたんに、妖しい磁気を帯びて発光し始める、というような。

 

『Lost Memory Theatre』の彩ある魅力の秘密

 白井晃は、この春から神奈川芸術劇場(KAAT)のアーティスティック・スーパーバイザーに就任し、これがKAATプロデュース第1作に当たる。就任第1作となるこの舞台作品について、「劇場(KAAT)との新しくはじまる関係性に相応しい作品になるのでは、と思ったら、更に僕の中で妄想が膨らみ抑えきれなくなってしまった」と白井は言うのだが、いかに三宅の音楽との共同作業が、現在の白井にとって大きな存在かが窺えよう。

 今回のキャスティングをみると、テキストには、若い演出・劇作家である谷賢一、振付には森山開次、森山によって選ばれたダンサー4人を配している。更に、モデル・女優として活躍する美波、昨年の白井+三宅による『ヴォイツェク』にも出演した山本耕史、多彩な活動歴をもつ江波杏子など。だが、家庭劇ではないのだから当然かもしれないが、この顔ぶれからステージを想像することは難しい。

三宅純 Lost Memory Theatre act-2 P-VINE(2014)

 実は、三宅はこの舞台に呼応するように、同時期に発表するアルバム『Lost Memory Theatre act-2』を制作中という。おそらく今回のステージでも、この新作からの音楽が流入してくるであろう。原案・音楽と演出・構成のどちらが先かは、もはや意味をなさない。両者にとってだけでなく、劇場、制作スタッフ、出演者、演奏家たちすべてにとって、まさに常に現在進行中のステージなのである。現時点で舞台の演奏メンバーにクレジットされているのは、伊丹雅博(g)や今堀恒雄(g)、渡辺等(b)、ヤヒロトモヒロ(perc)らをはじめとする、出てくる音の予測が甚だ難しい面々。アルバムにも参加していたリサ・パピノー勝沼恭子らのヴォーカルも。三宅自身のピアノやフリューゲル・ホーンを聴くこともできるのではないか。アルバム中でも彼のトランペットやフリューゲル・ホーンが、いつになく高らかな響きを聞かせていた。CDの内ジャケの写真(アートディレクションはジャン=ポール・グード)でも、三宅は自身の楽器であるフリューゲル・ホーンを手にしている。(パリ中に張り巡らされた有名百貨店のポスターにイメージ・モデルとして登場したことで、モデルと勘違いされたという有名な逸話はさておき)、そんなところにもさり気ない意気込みが窺われよう。

 演出家・俳優の白井晃と音楽家の三宅純の新たなコラボレイションというだけでなく、「劇場」のあり方の可能性を探るステージは、すでに始まっている。

 (三宅の音楽とJ=P・グードとのコラボレイションが「イメージメーカー展」に出品される。7月4日(金)~10月5日(日)、21_21 DESIGN SIGHTにて。)

 

(C)二石友希

 

白井晃(しらい・あきら) 写真左

演出家、俳優。早稲田大学卒業後、1983-2002年、遊◉機械/全自動シアター主宰。劇団活動中よりその演出力が認められ、演出家として独立後は、オペラミュージカル、音楽劇からストレートプレイまで幅広く手がけている。近年の演出作品に『ジャンヌ・ダルク』『天守物語』ミュージカル『GOLD~カミーユとロダン~』『幻蝶』『4four』『オセロ』音楽劇『ヴォイツェク』『9days Queen~九日間の女王~』『テンペスト』など。オペラでは『愛の白夜』『オテロ』『こうもり』など。出演作に『天日坊』(12年 宮藤官九郎脚本・串田和美演出)『趣味の部屋』(13年 古沢良太脚本・行定勲演出)『マクベス』(13年 長塚圭史演出)など。第9回、第10回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。平成17年度湯浅芳子賞(脚本部門)受賞。12年演出のまつもと市民オペラ『魔笛』にて第10回佐川吉男音楽賞受賞。2014年4月よりKAAT神奈川芸術劇場アーティスティック・スーパーバイザー就任。



三宅純(みやけ・じゅん) 写真右

作曲家。日野皓正に見出され、バークリー音楽大学に学び、ジャズトランぺッターとして活動開始。時代の盲点を突いたアーティスト活動の傍ら作曲家としても頭角を現し、CM、映画アニメドキュメンタリーコンテンポラリーダンス等多くの作品に関わる。'05年秋よりパリにも拠点を設け、精力的に活動中。主要楽曲を提供したヴィム・ヴェンダース監督作品『ピナ/踊り続けるいのち』はEuropean film award 2011でベスト・ドキュメンタリー賞受賞。またアカデミー賞2012年ドキュメンタリー部門、および英国アカデミー賞2012年外国語映画部門にノミネートされた。白井晃作品には『三文オペラ』『中国の不思議な役人』『ガラスの葉』『幽霊たち』『ジャンヌ・ダルク』『ヴォイツェク』『9days queen』など参加多数。

 

THEATER INFORMATION

白井晃アーティスティック・スーパーバイザー就任第一作
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
Lost Memory Theatre

8/21(木)~31(日)
会場:KAAT神奈川芸術劇場ホール 

9/6(土)7(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホール

原案・音楽:三宅純  構成・演出:白井晃
テキスト:谷賢一  振付:森山開次
出演:山本耕史/美波/森山開次/白井晃/江波杏子
演奏:三宅純(Piano, Fender Rhodes, Flugelhorn)
宮本大路(Reeds, Flutes, Drums)伊丹雅博/今堀恒雄(Guitar, Mandolin, Oud)* 渡辺等(Bass, Mandolin)ヤヒロトモヒロ(Percussion)noattach strings by Tomoko AKABOSHI
*はダブルキャスト
歌手:Lisa Papineau/勝沼恭子
踊り手:伊藤さよ子後藤いずみ高瀬瑤子中嶋野々子
www.kaat.jp

 

ART INFORMATION

イメージメーカー展

7/4(金)~10/5(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHT(東京ミッドタウン内)
展覧会ディレクター:エレーヌ・ケルマシュター
参加作家:ジャン=ポール・グード、三宅 純、ロバート・ウィルソンデヴィッド・リンチ舘鼻則孝フォトグラファーハル
○トーク「三宅純×白井晃 音楽と舞台のイメージメーカー」
7/26(土)
出演:三宅純(作曲家)/白井晃(演出家・俳優)/生駒芳子(ジャーナリスト)
www.2121designsight.jp/

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