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山口昌男「エノケンと菊谷栄」/「世界で一番美しい劇場」 人はなぜ舞台にひかれ、劇場に通うのだろうか

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  • 2015.05.19

山口昌男 エノケンと菊谷栄 昭和精神史の匿れた水脈 晶文社(2015)

 文化人類学者の山口昌男は「トリックスター」に注目し続けてきた。道化、アルルカン、匿名の才人…。

 〈昭和精神史の匿れた水脈〉という副題のついた『エノケンと菊谷栄』は、一昨年、永遠の旅に出た山口の“幻の原稿”から生まれた奇跡の本だ。

 きっかけは、80年代のラジオの番組収録で、山口が財津一郎から聴いた話だったという。

 「エノケン菊谷栄という台本作者がついていましてね。あの人が戦争で亡くなったのがエノケンに大打撃だったようです」

 大スターの道化師に、ペンを持つ沈黙のクラウン。山口の探究心に火がついた。菊谷栄をめぐる証言、書物を集め、綿密に取材を重ね、原稿執筆。しかし脱稿前の原稿を紛失。コピー原稿で再構成中、山口は病に臥す。ところが、札幌の古本屋でオリジナル原稿が見つかる。山口の没後、幻の遺稿はついに刊行された。

【参考動画】1948年の映画「エノケンのホームラン王」

 

 本著によると、青森生まれの菊谷栄は、画家をめざし上京。ブルジョア美術にも、プロレタリアート美術にも走れず、戯曲を書き始める。同郷の太宰治からは兄貴のように慕われた。東京大震災後の本郷で、菊谷はエノケンと出会う。当時の流行語「オデンマルクス」よろしく、おでん屋で熱く語り合い意気投合。浅草オペラの失速後、エノケン一座を結成、菊谷は、佐藤文雄の筆名でショートコメディを次々と発表する。

 ブレヒトの『乞食芝居(三文オペラ)』(演出・出演・千田是也)公演は、新劇勢の歌に対しての劇評は辛口だったが、レビューで鍛えたエノケンは好評だった。レビューとミュージカルは一線を画すらしい。菊谷はアメリカ音楽をとことん研究し、近代劇全集を読破し、座付き作家としてレビューを支え続けた。

 だが、暗雲立ちこめる時代。黒子の戯曲家にも赤紙が届く。菊谷は、中国戦線に出兵、銃弾に倒れる。享年36。エノケンはジャズによる劇団葬を行った。

 この本を拝読中、エノケン・ソングを聴いた。雲の上のトリックスターを想い、空に向かって口ずさむ。

 「武器を棄てましょ 棄てましょブギ」

 

世界で一番美しい劇場 エクスナレッジ編 エクスナレッジ(2015)

神棚のある劇場に行くと、緊張する。
劇場には、神も宿れば、怪人も棲む。
大劇場でも小劇場でも多かれ少なかれそう感じる。
劇場という非日常の場は、現実逃避のシェルターであり、タイムマシーンのようでもあり、惑星のようでもあり。摩訶不思議な場であることはまちがいない。

 『世界で一番美しい劇場』(エクスナレッジ編)には、それはそれは絢爛豪華な劇場や、歴史あるオペラハウスがずらりと並んでいる。天上から壁まで宝石をちりばめたような国宝級の立派な劇場には圧倒され、現代アートも顔負けの前衛建築にも度肝を抜かれる。

 

 

 例えば、継続する劇団で世界最古といわれるフランスのコメディ・フランセーズの劇場は、外装は地味ながら、内装はルイ14世好みの優雅なしつらえ。ドイツのバイロイト辺境伯歌劇場は、現存する欧州最古の木製バロック様式オペラハウスとして世界遺産に登録され、4世紀にも渡り愛されている。

 現代建築ものでは、コペンハーゲンのDRコンサートホールの夕焼け色の内装は、ムンクの名画にインスパイア。ソーラーシステムでつくられたオスロ・オペラハウスは氷山イメージ。中国の広州大劇院の巨大ホールは、鍾乳洞デザインがSF映画のセットさながら。

 思い起こせば、学生時代、初めてのアルバイト先は、ロングランミュージカルの劇場だった。期間限定の特設だったが、思い出の劇場だ。卒業記念でバックパッカー旅に出た時、印象的だったのはギリシャのディオニソス劇場。紀元前6世紀建立の世界最古の野外劇場はアクロポリスの丘にたたずんでいる。空に近いのは、神々に捧げる奉納のためゆえに。そもそも劇場の起源は「祭祀」の場であったのだから。

 国力を誇るための贅をつくした劇場もあれば、素朴でもその文化の成熟度を感じさせる舞台もある。戦災や天災で消失したり崩壊しながら、蘇った劇場も少なくない。願わくば、これ以上、紛争の標的や犠牲になりませぬように。権力ではなく、平和のシンボルとしての場でありますように。ページをめくりながら、劇場に会うための旅に出るのもいいなと思った。

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