真鍋大度+ライゾマティクス+カイル・マクドナルド《Generative MV》2023年

大きな足跡をメディア・アートに残した、坂本龍一の創造性の渦に触れる

 おおきな足跡を残したアーティストの全体像を把握するのは容易ではない。長年にわたって多分野の領域を横断し続けた作家だと、簡単に俯瞰するのは不可能に近い。とりわけ、坂本龍一の場合、その追悼は首尾よく行われ一旦の区切りがついたという感じがまだしない。これは21世紀初頭が商業音楽サイドから見れば産業構造に抜本的な変化が見られ過去と切断された時期でもあったし、彼が病から復帰したあと、新たな音楽の領域に身を置きながら亡くなるまで精力的に活動していたことも大きいのだろう。

  21世紀になってからの坂本龍一の創造力の中心にメディア・アートがあったことはもう少し語られて良いかもしれない。現在東京の初台ICCで開催中の〈坂本龍一トリビュート展 音楽/アート/メディア〉は、そんな彼のアートの分野での業績を俯瞰した展示となっている。本人による演奏データや演奏動画を素材として用いた新作や、彼と関わりの深かったアーティストたちとの共作となる作品が並んでいるのだ。会場を周遊すれば、各々の観衆が、坂本が考えてきたことや対峙してきたこと、それ自体に出会うような構成となっている。長年仕事をしてきた主任学芸員の畠中実氏に話を聞いた。


 

ストレンジループ・スタジオ(デイヴィッド・ウェクスラー,イアン・サイモン)《レゾナント・エコーズ》2023年

──今回の展示に至った経緯を教えてください。

 「坂本龍一さんとは、音楽家というよりは、展覧会における、アーティストとしての坂本さんとの付き合いが長かったんです。ICCとしては、10周年記念で〈LIFE - fluid, invisible, inaudible...〉(2007年)を、20周年記念の〈設置音楽2 IS YOUR TIME〉(2017年)では、直接担当になりました。2009年にアルバム『out of noise』がリリースされたのですが、2000年代終盤は、まさに坂本さんの音楽に対する考え方が変わり始めた時期だったと思います。それから東京都現代美術館や山口情報技術センター [YCAM]での展覧会や札幌国際芸術祭などで、ディレクターを務められたり、自身でインスタレーション作品を発表していった。例えば、《IS YOUR TIME》は、アルバムの音源をマルチチャンネルで展開するだけではない、最初からインスタレーションとして発想された作品ですが、坂本さんが本当にやりたいことは音楽の拡張なんだと感じることができました。『async』の発表直後から、インスタレーション化のアイデアをうかがいながら、一緒につくりあげることで、坂本さんの音楽の指向性の変遷を身近に感じることができました。いわゆるマーケットやメディアに流通する音楽だけではなく、そこから拡張していく音楽を考えていた人であったことは、もっと大きく取り上げられるべきだと考えました。それが実現できる形態である展覧会という形で、坂本さんのほんとうにやりたかったことは何だったのか、またそれがどのように継承されているのかを、形にしようと真鍋さんと話しあい、開催の検討や依頼を始めました」

──具体的に音楽の変遷とは何でしょう?

 「フィールド・レコーディングの音源を積極的に導入したアルバム『out of noise』に続く、2017年の『async』では、フォーマットこそステレオやサラウンドだったわけですが、複製技術で流通する規格化されたフォーマットに合わせて制作することへの懐疑や、無理にそうしなくてもいいのだ、という考え方が強くなったように思います。震災や自身の体調の変化も影響しているかもしれません。

 そうした発想を実現することを可能にするインスタレーションという方法は、ステレオやマルチチャンネルとは異なり、さまざまな場所に配置されたスピーカーから聴こえる音によって、ひとつの音響空間を作るという構想へと変わっていきました。
 『async』発表当時のインタヴューでは、ステレオは擬似的に音場を作るものであり、スピーカーとスピーカーの間に音を定位させる。そうではなく、音がそのスピーカーからじかに聴こえてくるべきだとおっしゃっていました。《IS YOUR TIME》では、ヴィンテージのブラウンのラジオを使って、トランスミッターで電波を飛ばし、ベルトルッチらのナレーションを流していました。これは、コンディションの一様ではないスピーカーから音が鳴らされている、ブライアン・イーノのインスタレーション作品《The Ship》なんかに、発想としては近いんじゃないかなと思います。
 また、インスタレーションの制作を始めてからの坂本さんの音楽は、どんどん自由になっていったように思います。聴こえない音に対する関心も強めていきました」