多方面で評価された前作『Lukewarm』、そして新作『Merry go round』へ

岡山出身/在住のシンガー・ソングライター、さとうもかが昨年の春にリリースした『Lukewarm』はひそかに、しかし確実に注目を集めた。その作品性や制作については、Mikikiの過去のインタヴューを参照されたい。

『Lukewarm』の評判としては、KID FRESINOやtofubeatsも自身のSNSやインタヴューでフェイヴァリットに挙げるなど、ダンス/ヒップホップ系のアーティストからも支持を集めた。また昨年は岡山~東京でのリリース・パーティーをはじめ、ジャンル/地域を問わず、さまざまなフェスやイヴェントにも出演、東京や名古屋などの現場でその歌声を聴いたファンの方も多いことだろう。さらに『Lukewarm』のリリース後も“スキップ with 初音ミク”“般若心経”“melt summer”『moka’s blend』『fuyu blend』など、配信/アナログ盤/CD-Rと媒体を問わずハイペースに作品をリリースしている。

そして『Lukewarm』から1年を経た今春、新たにリリースされたフル・アルバムが『Merry go round』だ。今回もシンガー・ソングライター、入江陽の全面プロデュースのもと(ここ2、3年の入江の活発な仕事ぶりについては、また別の場での紹介が必要だろう)粒ぞろいの楽曲が集まっている。1曲ずつピックアップしていきながら、その魅力を紐解きたい。

さとうもか Merry go round Pヴァイン(2019)

 

スキット、ボサノヴァ、ヒップホップ・ソウル……『Merry go round』の多彩なサウンド

ディズニー映画の「ふしぎの国のアリス」をイメージさせるファニーなイントロダクション“Insomnia flower”でアルバムのタイトル・コール。今回のアルバムは他にも“チケット”“こわくない”など、遊び心あるスキットの数々がさとうもか本人のキャラクターを感じさせる作りになっている。

“雨の日のストール”は、アウトロのピアノまで一筆書きで書いたような、流れるようにスムーズな弾き語り。『BLUE SPEAKER』(98年)、『滿ち汐のロマンス』(2001年)など、初期のEGO-WRAPPIN'を彷彿とさせるボサノヴァとなっている。

続く“ばかみたい feat. 入江陽”は入江陽が参加のメロウなラップ・チューン。フロウとトラックはヒップホップ・ソウル~ニュー・ジャック・スウィング風だが、ボトムよりも溶けるようなエレピに空間を割いたミックスはあくまで〈ポップス〉の範疇にこだわる作家性を感じさせる。

『Merry go round』収録曲“ばかみたい feat. 入江陽”

 

“Loop with Tomggg”は互いの世界観が調和したコラボレーション

そして“Loop with Tomggg”はトラックメイカー・Tomgggとの共作。Maltine Recordsからの『Popteen』(2013年)以降注目を集め、フューチャー・ベースとプログレ~バロック・ポップなどを融合した独自の作風で活躍するTomgggは、ニュージャージーのEhioroboと共演した近作“Feel Ya”(2018年)しかり、シンガーの個性を最大限に引き出す名手でもある。

『Merry go round』収録曲“Loop with Tomggg”。MVの監督は本稿の筆者、小鉄昇一郎(STUDIO MAV)
 

ジャパニメーション~kawaiiカルチャーとの親和性も高い彼の作風に、さとうもかの歌声とコーラス・ワークが絶妙なハーモニーを生み出す。単にバック・トラックとメイン・シンガーの関係に終わらない、互いの世界観が調和したコラボレーションと言えるだろう。特に〈過去の日々 変えられない/美しくなるばかり〉というラインから最後のサビに向かう展開は聴きどころだ(手前みそながら、“Loop with Tomggg”は前作『Lukewarm』から引き続き筆者がミュージック・ビデオを制作した。イラストはMARUTENN BOOKSの牧野桜氏によるもの)。

