INTERVIEW

グラミー賞のバリトン歌手が出来るまで ~カート・エリングの伴走音楽

Photo by Yuka Yamaji

 

グラミー賞のバリトン歌手が出来るまで~カート・エリングの伴走音楽~

 長距離ドライブで祖父母宅に向かうエリング家の愛車内では耳慣れたラジオ局の番組が流れていた。「まだ、ハイチェアに座らされていたから2~3歳の頃だよね。窓外は雨が降っていて、B.J.トーマスの歌がかかったのをよく憶えている」。紛れもなく1970年1月の全米第1位、《Raindrops Keep Fallin' On My Head》だろう。そんな幼児が少年期を迎え、初めて自腹買いしたLPは「ミルス・ブラザーズ! 正式名は失念したけれども、GREATEST HITSだったと思う」。父親は聖歌隊の指導者であり、少年がいつ大声で歌おうと咎めなかった。荒れ模様の高校で思春期を送ったが、そんな季節も音楽に慰藉された。「ベートーヴェンの交響曲第7番にもの凄く影響を受けてね。常に一緒にいてくれたというか、寄り添ってくれた音楽で。こんな荒れた環境にいても気高いもの/崇高なものというのはあるんだ、って事を教えてくれた」。『アメリカン・グラフィティ』の追体験的な甘酸っぱい記憶も刻んだ。B級の避暑地で“歌うウエイター”のバイトをしていた頃の話。「中古で5代目のフォルクスワーゲン・ビートルに乗ってラジオを流しっ放しの時期だよね。女の子を乗せて裏道に停めたまでは良かったけど、緊張で言葉も尽きちゃって(笑)。正にその時流れていたのがフラミンゴスの《I Only Have Eyes For You》なんだ」。通算10作目『1691 Broadway』に収録された同曲の、選曲秘話である。

KURT ELLING Passion World Concord(2015)

 やがて大学生となり、聖歌隊育ちの少年も漸くJAZZという大河に漕ぎついた。「マーク・マーフィーランバート、ヘンドリックス&ロスを聴いた時はハッとした。ホレス・シルヴァーカウント・ベイシーがやっているものを彼らは声で昇華しているんだ、という驚きだよね。そこから刺激を受けてじぶんも曲を書き始めたからね」。自己流ヴォーカリーズ誕生の裏側を訊くと、「なんか自然に出来ちゃったね。最初はポール・デスモンドのソロを聴いて気に入ったのがきっかけなんだ。これに何か歌詞を書きたいと思って、丁度その頃はリルケの詩をよく読んでいたから試してみたら上手く噛み合ったんだ」。現時点での最新作『PASSION WORLD』のラスト曲《WHERE LOVE IS》ではジェイムズ・ジョイスの詩を昇華している。なんでも素粒子のquarkは翻訳が難儀だという。ジョイス好きの提唱者が小説『フィネガンズ・ウェイク』に登場する鳥の鳴き声に因んで命名したからだ。4オクターブの声域を自在に飛び交うカート・エリングの歌を聴く度、その逸話が脳裡を掠める。奔放な声音に評言が追いつかない。ブルーノート東京でのTOKUとの掛け合いにも(凄い…)と、繋ぐ言葉が退いた。

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