(左から)島裕介、re:plus

2006年に〈日本人の心に響くヒップホップ〉というコンセプトで始まったコンピレーション・シリーズ〈IN YA MELLOW TONE〉は、いまや日本どころか中国や韓国といったアジア各国で広く聴かれているそうだ。その立役者のひとりに数えられる、Hiroaki Watanabeによるプロジェクトのre:plusもまた、アジア・ツアーをおこなうほどの支持を集めている。そんな彼が島裕介とタッグを組んだ新作『Prayer』が、fox capture planらを輩出した名門Playwrightレーベルから発表された。

島は自身のソロ・プロジェクトである〈SilentJazzCase〉や〈名曲を吹く〉シリーズの制作、EGO-WRAPPIN'などのサポート、bohemianvoodooらのプロデュースと、多種多様の活動を展開してきたトランペット奏者。彼もre:plusと同じく、タイをはじめとしたアジアでもステージを積み重ねてきた。

日本にとどまらない活躍をみせるこの2人はどのようにして出会い、どんなふうに作品を作り上げたのだろうか。美しいビートの上にトランペットの音色が浮かぶ『Prayer』の裏側に迫るべく、re:plusと島に話を訊いた。

re:plus,島裕介 Prayer Playwright(2019)

 

re:plusくんはとにかく曲がよいですね(島裕介)

――お2人がコラボレーションしたきっかけは何だったんでしょう?

島裕介「もともと僕のソロ・プロジェクト〈SilentJazzCase〉の新作を作ろうと思っていたんです。アルバム『SilentJazzCase3』(2017年)はかなりアコースティック・ジャズに寄っていたから、次回作はトラックな感じにしたくて。re:plusくんとは、3曲か4曲くらい一緒にやれたらなと思ってました。過去にやった“Sepia feat.Yusuke Shima”(2015年作『IN YA MELLOW TONE 11』)も評判がいいし、自分でも気に入っている曲でしたからね。

そこで彼と飲み会を開いたんです。そうしたら〈がっつりアルバムにしませんか?〉と言ってくれて。それがきっかけでした」

re:plus「〈SilentJazzCase〉は個人的にずっと聴いていたので、そこにぶっこむ勇気がなかったんですよ(笑)。なので僕のほうから提案させていただきました。今回〈re:plus × Yusuke Shima〉名義になったのも、結果的にという感じです。〈SilentJazzCase〉とは別物として考えるのであれば“Sepia”での成功例もあるし、問題なくいけるだろうなと」

2015年のコンピレーション『IN YA MELLOW TONE 11』収録曲re:plusの“Sepia feat. Yusuke Shima”

――お互いの音楽性について、あらためてどうお思いですか?

「re:plusくんはとにかく曲がよいですね。メロディーとか、ミックスの感じとかが好みで大したもんだなと」

re:plus「僕はもともと樽木栄一郎さんというシンガー・ソングライターが大好きなんです。その彼と島さんが一緒にやられてて」

「『Mederu』(2012年)というアルバムでね」

re:plus「そうそう。そこでのトランペットを聴いて、すぐ島さんだってわかったんですよ。音色の柔らかさとか、歌っぽい吹き方で。それでとてもいいなと思い、お願いしたのが“Sepia”でした。自分のトラックでもなじみがよかったです」

 

音をわざと劣化させて、かつよく聴かせるのは難しい(re:plus)

――『Prayer』の制作はどのように進められたのでしょうか。

re:plus「やり方としては、僕がまずトラックの基礎を作って、それを聴きながら島さんに録音してもらったデータを送ってもらいました。あとはそれを僕が足したり引いたり、編集したり、という流れです」

――島さんが作った曲も収録されていますよね。

「13曲のうち“Kind of gray”、“Jazz presso”だけが僕の曲ですね。僕が作ったラフなトラックをre:plusくんがいい感じに仕上げて、それをトランペットで再録音するという感じ」

『Prayer』収録曲“Glittering sea”

