チェロの声で、新しい歌をうたう。

 チェロで弾く、のではなく、チェロで歌う。12のとっておきの曲で、宮田大の〈VOCE(声)〉がそれを叶えていく。「『マイ・フェイバリット・メロディー』ということで、私が好きな曲を選び、チェロの新たな魅力がお届けできたと思います。あまり自分の録音は聴かないんですけれど、今作は電車のなかでも最近けっこうよく聴いたりしています」とチェリストは言う。

宮田大 『VOCE - フェイヴァリット・メロディー -』 DENON(2023)

 たびたび共演を重ねてきた村松崇継の“Earth”で始まり、ドヴォルザークのチェロ協奏曲の名旋律として縁深い歌曲“私にかまわないで”で結ばれる12篇の情景。大きく深いチェロの豊かな歌いかけが、人間の心だけでなく、自然な広がりをもって満ちてくる。

 「チェリストにとってはドヴォルザークの協奏曲はやっぱり一番大切で、“私にかまわないで”はそのなかに出てくる大好きな旋律です。これを終わりまで聴いて、また最初の“Earth”に戻ると、なにかすごく素敵な流れがあって。〈生命の誕生〉というのかな、そこからなにか新たな自分、聴かれる方々にも新たな自分自身というのを発見してもらえたらと思います」。

 チェロにとって新しい名曲を創っていく。クラシックのレパートリーではサン=サーンスのオペラ「サムソンとデリラ」から“あなたの声に私の心は開く”も採り上げ、ピアソラの“リベルタンゴ”では伊賀拓郎の編曲により都会的で硬質な感覚もひらいてみせる。そして、アルバムの大半を同時代の音楽、しかも7曲を占めるのが日本人作曲家の作品である。「日本人だからこそ、日本人の作品をたくさん演奏したいと思ったし、私が大好きな作曲家の方々の作品を聴いていただきたいという気持ちも込めた選曲です」。

 村松崇継の“Earth”に始まり、久石譲の“Asian Dream Song”、加羽沢美濃の“Desert Rose”、菅野祐悟の“ACT”、吉松隆の“ベルベット・ワルツ”、植松伸夫の“ザナルカンドにて”、坂本龍一の“星になった少年”がチェロで多彩に織りなされていく。坂本龍一以外は直接の交流がある作曲家だという。

 「作曲者に聴いてもらえたとか、なにか聞くと意見をもらえたとかいうことは、やはり自信に繋がるところもあります。でも、曲を弾き始めてしまえば、どういう作曲家だったかということも忘れてしまって、本当にその曲を愛して演奏する感じになるのかな」と宮田大はまっすぐに語る。

 「今回うれしかったのが、村松さんもそうだし、吉松さん、加羽沢さん、菅野さんもそうですけれど、過去に書いた作品を改めてチェロとピアノに合うように編曲してくださった。とにかく大好きな曲ばかりなので、チェロの力を使って、新たなお客さんに聴いていただけるきっかけにもなってほしいなとも思っています。こうした日本の作品の多くは、油絵のように色を積み重ねていくと、こってりとしすぎてしまう。水彩画や水墨画のように、綺麗な水に墨汁をぽんと垂らしたときの波紋だけで音楽をつくったりとか、そういうところにひとつひとつ意味がある。シンプルさというものを大切しなきゃいけない部分を、ジュリアンがすごくわかってくれていた感じがしますね。フレンチっぽくならず、パフェじゃなくて、かき氷ぐらいに収めるというか(笑)」。

 10年を超えるデュオ・パートナーで親友でもあるベルギー人ピアニスト、ジュリアン・ジェルネとの信頼感に満ちた共演だ。

 「自分はけっこう感情をバーッと出して、いろいろなニュアンスとかアイディア、いろいろな物語とか登場人物を音楽で表していくんですけど、ジュリアンのピアノにかかると、なにか魔法のように外壁ができていって、それを全部逃げないようにぎゅっと囲んでくれる。彼のピアノが額づくりをしてくれるから、自分の演奏したいものに核ができてくる。リハーサルでも言葉はあまり使わず、私がなにかを表現すると、〈今日はこういうふうな風を吹かせるんだね〉とか、ちらっと目で合図してくるんですよ。レコーディングしたときはお客さんが誰ひとりいない状態の初々しい演奏ですけど、それがこれからツアーを通して、だんだん熟成肉になっていくのが楽しみです。アルバムの曲は今回のリサイタルでほとんど弾きますが、このプログラムでまわれるのは、もうこの時しかないので」。

 


宮田大(Dai Miyata)
2009年、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて、日本人として初めて優勝。その圧倒的な演奏は、作曲家や共演者からの支持が厚く、世界的指揮者・小澤征爾にも絶賛され、日本を代表するチェリストとして国際的な活動を繰り広げている。スイスのジュネーヴ音楽院卒業、 ドイツのクロンベルク・アカデミー修了。チェロを倉田澄子、フランス・ヘルメルソンの各氏に、室内楽を東京クヮルテット、原田禎夫、原田幸一郎、加藤知子、今井信子、リチャード・ヤング、ガボール・タカーチ=ナジの各氏に師事。2019年にトーマス・ダウスゴー指揮、BBCスコティッシュ交響との共演による『エルガー:チェロ協奏曲』をリリース。欧米盤が、欧州のクラシック界における権威のある賞の一つ〈Opus Klassik 2021〉において、コンチェルト部門(チェロ)で受賞。使用楽器は、上野製薬株式会社より貸与された1698年製A. ストラディヴァリウス“Cholmondeley”である。

 


LIVE INFORMATION
宮田大チェロ・リサイタル2023

2023年12月8日(金)東京・紀尾井ホール
2023年12月9日(土)埼玉・所沢文化センター ミューズ
2023年12月10日(日)香川・観音寺市民会館 ハイスタッフホール
2023年12月13日(水)大阪・ザ·フェニックスホール
2023年12月15日(金)島根・安来市総合文化ホール アルテピア
2023年12月17日(日)千葉・佐倉ハーモニーホール
2023年12月22日(金)長野・八ヶ岳高原音楽堂
2023年12月23日(土)長野・八ヶ岳高原音楽堂
2023年12月24日(日)新潟・柏崎市文化会館 アルフォーレ
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