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壮大な作戦

 それでも発表までには、周到な準備期間が設けられた。22分近い“The Moment of 4.6 Billion Years 〜46億年の刹那〜”は、昨年春にほぼ書き上げていて、レコーディングに取り掛かりつつ、夏のツアーで初披露。毎年恒例の年末ホール・ツアーでは、アルバム大半の楽曲を演奏している。でもそこには、角松らしい視点と考察があった。70年代のプログレは、まず入り口にインパクトのあるアートワークがあって、次にレコードを聴いて音で驚かせる。 そして、〈スゴイ! でもこれはライヴで再現できるの?〉と思わせておいて、実際にライヴで披露して度肝を抜く——そういうプロセスが基本だった。

 「でも僕は逆をやった。なぜかと言うと、いまのリスナーに20分の曲をスピーカーの前で聴いてもらうのが大変だからです。おもしろがる人もいるかもしれないけど、拒否反応が出る人も多いと思う。だからライヴで何度も披露して、徐々に入ってきてもらうように仕向けた。最初から1年ぐらいを想定しての壮大な作戦なんです」。

 最初は何だかわからなくても、ライヴで接するうちに少しずつ曲の全体像が見えてきて、CDが出てやっと理解できる。楽曲も各楽章ごとに完成させて編集したのではなく、頭からの流れでそのまま作ったという。おかげで相当なスペックの入ったPro Toolsが、チャンネル不足に陥ってしまったそうだ。

 ゴスペル・クワイアと共演したもうひとつの大曲“Get Back to the Love”にしても、がっぷりゴスペルのパートもあれば、AGHARTA風の局面もあって、予想以上に親しみやすい。ライヴでも、アグレッシヴな〈46億年の刹那〉に比べ、〈感動した〉という声が多かったそうだ。

 この壮大な2曲に対し、心にシンと響くスロウ・ナンバーも聴き逃せない。“THE LIFE〜いのち〜”はもともと、角松がプロデュースした沖縄のシンガー、チアキに提供した楽曲。子供の誕生、青木智仁や浅野祥之といった仲間の急逝に立ち会った彼が、生と死を見つめながら書いたものだ。また“I SEE THE LIGHT〜輝く未来〜”は、ディズニー映画「塔の上のラプンツェル」の挿入歌。愛娘の誕生を期に視野が広がり、モノを見る目線が変わってこそのカヴァーだろう。

 「いちばん制作費がかかったのもこれなんです。ディズニー・クォリティーに最大限の敬意を払って、37人のオーケストラを使いましたから。デュエット相手はオーディションで募集しましたが、デモのチアキの仮歌がメチャクチャ良くて、結局誰もそれを越えられなかった」。

 印象的なアートワークは、角松がずっと憧れていたイラストレーター・矢吹申彦によるもの。はっぴいえんどのジャケットなどでお馴染みの人だが、今回は古代神殿ジッグラトや恐竜などをモチーフに、〈46億年なんて宇宙レヴェルで見たら一瞬〉という概念を見事に可視化。そしてこの世界観が、すべての収録曲をひとつに繋いでいる。

 クラブ・シーンでは80sブギー人気が盛り上がり、角松を再評価する動きも出はじめている昨今。「若い人たちは先入観なく楽しんでくれるから嬉しい」という角松だが、彼がそんな若い世代の音楽ファンから広くリスペクトされるようになったら、日本のポップス文化も高水準でキープされていくことだろう。

 

▼関連作品

左から、角松敏生のベスト盤『1998〜2010』(iDEAK/ARIOLA JAPAN)、チアキの2010年作『CHIAKI』(ARIOLA JAPAN)、本田雅人の2001年作『Cross Hearts』(ビクター)

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