 

個人的なことを歌うほどに、普遍性を獲得する音楽

続く“スキップ(Album Ver.)”は、もともとは大丸札幌店と初音ミクのコラボ企画にて提供されたタイアップ曲。“友達”はギターによるシンプルな弾き語り……ながら、ライヴでは定番の、ファンにとっては馴染み深いナンバー。

キャッチーな曲が続くなか、“友達”はもっとも個人的な内容に聴こえるリリックや、中域の厚い、少し奥まったような歌声がより曲のナイーヴさを引き立てている。ラッパーにせよシンガー・ソングライターにせよ、狭く、個人的なことを歌えば歌うほどに、結果として普遍性のある曲が生まれうる場合が多々あるが、この曲にもそれが言えるだろう。アルバムのハイライトとなる1曲。

“歌う女”。先ほどの“スキップ”もジャジーだったが、あちらがシャンソンならこちらはビッグ・バンド。メタかつコミカルな歌詞が、カウント・ベイシー風のスウィング・スタイルのオーケストラで歌われる。ベタなジャズ・ヴォーカルものも出してほしいと思わせる新境地。

『Merry go round』収録曲“歌う女”

 

さとうもかの作家性――小さく、はかないものを愛でる感覚

タイトル曲“Merry go round”は曲名のイメージに反して(タイトルだけで言えば、前の曲のほうがメリーゴーランド的である)非常に簡素なアレンジのピアノの弾き語りで、オープニング“Insomnia flower”でも聴かれるコーラスがここでリプライズされる。

“Merry go round”で〈幸せになろう ふたり一緒にね〉と未来に向けて歌うリリックは、しかし前曲“歌う女”で歌われた〈結婚して/お気楽なワイドショーを お茶菓子にして/あなたと子供達が帰宅するまでには〉というリリックと、あるいは次曲“ケイトウ”では〈愛おしき日々/この日常は 一瞬の迷いの中で通った/綺麗な景色になってしまうの?〉〉と歌われるリリックと繋がると、時間感覚は前後し、ループしていく。

ノスタルジーに溢れた歌声とアレンジで歌われる円環の物語は箱庭的に響き、〈メリーゴーランド〉とは、実際の遊園地のアトラクションのそれよりも、それをモチーフにしたオルゴールやスノードームのようなイメージ――生活の中の小さなデコレーションを指しているのかもしれない。小さく、はかないものを大切に愛でる感覚、というのはさとうもかの作家性の重要な一部分を占めているように思う。もちろんそれ自体は珍しいものではないが、さとうもかのそれは特に際立ってみずみずしく表現されているように聴こえる。

……と言いつつ、そんなアルバムの構成からは(いい意味で)破格の“melt summer”。しかしこちらも名曲で、昨年夏にリリースされた、原田夏樹(evening cinema)によるシンセとシロフォン風の音色のアレンジが楽しいシングル曲だ。この〈+1曲〉感のあるCD構成(〈アルバム構成〉でなく)は90年代のJ-Pop的かもしれない。堀切基和によるデジタルな色彩トーンのMVがまた美しい。

『Merry go round』収録曲“melt summer”。MVの監督は踊ってばかりの国やラブリーサマーちゃん、田島ハルコ、お笑いコンビ・さらば青春の光などの映像を手掛ける堀切基和
 

前作『Lukewarm』でにわかに注目された期待を裏切らない新作『Merry go round』。その魅力を早足で紹介してみたが、いかがだろうか。これからもマイペースに、その魅力的な歌の数々を我々の前に見せてくれることだろう。今年はもちろん、今後、2020年代に大きな活躍が期待できるシンガー、ポップスの作家としてのポテンシャルを十分に感じさせる一枚だ。

 


Live Information
〈さとうもか『Merry go round』リリース・パーティー〉

6月21日(金)東京・吉祥寺 STAR PINE'S CAFE
※詳細は後日発表