Mikikiでは2021年3月より、〈ミュージシャンやレーベル関係者、ライブハウス関係者など音楽に関わって仕事をする人々に、コロナ禍以降愛聴していた1曲を挙げてもらう〉という趣旨の連載〈アーティストと音楽関係者が選ぶ「コロナ時代の1曲」〉を続けてきました。そしてこの度、その枠組みを拡張する形で、さまざまなテーマに沿って〈わたしの1曲〉を選んでもらう連載をスタート。

記念すべき最初のテーマは、〈91年リリースの1曲〉です。91年といえば、洋楽邦楽問わず多数の名曲・名盤がリリースされた豊作の年。そして今年2021年は、あれからちょうど30年という節目の年です。当時リアルタイムでリリース作品を聴いていた人、後追いでそれらを聴くようになった人。それぞれの立場からの思いが滲んだ選曲をどうぞお楽しみください。 *Mikiki編集部

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lightmellowbu

休日はいつもブックオフの安売りコーナーを漁っているシティポップ好きのディガー集団。いわゆる〈ポストインターネット〉世代のメンバーが軸となり2018年5月に発足。音楽評論家・金澤寿和氏が提唱した概念〈Light Mellow〉へリスペクトを奉じつつ、既存のシティポップ観に捉われることのない柔軟なリスニングセンスと嗅覚で、これまで光の当たることの少なかった80年代後半から2000年代半ばにかけて制作され、今では歴史の側溝に埋もれてしまった〈知られざる〉ライトメロウ盤を掘り起こし、現在の観点から音楽的評価を加えんとする、いわば新しい時代の〈シティポップ・パルチザン〉。共同ブログでのレビュー掲載やZINEの刊行などを中心に活動するかたわら、各bu員様々なDJイベントやトークショーに参加するなど、〈無理なく〉活動中。

 

あなたにとって最も印象に残っている、91年リリースの曲は何ですか?

ハタが選ぶ1曲
CINDY “TOUCH THE SKY”(『TOWER OF LOVE』収録曲)

東京タワーをイメージして作られたオムニバスアルバム『TOWER OF LOVE』からシンディ山本のヴォーカル曲を紹介します。作曲はシンディ山本本人と筒美京平が手掛け、それを松下誠が編曲。例えるなら焼いたフォアグラの上からキャビアソースを掛けたかのような贅沢さです。肝心の曲の内容としては80年代後期頃のアンニュイな電子音で奏でられるナイトムードな英歌詞AORです。ビートポップやテクノ歌謡といった感じの攻撃的サウンドの電子音ではなくて角の取れたまろやかなサウンド感、そこにコーラスやバッキングギターが入る、といったニュアンスです。エンジェルヴォイスとまで形容されたシンディ山本のヴォーカルもアダルトな曲調に合わせ、しなやかで透き通る歌声を披露しています。こんな曲がマイナーなオムニバスに収録されているというのが面白いです、こういうのがあるからディグのやり甲斐があるというものです。ちなみにこのアルバム自体には渡辺直樹や米川英之といったJ-AOR、フュージョンの分野で活躍するプレイヤー達のオリジナル曲が収録されており、一部の曲は別のコンピレーションCDに収録されているものの大半の曲は今作でしか聴くことが出来ない、非常にありがたいアルバムです。希少盤なので見つけたらすぐ買うようにしましょう。

 

カズマが選ぶ1曲
成田路実 “SOUTH OF EDEN”

ファーストアルバム『イリュージョン』の1曲目。この曲はとにかく成田路実の声が良い。カラッと乾いた西海岸の気候を思わせる声で、非常にサバサバしてる。しつこくない。安部恭弘作曲のリゾート系シティポップ。この曲と湿度の低い声は非常に相性がいい。現在のシティポップブームが行きつく所まで行きつけば、これ(を含むアルバム)も再発されるのではないか。隠れた良曲を隠れたままにしておきたくない。淡い期待を込めて書いておく。

 

INDGMSKが選ぶ1曲
宇都美慶子 “Kiss Me Please”(『fémale』収録曲)

lightmellowbu結成以前のことです。

“Kiss Me Please”は5、6年前、当時神戸に住んでいたthaithefishさんとポートアイランドの北公園辺りで釣りをしながらiPhone 4Sのショボいスピーカーで聴いた覚えのある曲。当時はまだ面識はなかったけどいつか居処を突き止めたいと思いながら、毎日チェックしていたハタさんのブログ〈90年代シティポップ記録簿〉(宇都美慶子の項で〈アッパー系ガールポップの良心〉と書いてあった)に触発されてCDを買ったように思います。(ちなみに釣果はヒトデが2個でした)

