「指揮者として、『グレの歌』を指揮できることはラッキーなことなのです」

――ミューザ川崎シンフォニーホール開館15周年記念公演で「グレの歌」を指揮なさいますね。

「ええ、ホールからの申し出を受け、とても嬉しく、なんてラッキーなのだろうと思いました。『グレの歌』を指揮するのは初めてですが、演奏する機会が少ない作品であり、私にとっていうなれば因縁の作品なので、万全の態勢でぜひとも臨みたい、と考えました。指揮者にはレパートリーを絞っていく人もいますが、私は新たなレパートリーにチャレンジを続け、それがやめられないタイプです(笑)」

――因縁?

「2000年にバンベルク交響楽団の首席指揮者に就任するときに前任のインテンダントが『グレの歌』でツアーを企画したのですが、いざ取り掛かってみると予算が膨大なうえ、企画者が去った後だったため、中止となってしまいました。以来、『グレの歌』は私の頭の片隅にあって、こういった過去を払しょくしたいと前から考えていました。今回、最強のメンバーを得て、完璧なお祓い!ができそうです(笑)」

――最強のメンバーとは?

「まずは、オペラの経験も豊富な東京交響楽団。東響とは、マーラーの《千人の交響曲》やコンサート形式でモーツァルトのオペラ〈ダ・ポンテ三部作〉を取り上げてきました。声楽と関わる様々な作品の経験を積み上げてきた今だからこそ、この新しい『グレの歌』を高いレベルで聞いていただけると信じています。そして、私のあらゆる挑戦を受けて立ち、毎回見事な成果を上げてきた東響コーラスの存在も忘れてはなりません。まさに機は熟し、駒がすべて揃ったのです」

――ソリストにはサー・トーマス・アレンの名前も見えますね。

「彼は歌手としても素晴らしいのですが、その語りには特別なものがあります。トルステン・ケール(ヴァルデマール王)も大人気の素晴らしいヘルデンテナーで、隙のないソリスト陣が揃いました」

――「グレの歌」はとても演奏時間の長い作品ですね。

「その通りです。その上、完成までに長い時間がかかっているので、第1部と第2、3部とでは作風に違いがみられます。それらをいかに一貫性のある作品に仕上げるかも1つの課題となります。今回は第1部の後に休憩を入れるつもりです。こうすることで、視点の変わる後半に、皆さんも自然に入っていけることかと思います」

――ソリスト、語り、合唱とオーケストラ、総勢約400人だけあって、かなりの迫力になりそうですね。

「実は私は大音量恐怖症なのですよ(笑)。さらに歌劇場での経験から自らの体が楽器である歌手に対しては常にシンパシーを感じていますので、壮大なエネルギーの放出はあっても、ただの大音量には決してなりません。さらにミューザ川崎には『グレの歌』を受け止める十分の空間があります。皆様には、作品の細部に至るまで堪能していただけることでしょう」

――ノットさんから「グレの歌」聴き方指南をお願いします。作品の最後はどのように理解したらよいのでしょう。

「最後をどのようにとらえるかは聴く皆さんに委ねたいと思います。でも、ぜひ事前にヤコブセンの詩(歌詞)を読んでいただきたいですね。『グレの歌』は、第1部と第2、3部に分けることができます。先ほどお話ししたように、完成までにかなりの期間を要したことから、作曲家の音楽的な発想は変わっていないものの、その音楽言語は変化を遂げ、オーケストレーション等、作風に変化が見られます。つまり、デクラメーション(言葉の抑揚と旋律の一致)をさらに推し進め、シュプレヒゲザング(語るように発声する歌唱法)へとシェーンベルク自身がたどった道を垣間見ることができるのです。

第1部は対話ではなく、ヴァルデマール王とトーヴェが互いへの愛をそれぞれに歌い、最後に女性(トーヴェ)が亡くなり、その死を告げる有名な山鳩の歌で終わります。第2部は愛する人を失った王の悲しみと神を呪う言葉が歌われ、全3部の中で最も短いものとなっています。そして第3部……。最後が何を意味するのか、真実はシェーンベルクにしかわかりません。詩が完全に理解できなくても構いません。詩を読んで、それぞれにイメージを描いていただき、音楽を通してその世界を完成して頂けたら、と思います。答えは一つではないのですから」

 


ジョナサン・ノット(Jonathan Nott)
指揮者。1962年イギリス生まれ。ケンブリッジ大学で音楽を専攻、その後ロンドンで指揮を学んだ。ドイツのフランクフルト歌劇場とヴィースバーデン・ヘッセン州立劇場で指揮者としてのキャリアをスタートし、オペラ作品に数多く取り組む。2011年10月定期/川崎定期演奏会におけるラヴェル「ダフニスとクロエ(全曲)」などを指揮して東京交響楽団にデビュー。2014年度シーズンより東京交響楽団第3代音楽監督を務める。

 


LIVE INFORMATION
ミューザ川崎シンフォニーホール開館15周年記念公演
シェーンベルク「グレの歌」 ※日本語字幕あり

2019年10月5日(土)、6日(日)神奈川 ミューザ川崎 シンフォニーホール
開演:15:00(各14:15開場/途中休憩1回/17:15終演予定)
出演:トルステン・ケール(テナー)/ドロテア・レシュマン(ソプラノ)/オッカ・フォン・デア・ダムラウ(メゾ・ソプラノ)/アルベルト・ドーメン(バリトン)/ノルベルト・エルンスト(テナー)/サー・トーマス・アレン(語り)/ジョナサン・ノット(指揮)/東京交響楽団/冨平恭平(合唱指揮)/東響コーラス
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/gurre/