COLUMN

ティコはなぜ歌に向かった?

新作『Weatherウェザー』を機に振り返る、エレクトロニカ俊才の軌跡

叙情的なメロディー・ラインが特徴のエレクトロニカ・サウンドを操るトラックメイカー、ティコ。ここ日本でも人気の厚い彼が、新作『Wrather』をリリースした。ニンジャ・チューンに移籍しての初作となる同アルバムは、多くの楽曲でセイント・シナーことハンナ・コットレルらヴォーカリストをフィーチャー。生演奏もより大胆に導入されており、ティコのディスコグラフィー史上もっともオーガニックでポップな作品と言えるだろう。では、なぜ彼は歌に向かったのか? ライターの金子厚武が、ティコの軌跡を振り返りながら『Wrather』を考察した。 *Mikiki編集部

エレクトロニカ・オリジナル世代がゆえのカウンター精神

サンフランシスコを拠点に活動するスコット・ハンセンのソロ・プロジェクト=ティコが、ボーズ・オブ・カナダやウルリッヒ・シュナウスと比較されるドリーミーなエレクトロニカでキャリアをスタートさせたあと、『Dive』(2011年)、『Awake』(2014年)、『Epoch』(2016年)という3部作で徐々にバンド化し、2017年にグラミー賞の〈最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞〉へとノミネートされるにいたったのは、非常に感慨深いものがあった。

アナログシンセのレイヤーを特徴とする初期のアトモスフェリックな作風は、時代的にチルウェイヴという括りに含まれたりもしたが、徐々にその〈もや〉が取り払われると、輪郭のはっきりしたギターの単音フレーズが楽曲の顔となり、アグレッシヴなビートが高揚感を生み出す、オーガニックな作風を確立。

その変化はフォー・テットとフリッジというふたつのアウトプットでエレクトロニカとポスト・ロックを横断しながら、徐々に肉体的な音楽性へと進化していった00年代のキエラン・ヘブデンのようであり、プログラミングと生演奏を組み合わせた〈ポスト・ポスト・ロック〉としてのバトルスにも通じるものがあった。

2014年作『Awake』収録曲“See”
 

では、なぜティコがバンド化して行ったのかといえば、そこには形骸化したEDMに対するアンチの精神が少なからずあったのでは。そして、それは2000年代初頭のエレクトロニカが形骸化したデジロックに対するある種の反動だったことを思い起こさせる。そもそもスコットは2002年に自主で初作を発表し、現在は42歳という、まさにエレクトロニカのオリジナル世代。カウンター精神は、当時から持ち合わせていたに違いない。

2002年のEP『The Science of Patterns』収録曲“Human Condition”

 

ポスト・ロックの拠点、日本で愛されている理由

また、スコットはもともとグラフィック・デザイナーで、アルバムのアートワークをみずから手掛けてもいるように、音楽をアートとして捉える目線を持っている人物。日本においても、toeの山嵜廣和、downyの青木ロビン、Spangle call Lilli lineの藤枝憲らがデザイナーとして知られているように、音楽に対するデザイン的な感性はポスト・ロック/エレクトロニカの背景として大きく、それが緻密な作り込みを好む日本人の感性にフィットしたからこそ、2000年前後の一大ブームが起きたという側面はあったはず。

よって、ティコが日本のオーディエンスにも歓迎されたのは、当然の流れだったように思える。2013年の〈TAICO CLUB〉を契機に、2015~2017年には3年連続で来日。ベース/ギターのザック・ブラウン、ナイトムーヴスとしての活動でも知られるドラムのローリー・オコナー、さらにはツアー・メンバーであるビリー・キムも加えたバンド編成の演奏は非常に肉体的で、映像も交えたステージのサイケデリックな高揚感は〈トランシー〉と形容できるものであった。

〈TAICOCLUB'16〉でのライヴ映像。2011年作『Dive』収録曲“Daydream”
 

いち早くダンス・ミュージックを生演奏することで、BOREDOMSやROVOが日本におけるポスト・ロックの先駆け的な立ち位置となり、その遺伝子がD.A.N.のような若手へと受け継がれ、BOREDOMSはバトルスをはじめ世界にも影響を与えたことを思えば、ティコはそんな日本の土壌にハマったのだとも言える。いまも渋谷のTSUTAYAには〈ポスト・ロック〉のコーナーが存在し、現代における有効性にはさまざまな声があるとは思うが、ティコがそのコーナーに並んでいることはしっくりくる。