――全体はローファイ・ヒップホップ的なサウンドが中心となりつつ、島さんの曲はがクラブ・ジャズの質感で好対照でした。“Jazz presso”ではトランペットのフレーズが半音でズレたりして、チルな雰囲気に一石を投じているなと。

「当初考えていた『SilentJazzCase4』に入れようと思っていたものを2曲入れたんです。基になったのは家でトランペットを練習していたときに出てきたフレーズで、何となくいいなと思うものを使って曲にしました。

特に“Jazz presso”はクラブ・ジャズぽいですよね。 FmからF♯mにいくような曲は結構好きなのかもしれません。ちなみにこのタイトルは金沢のクラブ・ジャズを愛しているイヴェント・チームに捧げたものです。

ちなみに今回の作業はデータのやり取りだけで、会わずにやってます。でもノーストレスでしたね」

re:plus「制作のやりとりで揉めるとか、ぶつかるとかはありませんでしたよね」

「そうだね。意図が伝わりづらいときがたまにあったくらいで。トランペットの絶妙な音域はさすがにわからないので、そこは録り直したりしましたね。あと、マニアックなフレーズが案の定カットされてたな(笑)」

re:plus「そこは僕の独断です(笑)。ディレクションと違う形で返ってきても、それはいい意味での解釈だったりしますから。僕にない、ちゃんとしたジャズ感が入ってきたりするので〈これは違います〉ということはほぼありませんでした。結果的に僕もノーストレスで、思ったものができあがったなと」

「もちろん、最終的なエディットは信頼していましたよ。〈リスナーを想像しての判断だろうな〉と。僕は毎作そうですが、なんだかんだトゥーマッチな感じになってしまうんです。リスナーの立場に立つと〈もうちょっと抑えておけばよかった〉と思うことが多くて」

re:plus「難しかったところがあるとすれば、音を劣化させる作業ですかね。いままでは自分で楽器を弾いて、それを録音して作っていたんですけど、今回は自分で弾いた音をサンプラーに取り込んで、テンポを落としたり編集したりして、ヒップホップ的なやり方をしてみました。

ミックスとマスタリングの作業も自分でやってるんですけど、わざと劣化させて、かつよく聴かせるのは難しい。そこはいまでも引っかかっている部分です」

――ミックスといえば、トランペットが遠くで鳴っていたり、リヴァーブやディレイでダビーな処理がされているのも本作の特徴だと思いました。

「それはもう全部おまかせです」

re:plus「全体的に結構まかせてもらいましたが、ミックスだけは立ち会ってもらいました。確かに〈もうちょっとトランペットを近くしてほしい〉という意見はありましたね」

「うん。何件かあった」

re:plus「そこはおたがいの間を取りつつみたいな」

――プロデューサーとトランペットの共作といえば、マイルス・デイヴィスがヒップホップ・プロデューサーのイージー・モー・ビーと作った遺作『Doo-Bop』(92年)を思い出します。なにか参考にされた作品などはありました?

re:plus「僕はあまりそのへんを意識しなかったんですが、島さんはどうでした?」

「過去作品とか、誰とかの意識はまったくありませんでした。ただ名作曲家と作る、というだけかな。Playwrightから出すというのは僕の提案です。『Prayer』はジャジー・ヒップホップというジャンルとして聴かれるかもしれないけど、内容自体はスムース・ジャズとしてジャズでもありますから。そのジャンルの代表的レーベル、Playwrightのディレクターに“Sepia”の音を送ったら即効で気に入ってくれて」

 

『Prayer』にはNujabesさんに捧げた祈りの意味も込めたんです(re:plus)

――制作に当たってのコンセプトなどがあれば知りたいです。

re:plus「僕の3枚目のアルバム『miscellany』(2015年)は〈生楽器と打ち込みがどこまで融合できるか〉を目指しました。自分では納得できるものができましたが、お客さんの反応が薄くて、わかりづらかったのかなと反省点があります。

