台風で出演予定だったイベントが中止になってしまった。お気に入りの服をクローゼットから出したのに外にも出られないし、疲れていない身体では眠ることも難しい。山積みになった本を読んでみようにも凄まじい低気圧で集中も続かず、何か音楽を聴いてみようにも気分にフィットするような音がなかなか見つからない。

頭が重いけれど、目は妙に冴えていて、脳はほとんど働いてくれない。何だかこれはトリップホップの感じだ。どんよりと重くて鈍いあの感じ。いつか取り憑かれたかのように延々と聴いていたPortishead『Dummy』のあの感じ。

久しぶりに聴いたそれは、心の一番深い場所を、そっと撫でるように刺していった。

早いもので連載も第5回。今回はPortisheadのファーストアルバムであり、音楽史に燦然と輝き続ける唯一無二の名盤『Dummy』(1994年発表)について。

このアルバムを初めて聴いたのは中学生の頃だった。当時、ほとんどの音楽を年の離れた兄から教えてもらっていて、兄の部屋に入り浸っては色々な洋楽を聴かせてもらい、気に入ったものを借りて聴いていた。第1回の連載で書いたThe Smashing Pumpkinsを知るよりも前のことだ。音楽的な教養も何もなく、ただ知らないものを知るのが楽しかったのと、兄が熱心に話をしながら聴かせてくれるのが嬉しかったんだと思う。兄の部屋には数え切れない程のCDがあって、当時の僕はそれを毎晩のように1つ1つ聴きに行っていたことをよく覚えている。そして、このアルバム冒頭の“Mysterons”を初めて聴かせてもらったときのことも、くっきりと鮮明に覚えている。

初めてこの曲を聴いたとき、ほとんど拒絶反応みたいな、ゾッと冷たい感覚が走った。兄がアルバムについて話しているのを遮って〈これは好きじゃない〉と言った。すかさず兄は他の曲も聴かせてくれたが、それも好きではなかった。底知れない暗さに恐怖を感じて、当時の僕には何がいいのか到底理解できなかった。

そして、僕のなかでPortisheadは二度と聴くことがないであろう音楽として長い眠りについてしまった。ほとんど忘れてしまうくらいに。

それから長い月日を経て、次にこのアルバムを聴いたのは20歳になるかならないか、それぐらいのことだった。キッカケは当時ネットのメンバー募集サイトを介して知り合ったベーシストが〈Portisheadしか聴かない〉と言っていたことだった。彼はベースにブラックナイロン弦を張って、何だかヘンテコなベースを使っていて、僕よりずっと年上だった。何度か一緒にスタジオに入ったけれど、名前はとうに忘れてしまった。掴み所のないような雰囲気の、それでいて優しく穏やかな空気を持った人だった。

その話を聞いて〈Portisheadはあまり好きじゃなくて〉と言うと、彼は〈これ聴いてみて〉と僕にサウンドクラウドのリンクを送ってくれた。聞けばこのアルバムに収録されている“It Could Be Sweet”を彼がカバーしたものだとのこと。〈このカバーの歌はロシア人の友人に歌ってもらって……昔の恋人なんだけどね……〉なんて、相変わらず変わった人だなと思ったけれど、聴いてみたそれはとても魅力的な音で、すぐに原曲も聴いてみたくなり何年か越しにこのアルバムを聴いた。久々に聴くそれは、頭が痺れるほど強烈にクールだった。

その日からというもの、延々とこのアルバムをリピートした。何度か聴いていると心や身体の隙間に音が滑り込んでいくような感覚に陥ってしまい、そこからなかなか抜け出せなくなる。眠れない夜に聴くとスッと眠りにつけることもあれば、不安に駆り立てられるような気持ちになることもある。その不思議な何かを覗くたびに、このアルバムは僕にとって替えの効かない唯一無二の1枚に変わっていった。

音楽的に捉えても、装飾が極限まで削ぎ落とされたミニマルなアレンジとその中心を撃ち抜くようなボーカルは唯一無二で、たった1つでも音を抜いてしまえば途端に成立しなくなるであろうギリギリのアンサンブルが堪らない。それによって張り詰めるような緊張感が全体に漂っていて、目眩がするような気怠い音像に身を預けて目を閉じれば、たちまち知らない世界に連れていかれたように感覚を奪われてしまう。

その中でも名曲“Roads”の、映像化されているこのライブでの素晴らしさは格別だ。

世間一般からすればものすごく暗いこの曲、このアルバムが、大きな称賛を浴びて世界中で350万枚のヒットを飛ばしたのは今ではなかなか信じがたい。もちろんクールで新しいのは見ての通りだが、きっとそれだけのことではなく、このアルバムには人を魅了してしまうそれとは別の不思議な引力あるのだと思う。それは僕自身が何故ここまでこのアルバムに心酔してしまっているのかを、言葉では説明できないからだ。

今でも時々、本当に時々、このアルバムを聴く。移動中や作業中のBGMのようなインスタントな聴き方はこのアルバムにはそぐわない。そっと心を落ち着かせて、椅子に深く腰掛けて、耳元で流れる音を追うように、深く沈んでいくように、身体をリラックスさせて、心は開いたままで。そうやって、流れる時間の焦燥感がやけに心を刺激する夜や、得体の知れない感傷に追われるような夜を、何度もこのアルバムと共に明かしてきた。そして、これからもそんな夜を共に明かすのかもしれない。

いつの日か恐怖を感じた音が、今は安らぎと刺激を持った大切な音に変わった。きっとこれから僕が変わって行くたびに、このアルバムの音も変わっていく。いつかまた違う音が聴こえたら、それはきっと素敵なことに違いない。

 


RELEASE INFORMATION

EASTOKLAB EASTOKLAB DAIZAWA(2019)

恍惚に満ちたファルセットボイス
ダイナミックなアンサンブルで美しさを描く
退屈を撃ち抜く鮮やかなデビューアルバム完成!

EASTOKLAB
Debut Mini Album『EASTOKLAB』
2019.06.05(Wed)Release
UKDZ-0200 ¥1,700(w/o tax)
DAIZAWA RECORDS/UK.PROJECT inc.

1. Fireworks
2. In Boredom
3. Passage
4. Always
5. New Sunrise
6. Tumble

 


LIVE INFORMATION

PEOPLE & ME 2019
DAY

11月10日(日)愛知・名古屋 鶴舞 K.D japon
開場/開演:12:30/13:00
前売り:2,000円(ドリンク代別)
※ONE MAN SHOW

NIGHT
11月10日(日)愛知・名古屋 新栄 LIVERARY office
開場/開演:17:00/18:00
ライヴ:日置逸人/西尾大祐
DJ:岡大樹
フード:田保友規
前売り:1,000円(+1オーダー)
※AFTER EVENT

ご予約:eastoklab@gmail.com