 

前進への明確なヴィジョンを示した新作『Weather』

ニンジャ・チューンへの移籍を経て、『Epoch』から2年半ぶりに発表される新作『Weather』は、これまでとは趣を異にする作品となった。アルバムの8曲中5曲にシンガーを迎え、ヴォーカル・アルバムとなっているのだ。4月に公開された“Easy”は、前作に収録されていた“Division”の流れを汲むトリッキーな拍子のイントロダクションに続き、強烈なビートが入ってくるティコらしい幕開けながら、途中で4つ打ちに変わり、生ギターとともにサンプル的にヴォーカルが挿入されることが、作品全体の予兆となっている。

『Weather』収録曲“Easy”
 

スコットは“Easy”について、〈過去と折り合いをつけることと、前進するという明確なヴィジョンが描かれている〉〈未来に繋がる架け橋〉と語っているが、つまりそれは〈インストから歌ものへの転換〉ということ。実際2曲目の“Pink & Blue”では、アルバム全体でヴォーカルを務めるセイント・シナーことハンナ・コットレルのややウィスパー寄りなヴォーカルを全面的にフィーチャー。3部作を完結させ、グラミー賞ノミネートという結果を手にし、このタイミングで新たな一歩を踏み出すというのは、必然の展開だと考えられる。

『Weather』収録曲“Pink & Blue”

 

未来に繋がる架け橋

そして、バンド化を進めることによって〈人間味〉を追求してきたスコットが、〈Most Organic Instrument〉として〈声〉を取り入れたこともまた必然の展開であり、インストからの発展としては、ある種古典的な展開とも言える。しかし、〈インストにヴォーカル・トラックを乗せる〉という発想ではなく、どの曲もヴァース/コーラスがしっかり組み立てられていて、エレクトロ・ポップ的な作風となっているのが現代的。性差を問わない愛について歌った“Pink & Blue”の歌詞の内容も含め、一歩踏み込んだ作品となっている。

妻の親戚と訪れた箱根での経験がインスピレーション源になっているというミニマルな“Japan”は、その瞑想的な雰囲気があらためて日本との相性の良さを感じさせ、歌とギターを軸としたノン・ビートの“Skate”とともに、さらなる新たなティコ像を提示。一方、後半の“No Stress”には前作までのサイケ/トランス感が受け継がれていて、クラップも交えてよりオーガニックなリズムを作り出したインストの“Weather”は、これまでの流れを発展させたもの。全8曲30分弱というコンパクトな仕上がりは、このアルバム自体が〈未来に繋がる架け橋〉であることを感じさせ、今後のさらなる変化・進化を期待させる。

『Weather』収録曲“Japan”

 

ワープの伝説的なユニット、ブロードキャストの継承者たる存在では

ちなみに、僕が『Weather』を聴いてパッと連想したのは、〈ワープ初の女性ヴォーカル・バンド〉として知られるブロードキャストの存在だった。まだエレクトロニックなDJ/プロデューサーのイメージが強かったワープから2000年にデビュー・アルバム『The Noise Made By People』を発表し、エレクトロニカ、アンビエント、シューゲイザーなどの要素を組み合わせたサウンドは、ティコとの親和性が高い。

ブロードキャストの2000年作『The Noise Made By People』収録曲“Come On Lets Go”
 

2011年にヴォーカルのトリッシュ・キーナンが亡くなった際には、フライング・ロータス、トロ・イ・モア、ネオン・インディアンらアメリカのアーティストも多数哀悼のコメントを発表していたが、彼らより世代が上のスコットも当然影響を受けているはず。もちろん、実際のインスピレーション源だったかどうかは本人に訊かないとわからないけれど、〈歌〉によってさらに人間味を増した『Weather』は、ティコにとっての〈The Noise Made By People〉であるはずだ。

 


LIVE INFORMATION
FUJI ROCK FESTIVAL '19
TYCHO

2019年7月26日(金)新潟・湯沢町 苗場スキー場 WHITE STAGE
出演時間: 20:00-21:00
https://www.fujirockfestival.com/

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