それが2015年ですけど、『Prayer』のサウンドを聴いて、もしかしたらNujabesさんのレーベル、Hydeout Productionsのサウンドを思いだす人もいるかもしれないですね」

――確かにそうかもしれません。

re:plus「僕は10年前〈ポストNujabes〉という言葉で売り出されて、それがすごい嫌だったんです。もちろん彼の影響もあったんですけど、他からの影響もたくさんありますから。そんなフォーカスのされ方があって、ジャジー・ヒップホップという音楽を聴かなくなりました。

数年して海外でヴェイパーウェイヴとか、ローファイ・ヒップホップ、チルホップに火がついて、僕のリスナーも海外の人ばかりになったんですよ。日本ではその波があること自体、あまり理解がなかったんですけど。

僕自身もローファイ、チルホップを好んで聴くようになっていて、そういう音楽の流れで、またHydeoutの作品を聴くようになったんです。すると〈もう一回やってみようかな〉という感覚が出てきて、打ち込みヒップホップのセオリーを基盤としたループ・ミュージックを作ってみようと。

そこで、ようやくNujabesさんの音楽を自分のなかで整理できた気がしました。なので、『Prayer』には彼に捧げた祈りの意味も込めたんです。そのへんの詳細は、島さんにあえて伝えずに作っていますね」

「最初に送られてきたデモも“Prayer”でしたよね」

re:plus「そうです。でも実はアルバムのタイトルのほうが先に決まっていたんですよね」

『Prayer』表題曲

 

素直に自分のいいと思うものだけでいいんだなと(re:plus)

――re:plusさんは、他にアルバム全体で印象的な曲などありますか。

re:plus「うーん、そうですね。今回は突出した曲を作らなかったというか。ある程度全曲を通して乱れることなくピントが合ってて、色的に濃い薄いはあるにしても、同じところに集まってるような作品にしたつもりです。

やっぱりCDを売る文化からストリーミング主体になったのが大きいですね。昔はCDを売らなければ、ビジネス的にほとんど意味がありませんでした。でもいまはストリーミングでずっと流しっぱなしにすることで価値がでるというか、たくさん聴いてもらえることがビジネスになる。

なので、1枚でしっかり聴けるアルバムにすることが大切になってきましたよね。だから〈1曲だけを聴いて〉とかではなく〈全部聴いてよ〉という作りにしたんです」

「そもそもインストですから、曲というよりも作品として聴いてほしいですよ。ポップスのシングルとかミュージック・ビデオとかは1曲じゃないですか。それをインストでやっちゃうと、どうしてもC調なものを作らざるを得ない。インストで1曲だけ目立たせようとするのが嫌なんです。〈はい、笑ってください!〉〈はい、泣いてください!〉的なやつ、あるじゃないですか(笑)?」

re:plus「リード曲って、自分の焦点よりわかりやすいとこで作らないといけない意識があったりして結果的にあまり好きではなくなったりしますね。これまでの僕のリード曲って、海外ではまったくウケなかったんですよ。いま僕のリスナーは、日本と海外の比率が1:9くらいですし〈もうあれを作らなくていいんだ〉という安心感はありましたね。

退屈に感じて2、3分聴いて止めちゃう人もいるかもしれないけど、それはそれでいい。素直に自分のいいと思うものだけでいいんだなと」

「さっそくインドネシアの人からメッセージがきたしね」

re:plus「言い方が悪いですけど、海外では作業用BGMに近いニュアンスで作品を聴いてることが多いいんじゃないかな。〈聴く〉というよりも、BGMとして〈使っている〉という印象ですね。でもライヴには来てくれるので、ありがたいです」

――作業用BGMとして自分の作品が聴かれるのはアーティストしてどういう気持ちでしょうか。

re:plus「昔だったら嫌だったかもしれませんけどね。いまは時代の流れというか、1枚のCDをじっくり聴く空気でもなくなったし、違和感がないです。自分もそうやって音楽を聴いてるなと思いますし。そういう需要があるのであればそれでいいかなと」

「僕も嫌じゃないですよ。僕の〈名曲を吹く〉というシリーズのアルバムは、作業用BGMとして聴いてくださっている人が多いみたいです」

――なるほど。聴き流すのに大切な要素としてはメロディーがあると思いますか?

