ジョゼフ・フィブス
©Malcolm Crowthers

 今日、英国の代表的なコンテンポラリー作曲家といえば、受賞も多いトマス・アデスやマーク=アンソニー・ターネジ、そして最近ではBBC Proms JAPANでその作品が取り上げられたアンナ・クラインらが挙げられよう。でも日本でほとんど紹介されてきていない実力のある作曲家はほかにもたくさんいる。たとえばジョー・カトラーやトム・クルト、そしてジョゼフ・フィブス(1974年生まれ)もそんなひとりだ。

 筆者がフィブスの作品を最初に聴いたのは2012年、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで行われたエサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の公演で、マーラーの交響曲第2番“復活”の前に演奏された“Rivers To The Sea”という管弦楽曲であった。ひとつのアイディアを丁寧に紡ぎ上げて大きな流れへと導く技量が抜きんでていたことを思い出す。また彼の“Lumina”は、2003年のBBC Promsのラスト・ナイトでBBC交響楽団によって世界初演された。その一方で、近年はよりインティメイトな、ソロや室内楽のための作品に力を注いでいる。

 2月23日、ミューザ川崎シンフォニーホールのホールアドバイザー小川典子の企画では、ジョゼフ・フィブスを英国より招いて、その音楽に焦点を当てたコンサートが開かれる。小川典子は数年前に知人を通してフィブスと知り合い、ピアノ独奏曲を委嘱して以来、彼の音楽、そして人柄に惚れ込んできた。フィブスについて、「芯は強いけれども、控えめかつ繊細で、どこか寂しい感じを漂わせている音楽家」と話す。〈孤独と情熱〉という公演タイトルも、そうしたところに由来するのだろう。

 また小川は、彼の音楽はけっして難解ではなく、「人々の心に響く系」の現代音楽だと語る。たしかに、いわゆるミニマル・ミュージックではないものの、作品の構成要素として小さな素材を用い、それを緻密に、しかも音の息づかいを大切にしながら積み重ねていくというのが彼の作曲プロセスの根本にある。

 たとえば今回のコンサートで小川が演奏するピアノのための“5つのやさしい小品”(2019年)の第3曲はモチーフの反復から成っていて、一つひとつの音の余韻が大切にされている。彼自身はこの曲集において、「瞑想的な表現主義 meditative expressionism」を追求したと述べているが、一見対立するようにも思えるこれらの概念を結びつけるあたりに、彼の音楽の揺れ幅があるのかもしれない。

 昨年10月には、ロンドンの名門ウィグモア・ホールでフィブスの個展が開かれ、そこでは今回のコンサートでも取り上げられるサクソフォンとピアノのための“Night Paths”が冒頭、委嘱者のヒュー・ウィギンと小川によって演奏され、好評を博した。

 「アルト・サックスのための曲ですが、高音域から低音域まで駆使し、まるでテナー・サックスのような低音域まで出てくる起伏に富んだ曲」と小川。「そして時折、いったいどこにそういう激しさを秘めているのかと思うほど情熱的な部分が顔を出します」

 この曲はまだ委嘱者ウィギンに独占権があるのだが、今回は特別に許可を得て、ウィギンも尊敬する須川展也を迎えて日本初演が実現する。

 一方で同じウィグモア・ホールでの個展で取り上げられた彼の弦楽四重奏曲第1番(2014年)にも、彼の〈孤独〉と〈情熱〉が感じ取れよう。子どもの頃にベンジャミン・ブリテンの弦楽四重奏曲を聴いて作曲家を志したというフィブスにとって、このジャンルがとりわけパーソナルなものであることが強く伝わってくる。たとえば第1楽章では、透明感の強い弦の響きの上で、どこかフラジャイルなメロディーが紡がれていく。

 そしてミューザ川崎シンフォニーホールでのコンサートのハイライトは、なんといっても、本公演のために小川がフィブスに委嘱した“ソナチネ”の世界初演であろう。これまでピアノ曲は小品しか書いてこなかったというフィブスにとって、多楽章形式の作品は初めてとなる。小川の音色は自分のイメージする音に近いと語る彼が、この機会のためにいったいどんな色彩がきらめく曲を創り上げたのか。ぜひミューザ川崎シンフォニーホールに鳴り響くフィブスの現在に耳をすませてほしい。

小川典子
©Patrick Allen operaomnia.co.uk

須川展也
©Toru Hasumi-3

 


LIVE INFORMATION
ミューザ川崎 ホールアドバイザー小川典子企画 孤独と情熱

2024年2月23日(金・祝)神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール
開場/開演:13:00/14:00(13:20~13:40プレトーク)
出演:小川典子(ピアノ)/須川展也★(サクソフォン)

■曲目
ジョゼフ・フィブス:NORIKOのためのセレナータ(2018年小川典子委嘱作品)
ジョゼフ・フィブス:5つのやさしい小品
ロベルト・シューマン:3つのロマンス op.94★
モーリス・ラヴェル:ソナチネ 嬰ヘ短調
ジョゼフ・フィブス:ソナチネ(小川典子委嘱作品/世界初演)
ジョゼフ・フィブス:Night Paths(日本初演)★
ロベルト・シューマン:交響的練習曲 op.13

■チケット
全席指定:一般 4,000円/友の会 3,600円/U25(小学生~25歳)1,500円
ミューザ川崎シンフォニーホール:044-520-0200(10:00~18:00)
チケットぴあ
ミューザ川崎・イープラス
神奈川芸術協会:045-453-5080(10:00~18:00 土曜10:00~15:00/日祝休)
楽天チケット

お問い合わせ(ミューザ川崎シンフォニーホール):044-520-0200(10:00~18:00)

■関連企画
ジョゼフ・フィブス トーク&レクチャー ~作曲家は生きている~
2024年2月21日(水)神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール 市民交流室
開場/開演:13:30/14:00
出演:ジョゼフ・フィブス/菅野由弘/小川典子
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/events/calendar/detail.php?id=3661