シンガー・ソングライター/サクソフォニストの久野かおりが88年に発表したデビュー・アルバム『LUNA』。同作にリマスターを施し、ボーナス・トラックを2曲追加したリイシュー盤『LUNA +2』と、7インチ・シングル『Adam & Eve 1989/Love In The Mist』が、タワーレコード限定でリリースされた。

『LUNA』に参加しているのは、土岐英史、難波正司(Aragon/NOBU CAINE/T-SQUARE)、今剛(Aragon)、斉藤ノヴ、村上“ポンタ”秀一ら、ジャズ/フュージョン・シーンの名プレイヤーばかり。その鉄壁な演奏、洗練された楽曲、そして久野の可憐なヴォーカルなどから、『LUNA』はレイト80sにおけるシティ・ポップの隠れた名盤としてひそかに再評価されつつある。

そんな『LUNA』を編著書「オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド」で取り上げ、今回のボーナス・トラック“Love In The Mist”を〈90年代シティポップ名曲ランキング・ベスト50〉に選出するなど、久野の音楽を高く評価しているのがディガー集団〈lightmellowbu〉だ。

Mikikiは『LUNA』のリイシューを機に、lightmellowbuのthaithefishとINDGMSKに、それぞれの視点からレビューを執筆してもらった。リリースから32年、当時の評価とは異なる、2020年現在における『LUNA』の新たな魅力が2人のテキストから見えてくるはずだ。 *Mikiki編集部

久野かおり 『LUNA +2(タワーレコード限定)』 Tower to the People/BOURBON(2020)

久野かおり 『Adam & Eve 1989/Love In The Mist(タワーレコード限定)』 Tower to the People/BOURBON(2020)

 

様々なファクターが〈七つの海から集まって〉なされた復刻
by thaithefish

シティ・ポップは2010年代でその捉えられ方が大きく変わったジャンルの一つだろう。少なくとも僕自身にとってはそう思える10年間だった。

僕がシティ・ポップにのめり込んだのはターンテーブルと一緒に買った山下達郎や角松敏生のレコードや、「Light Mellow和モノSpecial」を手に取った事がきっかけだった。レコード屋でまだ知らぬ音楽に胸を膨らませ、タワーレコード限定の復刻版CDが続々と販売されるのを楽しみにしていた。同時期に、インターネット上で国内外のDJやコレクターのミックス等に触れた事で80sブギーに打ちのめされ更に深みにハマっていった。風街からクリスタル・シティへ、オーシャン・サイドのミルク・スタンドでひと息ついたのち、夜風のインフォメーションに誘われ流行りのディスコでブギー・ダンス、朝が来て早めのサンデー・ブランチを……。

高価になりつつあったミドル〜レイト80sのレコードをせめてCDでと思い通い始めたブックオフの棚に久野かおりは居た。あくまで後追い世代、一個人の体感でしかないが、今回の『LUNA』の復刻は、シティ・ポップ原体験世代の根強いプッシュ・アップや、DJがそれらを現代のムードとして再提示したこと、またアノニマスなコレクター達の執着などが幾重にも重なり、さながら〈七つの海から集まって〉来た何かのように思えてならない。

〈これがシティ・ポップを好きな理由〉と言いたくなる程すべての音が琴線に触れる近未来の神話を歌ったゴージャスなブギー“Adam & Eve 1989”、4枚目のアルバム『Rose(ロゼ)』からボーナス・トラックとして収録された雨霧の中のバラード“Love In The Mist”。久野かおりのディスコグラフィーの中でも特に重要な2曲がこの復刻版CDには収録されている。

今回のニュースを聞き、ふと自身が様々な出会いを経て久野かおりを発見した事を振り返り、センチになり過ぎた。戒めにブックオフに行こうと思う。

ヴェイパーウェイヴ以降の耳でなければ再発見できなかった音楽
by INDGMNK

はじめて彼女の音楽を聴いたのは、数年前、22時の閉店時間ギリギリに入ったブックオフ京都東寺駅前店で買った4作目のアルバム『Rose(ロゼ)』だったと思う。初回盤のピンクの外箱がついた物だ。このアルバムに、また今回の再発盤にもボーナス・トラックで収録されているミッド・アーバン・メロウ“Love In The Mist”に惹かれ、次第に久野かおりの良曲を求めるようになっていった。ちなみに“Love In The Mist”はオフコースの“Yes-No”と同様、所謂〈今なんていったの転調〉というイントロ~Aメロに移る瞬間の転調が用いられている。熊谷幸子ほどでは無いが、久野かおりの楽曲も結構転調が多い。

弊buが上梓した「オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド」に記載したが、数年前まで久野かおりのファンサイトは彼女のディスコグラフィーをほぼ全て(1分ほどだが)聴ける仕様になっていた(Yahoo!ブログなのでサービス終了で消えてしまいました)。そのサイトで巡りあったのが『LUNA』収録のライト・モダン・ブギー“Adam & Eve 1989”で、今回の再発も同曲を巡ってのものと思われる。かねてよりディープな和モノDJらの中では聴かれていた曲だったが、それに加え現在ではインターネット上の一部の音楽好きの間でカルト的な人気を博すアンセムとなった。本人は知る由もないだろうが。

久野かおりはシンガーだ。しかし元を辿れば出発点はサックス・プレイヤーである。音楽好きの両親のもとに生まれ、幼少時の3歳からクラシック・ピアノ、9歳からはサックスを習い始め、国立音楽大学に進学して以降もサックス演奏に勤しんだ。クラシック以外にもホテルのラウンジ等でピアノの弾き語りをしていたというから、映画音楽やジャズやポピュラーのスタンダード・ナンバーにも馴染みがある。そういった素地があるためか、彼女の音楽は総じて瀟洒で品のあるナンバーが多い。ジャジーなフュージョン・ポップ的要素があるのも上記のような理由だろう。そして彼女の曲で最も聴かれたのはデビュー曲“月の砂漠から”だろうから、リアルタイムのファンにはウェットなアダルト・ポップスというパブリック・イメージが定着しているはずだ。良質な音楽だが一聴地味、だからこそ彼女の音楽がなかなか再発見されなかったとも言えるだろう。

しかしながら、件の“Adam & Eve 1989”はデジタルな質感全開のアルバムを通して最もパワーのある楽曲で、アレンジャー、キーボード、そしてコーラスは佐藤準。シンセサイザー・プログラムは佐藤準と師弟関係である北城浩志。デジタルかつフェティッシュな音像はおそらくこの2人による仕事だろう。ちなみに北城浩志は椎名林檎の最初期の楽曲にも携わったり、近年でも映画「聲の形」や「リズの青い鳥」などにも参加したりしている。ソロ・パートでは今剛の泣きのギター・ソロも良いが、やはり久野かおりのサックス・ソロが光っている。そしてサビ部、〈AdamとEve 1989~〉の執拗なリフレインは脳裏に強烈なインパクトを残す。

陳腐な表現かもしれないがヴェイパーウェイヴやフューチャー・ファンクのネタとしてお誂え向きだと思ったし、そういう意味では2017年に解散したガールズ・グループ、Especiaの楽曲と近いものを感じた。何度も取り沙汰されてきた言説ではあるが、この感覚は旧来のグルーヴ重視のDJ的感覚では見つけ得ない、やはりヴェイパーウェイヴ以降の耳でなければ発見されなかった音だろうと思う。なので、心から今回の再発を祝いたい。

ちなみにこのアルバムを買うときは、ジャケットが似ているかとうれいこの『QUERIDO』と間違ったり、久野かおりと〈かの香織〉を間違ったりしないように注意してほしい。