時代の流れがどうであろうと、いつかは実現させたかった瞬間――天性 のグルーヴ・スタイリストが自由に創作を巡らせた〈プログレッシヴ・ポップ〉とは何か?

交響曲を作る気分

 「どうも周りは『REBIRTH 2』を期待していたみたいで。確かに『REBIRTH 1』は評判が良かった。けれどああしたセルフ・カヴァーは連発するものではないでしょう? 売れたからもう一枚というのは、ビジネス的には正しいと思います。でも自分はやりたくない。それなら、次は好きなことをやっていいと言われて……」。

 そして完成したのが、この〈プログレッシヴ・ポップ〉な新作『THE MOMENT』だ。先述の『REBIRTH 1 〜re-make best〜』が間にあったとはいえ、オリジナル作品は『Citylights Dandy』以来3年半ぶり。しかも早い段階で、〈20分前後の大曲が収められる〉とファンの間で話題になっていた。プログレで大曲となれば、すぐに思い出すのはピンク・フロイドやジェネシスといった70年代英国のそれ。古いファンなら、角松敏生がかつてイエスのファンだったのをご存知かもしれない。でも実際はさにあらず。確かにイエスを彷彿とさせる部分はあるが、当然〈プログレ〉を演ったワケではなく、ロック、ポップス、AOR、フュージョン、ソウル〜ファンク、シティー・ポップに民族音楽など、ありとあらゆる音の要素がパッケージされている。長尺曲も数パートから成り、それぞれは角松ファンなら思わずニヤリとさせられるはず。ある意味、角松流儀の集大成的な作品と言えるだろう。

角松敏生 『THE MOMENT』 iDEAK/ARIOLA JAPAN(2014)

 「ただ長いだけで、難しくないよという話です。僕の音楽を聴いてくれている人なら、普通に耳馴染みがあります。皆さん〈大作〉と仰いますが、70年代にはそれほど珍しいものではなかった。でも、いまは音楽ビジネスのなかで楽曲を売るメソッドが決まっています。売ろうと考えたら、こんな発想はないですね」。

 つまり角松は昨今の〈J-Pop〉シーンを見限っているわけだが、そうしたなかでも彼は長きに渡って確固たるシェアを保ち続けている。デビュー30年超で、毎年ホール規模の全国ツアーを行える人なんて、ほとんどいないのが現状だろう。それだけ不動の支持を得ているからこそ、こんな自由な創作が許される。このアルバムの原点も、実はそのあたりにあった。

 「つまらなくなっちゃったんです。4分くらいの曲を一生懸命考えて作ることが。好きなことをやれるなら、Aメロ〜Bメロ〜サビみたいな普通のポップスの構成を取っ払って、自由に創って、観せたいところ、聴かせたいところをしっかり出したかった」。

 馴染みのファンには〈こうきたか!〉という驚きや新鮮味を与えたいし、他のアーティストがやれないことをやればそれ以外の多くのリスナーの目を引くチャンスも生まれる。普通のことを普通にやっていては埋没してしまう時代に、角松なりに対処した結果が今作なのかもしれない。
「でもショック療法ではなく、いつかはやりたいと思っていたことをいまやっただけなので、自分としてはすごく自然で楽しかった。それこそ迸るままにイメージして、交響曲を作る気分でしたね」。