 

91年といえば、昭和から平成への過渡期であり、音楽媒体はレコードからCDへ、そして歌謡曲からJ-Popへと音楽を取り巻く状況が一変していく時期でした。

そんな状況下、その後のJ-Popやビーイング、渋谷系時代を切り拓いていく新進の作品も生まれ出た時代ではありましたが91年時点ではまだまだ昭和の残滓やバブルの残り香を感じ取れる作品の方が多くリリースされていました。

また91年はアイドルが下火になった冬の時代と言われた頃で、アイドルがウケなくなるのと反比例するようにポップスシーンでは女性シンガーソングライター達が売り出されるようになりました。92年には雑誌「GiRLPOP」も創刊し、その後も3~4年ほどは女性シンガーがアイドル的な扱いを受けるなど、今ではガールポップと呼ばれる女性シンガー達の隆盛時代を迎えます。

 

90年にデビューした宇都美慶子も例に漏れず、ガールポップ時代の恩恵を受けたアーティストで98年までに6枚のアルバムをリリースしています。彼女の音楽性はAOR要素が多分に含まれている少し大人のポップスで、80年代のシティポップが衰退した後においてはあまり新規性はなかったかもしれません。それでもトレンディな歌詞世界に、シティポップ全盛の80年代をドライブした数多のスタジオミュージシャンの確かな腕によるアーバンな楽曲は、憧れの都市生活を映し出すには十分だったでしょう。都市の風景や都市生活者の心情を描き出した楽曲がシティポップだと定義すると、彼女もやはりシティポップの流れを汲んだアーティストだったと言えると思います。

 

本題に入ります。

“Kiss Me Please”は作曲に東京Qチャンネルの割田康彦、編曲には若草恵というアーバンポップナンバー。数原晋や清岡太郎、ジェイク・H・コンセプションによる豪奢なブラスセクションが全編に配され、渡辺直樹によるグルーヴィなベースが絡みあう……といった楽曲です。斉藤ノブによるラテンパーカッションもトレンディな音像に華を添え、アクセントとなるシンセフルートも相まって90年代らしく派手だけどチープな聴感は、91年という間(あわい)の時代独特の空気を感じさせてくれています。

そして『fémale』のリリースから30年の時を経た2021年、宇都美慶子はなんと一十三十一を彷彿とさせるエレクトロサマーチューン“恋のget in summer”を含むニューアルバム『Garden』をリリース。現行シティポップを見事に乗りこなしているのは流石の一言でした。次作も期待したいアーティストの1人です。

 


BOOK INFORMATION

lightmellowbu「lightmellowbu紙Vol.5 -JAUNT-」

発売日:2021年10月8日
ページ数:52
価格:1,320円(税込)
取り扱い店舗:ディスクユニオン/ココナッツディスク池袋店/シカク/ミュージックファースト

CONTENTS
・Introduction
Written by INDGMSK
・Disc Review
・Obscure Cross Review
INDGMSK/F氏/小川直人/カズマ/キュアにゃんにゃんパラダイス/KV/三代目若王子/柴崎祐二/タイ/tamao ninomiya/ハタ/波多野寛昭/バルベース/hikaru yamaha/HOTEL すばる/鯔を愛する男
・90s Korean Light Mellow CD Review
Written by Sudokido
・ブログ『セクシー三昧』出張版コラム
ハタ/今野ぽた/だて
・Contributor
・Angel/オリーブがある(paris match Cover)
・巻中連続小説 使役日記/鯔を愛する男

 

lightmellowbu 『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』 DU BOOKS(2020)

発売日:2020年1月17日
ISBN:9784866471136
版型:A5
ページ数:272
価格:2,420円(税込)

CONTENTS
・1986~1989 シティ・ポップ黄金期の向こう側――CD普及期
・1990~1994 雲散するシティ・ポップ――渋谷系の逆襲
・1995~1999 多様化とJ-R&Bの勃興――CDバブル
・2000~2006 「等身大の自分」とナマ音回帰――シティ・ポップ再評価前夜