2019.06.20

グロテスク・ナンセンス・ワンダーランド。フライング・ロータスが〈スティーヴ〉名義で撮った初めての長編映画「KUSO」を一言で表すと、そんな感じだ。

ミュージシャンに限らず、小説家や写真家といった他業種の作家が映画を撮った場合、なかなかの駄作になってしまうことは少なくない。だが、この「KUSO」はちょっとわけが違う。フライング・ロータスことスティーヴン・エリソンは、もともとロサンゼルス映画学校とサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学で映画製作を学んでいたからだ。なので、彼が映画を撮ったことにはちゃんとした必然性がある。

imdkm氏のコラムで詳しく分析してもらったように、フライング・ロータスが日本のアニメやゲームに強い愛情を抱いていることはよく知られているだろう。そのなかでも、僕が特に気になるのは映画のセレクションだ。フライング・ロータスのお気に入りは北野武、三池崇史、大林宣彦、それに塚本晋也。彼らが撮る、奇妙で、グロテスクで、暴力的な作家性がぎっちりと詰め込まれた映画たちへの愛着は、「KUSO」で惜しげもなく披露されている。

「KUSO」を観て感じたのは〈デヴィッド・リンチ+デヴィッド・クローネンバーグ+塚本晋也〉とでもいうべき世界観だった。しかも、彼らの作品のなかでも特に初期のクリーピーな感じ。作品名を挙げるなら、「イレイザーヘッド」(77年)、「ザ・ブルード/怒りのメタファー」(79年)や「ヴィデオドローム」(83年)、そして「鉄男」(89年)。それらをぐちゃぐちゃにかき混ぜて煮込み、ヒップホップで割った、という印象を受けた。

そんなわけで、「KUSO」は蛆虫、糞尿、吐瀉物、精液、粘膜、その他よくわからない液体に覆われている。とはいえ、予想していたほどグロくはなかったし(それでもR18で、ペニスにはぼかしがかかっている)、ジョージ・クリントンの怪演(快演?)などにはユーモアがあって笑える。ストーリーと呼べるようなものはほぼなく、ただひたすらにナンセンス。世界観は奇想の類。

僕は最初〈KUSO〉というタイトルを聞いたとき、〈空想〉を意味しているのかと思ったけれど、実際は〈糞〉だった。しかし映画を観終わってみると、〈空想〉もあながち外れてはいないと感じた。まさにグロテスク、ナンセンス、ワンダーランドというわけだ。

それと、「KUSO」を観ている最中感じていたのは、抜群に音がいいということ。そこはやはり世界トップクラスのミュージシャン/プロデューサー。音響設計は巧みだし、アンビエント/ドローン風の電子音はクリアに聴こえる。さらに〈グチャグチャ〉〈ピチャピチャ〉〈ヌチャヌチャ〉みたいな粘膜系の音や液体系の音は生々しく響き、ぞわぞわと耳をくすぐるように聴覚を刺激する。

……という、とんでもない映画「KUSO」は、フライング・ロータスのファンや音楽ファンのみならず、映画好き(しかも上に挙げたような、グロ奇想系映画好き)にも薦めたい一作だ。東京・渋谷シネクイントでのリヴァイヴァル上映は本日6月21日(木)まで。

関連アーティスト
プレイリスト
pagetop