「それがまあ心地いいんでしょうね。リラックスできるんだと思います」

re:plus「それから、ある程度のビート感は必要じゃないですか。ローファイ・ヒップホップは、ほぼ作業用BGMになってるはずですし。あれはビートとバッキングだけで、一部のループがずっと続く音楽ですけど。僕の作品にはメロディーがあるので、そこに違いが出ているのかもしれません」

 

日本でライヴをやるのは2年ぶりくらいですね(re:plus)

――6月16日(日)に青山のWALL & WALLで『Prayer』のリリース・パーティーを開催することも決まっています。こちらはどのような内容になりますか?

re:plus「基本的にはワンマンで、島さんにはre:plus band setにフィーチャリングするような形で入ってもらおうと思ってます。1時間半か2時間ぐらいのセットの予定で」

「僕は乗っかるだけなので、おまかせでやるだけです。ライヴはこの1本だけしかやらないので、 来てほしいですね。re:plusさんは本当にライヴをやらない人なので。日本でやるのは何年ぶり?」

re:plus「2年ぶりくらいですね」

――re:plusさんが中国ツアーをすることも発表になりました。アジアでも人気のようですが、お客さんの反応はいかがですか?

re:plus「中国ではいわゆるジャジー・ヒップホップが街中で流れています。流行っているんだなあと。北京の一般的なホテルでDJ OKAWARIさんの曲が流れてきたり、空港でレーベル・メイトの曲が流れてきたり。

ライヴもすごい熱狂的ですよ。曲はそんなにノリノリなわけじゃないんですけど、1曲終わるとすごい歓声をくれたり、反応があるんです。そういう意味でいちばんあったかいのは韓国。その次は中国で、日本がいちばんおとなしいですね。

お客さんから反応がないと、やってる側としては不安になります(笑)。お客さんの考えてることがわからなくなるというか。もちろん、ただの盛り上がりを期待して来ているお客さんではないんだろうなとは思ってますけどね」

「タイでは、プミポン前国王がジャズを演奏していたんですよ。その影響もあってジャズメンが結構リスペクトされていて、うまい連中も多い。ジャズ・クラブも結構あるし、やれば満杯になりますね。たいがい僕の公演はそう。盛り上がり方も熱いです。普通にジャズ・スタンダードとかをやってもめっちゃ盛り上がりますよ。

あとライヴハウスは、ほとんどフリー・チャージですね。もしくは投げ銭で、どちらも飲み物を注文してもらって稼ぐビジネス・モデル。アジアはどこもそんな感じだと思います。もちろん大きなホールだったらチャージは取るけど、基本的に店が頑張っているんですよね」

re:plus「僕のライヴは180元とかなので、 3,000円か4,000円ぐらい。でも〈+ドリンク代〉とかはないので、システムは全然違います」

――お2人のコラボレーションは、これからも続きますか?

「そこはそんなに考えてないです」

re:plus「評判次第ですかね(笑)」

「ライヴがそんなにないので、リリース・パーティーには来てほしいですね」

 


Live Information
re:plus × Yusuke Shima『Prayer』&『IN YA MELLOW TONE 15』W release party
re:plus 1st one-man show

6月16日(日)東京・青山 Wall & Wall
開場/開演:18:00
前売り/当日:2,900円/3,400円
ライヴ・メンバー:
re:plus(キーボード)/Yusuke Shima(トランペット、フリューゲルホルン、フルート)/KEITH(ヴォーカル)/Asuka Mochizuki(ヴァイオリン)/WaKaNa(サックス)/Masahide Watanabe(ベース)/Keita Morisawa(ドラムス)
オープニング・アクト:KEITH
DJ:SASAKI JUSWANNACHILL