撮影:飯田耕治 提供:東京文化会館

21世紀の古典となっていくであろう作品が誕生した演奏会

 クラシック音楽の名曲を繰り返し演奏するだけでなく、未来のレパートリーとなる作品を作曲家に委嘱し、世界へ向けて発信している東京文化会館。2024年1月13日に開催された現代音楽プロジェクト〈かぐや〉は、まさに21世紀の古典となっていくであろう作品が誕生した演奏会となった。

 この日の公演は2部構成。演奏には、ヴァイオリンの山根一仁、毛利文香、ヴィオラの田原綾子、チェロの森田啓介、箏の吉澤延隆ら、気鋭の若手演奏家たちが集った。第1部は東京文化会館とも縁の深かったフィンランドの作曲家、カイヤ・サーリアホ(1952-2023)に捧げられたプログラムで、サーリアホの弦楽四重奏曲“テッラ・メモリア”とともに、フィンランド出身のユハ・コスキネンの箏独奏曲“イザナミの涙”とフィンランドを拠点に活動する横山未央子の弦楽四重奏曲“地上から”、2曲の新曲が初演された。コスキネンはサーリアホから薫陶を受けた弟子のひとりであり、横山も生前のサーリアホと交流し、その背中を押されてきた作曲家だ。後半の第2部では、プロジェクトのタイトルにもなっている、ジョセフィーヌ・スティーヴンソンの「かぐや the daughter tree」が初演され、ダンサーの森山開次がステージから客席までホールの空間を縦横無尽に舞った。スティーヴンソンと森山のコラボレーションも、スティーヴンソンがサーリアホのオペラ「Only the Sound Remains ―余韻―」をストラスブールで観た際、森山のダンスに惚れ込んだことがきっかけで実現した。サーリアホを通して結ばれたアーティストたちが、東京文化会館で新たな創造に挑んだのが今回のプロジェクトなのだ。

 静謐さのなかに張り詰めた緊張感が漂う“イザナミの涙”と、ユニークな楽器法によって弦楽四重奏に新鮮な躍動感をもたらした“地上から”のどちらも、今後の再演が大いに期待される名作であったが、今回とりわけ大きなセンセーションを巻き起こしたのは、スティーヴンソンの「かぐや」だった。

 弦楽四重奏に箏、そしてスティーヴンソン自身のヴォーカルというユニークな編成を持つ“かぐや”。弦楽四重奏と箏の緻密な書法は紛れもなくクラシック音楽の作曲家のものだが、スティーヴンソンの歌声はビョークをはじめとする現代の北欧の歌手のスタイルであり、それらがなんの違和感もなく自然に調和している。

撮影:飯田耕治 提供:東京文化会館

撮影:飯田耕治 提供:東京文化会館

 そうした「かぐや」の音楽は、キャリアの初期からクラシックとポップ・ミュージックの垣根なく活動するスティーヴンソンの生き方をそのまま映し出しているのだろう。それは決してクラシック風のポップスでもなければ、ポップス風のクラシックでもない。そこにあるのは、作曲家と聴き手の双方が時代と共鳴する真の〈コンテンポラリー・ミュージック〉である。

 ベン・オズボーンのテキストも、「竹取物語」のなかに環境破壊への警鐘を読み解きつつ、与謝野晶子の短歌を引用して晶子とかぐやを結びつけ、そこにフェミニズムの萌芽を見出すという鋭いものであった。与謝野晶子の短歌をスティーヴンソンに日本語で歌わせたのも実に効果的で、自身も作曲家であるオズボーンの繊細な美意識が光るアイデアであった。

 小ホールの限られたスペースを最大限に活用しながら、身体と照明、わずかな布だけを用いて、竹林からかぐや姫まで、たったひとりで描いてみせた森山のダンスには、客席から熱狂的な拍手が送られた。

 “かぐや”はこれからも、日本のみならず、世界各地で再演されていく、未来の古典になるだろう。私はそう確信した。最後にスティーヴンソンから今回の初演を振り返るメッセージが届いたのでご紹介したいと思う。

 「今回、東京で森山開次さんとともに『かぐや』を発表できたことは本当に忘れがたい体験でした。箏の吉澤延隆さんをはじめ、日本の素晴らしい演奏家の方たちとコラボレーションできたことも幸運なことでしたし、東京文化会館の観客の皆さまからもあたたかく迎え入れていただきました。私とベンにとって、それはとてつもなく大きな喜びでした」(ジョセフィーヌ・スティーヴンソン)

 


LIVE INFORMATION
舞台芸術創造事業 現代音楽プロジェクト「かぐや」

2024年1月13日(土)東京文化会館 小ホール *こちらの公演は終了いたしました。
開演:15:00

■曲目
第1部 室内楽
ユハ・T・コスキネン:イザナミの涙[箏](世界初演)
カイヤ・サーリアホ:テッラ・メモリア[弦楽四重奏]
横山未央子:地上から[弦楽四重奏](委嘱作品/世界初演)
第2部「かぐや the daughter tree」(委嘱作品/世界初演)(原語(英語)上演・日本語字幕付)
原作:「竹取物語」及び与謝野晶子の詩に基づく
作曲:ジョセフィーヌ・スティーヴンソン
作詞:ベン・オズボーン
振付:森山開次

出演:ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(ヴォーカル)*/森山開次(ダンス)*/山根一仁/毛利文香(ヴァイオリン)/田原綾子(ヴィオラ)/森田啓介(チェロ)/吉澤延隆(箏)
*第2部のみ出演
照明:大島祐夫
衣裳:増田恵美/寺田和恵

https://www.t-bunka.jp/stage/19084/