©Frank Hamilton

太陽は落ち、木は枯れ、愛は消える――辛い別れを経て、男は世界の美しさに気付いた。どうか悲しみに溺れないでほしい、この音楽はいつも寄り添ってくれるのだから

 いまからちょうど10年前、フューチャー・アイランズはたった一度のTV出演で瞬く間に〈時の人〉となった。米ボルチモア出身の一介のインディー・バンドに過ぎなかった彼らの運命を変えたのは、アメリカの人気番組で披露した“Seasons (Waiting On You)”のスタジオ・ライヴ。ルッキズム的な観点を用いるならば冴えない白人男性に分類されるであろうシンガーのサミュエル・T・ヘリングが風変わりで拙いダンスを踊りながら、自分の胸をバチバチと激しく叩き、〈溢れる想いを抑えきれない〉とばかりに熱唱する映像は、人々を驚かせ、笑わせ、そして感動させた。不器用だが全力で想いを届けようとする彼のぎこちない姿は、完璧なスターに対する憧れではなく、等身大の共感を呼んだのである。そのライヴ映像はすぐさまネットでバズを巻き起こし、同曲はPitchforkやNMEなど英米の有力メディアで年間ベスト・ソング1位を獲得するまでに至った。間違いなく彼らは2014年のインディー・センセーションだった。

FUTURE ISLANDS 『People Who Aren’t There Anymore』 4AD/BEAT(2024)

 “Seasons (Waiting On You)”が収録された4作目『Singles』(2014年)でブレイクを果たしてからも、彼らは堅実に自分たちのサウンドを練り上げてきた。前作から3年強、通算7作目となる新アルバム『People Who Aren’t There Anymore』においても、その姿勢にブレはない。つまりここには、フューチャー・アイランズのシグネチャーであるニュー・オーダーやOMDなどの影響を咀嚼したシンセ・ポップ・サウンドと、サミュエルの切なくもエモーショナルな歌唱が溢れているのだ。

 だが無論、新作には変化も刻まれている。特に歌詞のテーマの違いは顕著だろう。サミュエルがスウェーデンの俳優ユリア・ラグナソンと恋に落ちたタイミングで作られた前作『As Long As You Are』(2020年)は〈あなたがあなたでいる限り〉というタイトル通り、誰かを心から信頼することについてのアルバムだった。それに対して『People Who Aren’t There Anymore』は、関係性の崩壊と失意からの再生についてのアルバムだ。

 今作はパンデミックによるロックダウンの最中に制作が始まった作品。サミュエルいわく、当初は行動制限のなかでラグナソンとの遠距離恋愛が続いていたが、やがて2人の関係は終わりを迎えてしまったという。それゆえに、図太いベースラインと煌びやかなシンセが交錯するパワフルなオープニング曲“King Of Sweden”をはじめ、アルバム前半は遠く離れた〈あなた〉への想いを力強く歌い上げる曲が多い。だが次第に2人の関係の終わりを示唆する曲が増え、柔らかなシンセが穏やかに響く最終曲“The Garden Wheel”では別れの痛みを静かに受け入れている。ただし、〈いまではすべての石に顔があり、すべての葉には雫がある〉という歌詞が象徴するように、“The Garden Wheel”では以前は気付けなかったことに気付けるようになったこと――つまりサミュエルが辛い経験を経て人間的に成長したことも仄めかされている。

 そして本作は、サミュエル個人の失恋と再生の物語という枠組みを超えた解釈も可能だ。改めて言うまでもなく、パンデミックは世界中の人々に大きな困難と変化をもたらした。コロナ禍前は一年のほとんどをツアーに費やすと豪語していたフューチャー・アイランズにとっても、ロックダウンでのライヴ活動休止の影響は深刻だったはずだ。それをふまえると、このアルバムはバンドの危機とそこからの再生の物語だとも読み取れる。

 もちろん、聴き手の一人一人がそれぞれに抱える困難を克服する過程と重ね合わせて聴くことも可能だろう。アルバム・タイトルが〈もうそこにはいない人たち〉と複数形になっているのも、サミュエルの私小説的な語りを超えた広がりを意識してのことかもしれない。そうした観点から聴くと本作は、〈どんな大きな困難に打ちのめされてもふたたび顔を上げて前に進もう〉と、私たちに呼びかけているようにも感じられるのだ。

フューチャー・アイランズの過去作を一部紹介。
左から、2020年作『As Long As You Are』、2014年作『Singles』 (共に4AD)

サミュエル・T・へリングが参加した近年の作品。
左から、ビリー・ウッズ&ケニー・シーガルの2023年作『Maps』(Backwoodz Studioz)、ケネベックの2022年作『Without Star Or Compass』 (Night Time Stories)