マーベルの新作アニメ映画「スパイダーマン:スパイダーバース」のサントラは若年層がメイン・ターゲットとなるためか、ポスト・マローン&スウェイ・リーによるリード曲“Sunflower”をはじめ、ジュース・ワールドやスキー・マスク・ザ・スランプ・ゴッドら、現行のイケてる若手ヒップホップ・アクトが中心となった豪華な内容。故XXXテンタシオンとリル・ウェイン、タイ・ダラー・サインとの疑似コラボも話題に。

 


先週末、ようやく日本で公開された映画「スパイダーマン:スパイダーバース」。昨年末のホリデー・シーズンに封切られた本国アメリカでの評価の高さは耳にしていたし、アカデミー賞をはじめ数々の賞を受賞していたとはいえ、これほどまでに素晴らしいとは思わなかった……。

「スパイダーバース」は例えば、「ルパン三世 カリオストロの城」や「AKIRA」、「攻殻機動隊」、あるいは今敏の「PERFECT BLUE」のような革命的な傑作だと思う。少なくとも筆者にとっては、それらのアニメーション映画を初めて観たときと同じような衝撃を覚えた。アメコミ・ファン、アニメ映画ファンには、いますぐ劇場でこのコミックへの愛が詰め込まれた傑作を観てもらいたい(可能な限りIMAX 3Dで観てほしい。2Dで観たら、おそらくその魅力は半減してしまうと思う)。そして、ラップ・ミュージックやアメリカのポップ・ミュージックのリスナーにもぜひ観てもらいたいと思うのが「スパイダーバース」だ。

そんなに素晴らしい作品なのに、どうして映画評ではなくサウンドトラックのレヴューを書いているのかというと、これほど観終わった後にサントラを聴きたくなる映画もないからだ。「スパイダーバース」の物語やプロットにおいて、音楽が決定的に重要な役割を果たすというわけではない。しかし、映画が描く世界にはごく自然にポップ・ミュージックが存在していて、常にその背景に音楽が流れている。登場人物たちの生活の一部として音楽があるのだ。

例えば、主人公のマイルス・モラレスは映画の冒頭、登校する直前までワイアレスのヘッドホンで“Sunflower”を爆音で聴きながら鼻歌を歌い、グラフィティを描いている。マイルスの寮の部屋の壁にはチャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』のポスターが貼ってあるし、彼のヒップホップ・カルチャーの先生である叔父アーロン(どことなく2パックに似ている)は90年代のヒップホップの愛好家で、ノトーリアス・B.I.G.の“Hypnotize”を大音量で聴いている。そんなわけで、音楽(主にヒップホップ)が常に流れつづける「スパイダーバース」の世界を形作るにあたって、サウンドトラックが重要な役割を果たすことは言うまでもない。

別のアングルから考えると、この『Spider-Man: Into The Spider-Verse』は流行の形式に則ってもいる。主題歌にラッパーを起用するだけでなく、ラッパーたちが多数参加したサウンドトラックを独立した作品としてリリースするというのは、いまのアメリカ映画産業における一つの潮流だ。〈ワイルド・スピード(Fast & Furious)〉シリーズは言うに及ばず、フューチャーの「Superfly」や「アンクル・ドリュー」、大きな評価を得たケンドリック・ラマーの「ブラックパンサー」など、枚挙に暇がない。こうしたアルバムは映画の宣伝的な性格も強いし、サントラをたくさん売ろうというレコード会社の戦略の一環でもある。とはいえ、「スパイダーバース」の充実したサウンドトラックは、そうした流れの一つの成果だという見方もできる。

『Spider-Man: Into The Spider-Verse』で注目すべきは、主に若手のフレッシュなラッパー/シンガーたちが多く参加している点だ。フューチャーとのコラボレーションで名を馳せ、新作『Death Race For Love』を発表したばかりのジュース・ワールド。亡くなったXXXテンタシオンと同じコレクティヴ〈メンバーズ・オンリー〉に所属するスキー・マスク・ザ・スランプ・ゴッド(亡きXも本作には参加している)。“Caroline”をヒットさせたアミーネ。〈YBN〉コレクティヴのYBN・コーデイ。〈ウィル・スミスの息子〉という冠も不要になってきたジェイデン・スミス。そして、知性派ヴィンス・ステイプルズ。

さらにラテン・ポップの大流行とも本作は無関係ではない。プエルトリコのアヌエル・AAとジンバブエのバントゥがニッキー・ミナージュと共演した“Familia”は、直球のラテン・トラップ。また、デラックス・エディションに収録された“Sunflower”と“Scared Of Darkness”のリミックスには、それぞれレゲトン・シンガーのニッキー・ジャムとプエルトリコのオズナが参加している。

そもそも「スパイダーバース」の主人公マイルスの母リオはプエルトリコ人だ(父ジェファーソンはアフリカ系)。マイルスがスペイン語であいさつを交わす場面も描かれている。だから、このアルバムはラテン・トラップの流行に目配せをしているというわけではなく、物語上の必然としてそれらの楽曲が収録されているのだ。

そんなわけで、『Spider-Man: Into The Spider-Verse』は映画のサントラらしく派手で華美なサウンドのアルバムではあるが、『Black Panther: The Album』のように運命的な必然性と説得力に満ちた作品でもある。初にして唯一の、アフリカ系かつラテン系スパイダーマンが主演する映画にこれほどふさわしいアルバムもない。このアルバムを聴いていると、マイルスたちスパイダーマンのパワフルな躍動と「スパイダーバース」のカラフルな世界が目の前によみがえってくるかのようだ。それほどまでに、このサントラと映画は密接に関係している。

ビルボード・チャートの高順位に居座り続けている特大ヒット、ポスト・マローンとスウェイ・リー(レイ・シュリマー)の“Sunflower”もこの映画がなかったら存在していなかったのかと思うと、なんだか感慨深い。他にもグウェン・ステイシー/スパイダーグウェンの声優がシンガーでもあるヘイリー・スタインフェルドであるとか、探せば探すほど音楽との関係が深いことを知る「スパイダーバース」。素晴らしい映画と共に、その世界の一部とも言うべきこのアルバムをぜひ聴いてほしい。