Page 3 / 3 1ページ目から読む

HOW SWEET IT IS
甘いのは思い出だけじゃない――30周年を記念した新作『dolce』を味わう

鈴木雅之 『dolce』 エピック(2016)

 赤いスーツは当然〈ちゃんちゃんこ〉に掛けたものだが、ヴェルヴェット・ヴォイスとも評される歌声に触れれば、それと年齢を即座に結び付けるのは難しいのではないだろうか。来たる9月に還暦を迎える鈴木雅之がリリースした『dolce』は、本文でも述べたようにソロ・キャリアの30周年を記念した一枚にして、本人も〈還暦ソウル〉を謳った力作。節目ならではの仕掛けと新鮮な手合わせがリンクした贅沢な内容に仕上がっている。

 玉置浩二の作詞/作曲によるシングル“泣きたいよ”(玉置のカヴァーとなるカップリングの“メロディー”も最高だった)、それに前後して配信リリースされた松任谷由実による“Melancholia”という先行曲は、いずれも〈シンガー・ソングライターの楽曲〉を好んで歌ってきたマーチンらしいラヴソングだったが、そんな大人な口当たりは豪華な面々の参加したアルバム全編に共通するテイストとなっている。

 エントランスの役割を果たすのはギタリストの鳥山雄司による秘めやかなインスト“La dolce vita”(野宮真貴が声を挿入)で、そこからドラマティックなストリングスに彩られた“Melancholia”のシリアスなグルーヴに流れ込んでいく。“泣きたいよ”を経ての“夜空の雨音”は、前作での“運命の人~Anytime You Need Me”と同じく三浦徳子が作詞、クラフトの三井誠が作曲を手掛けた品格あるソウル・バラードで、ファルセットも聴かせるヴォーカルのスウィートな包容力が素晴らしい……と、序盤から硬軟自在な揺さぶりに心を掴まれる。

 アニヴァーサリー企画ならではの再会となるのが、曲名通り(?)の“リバイバル”。これは初作『mother of pearl』で2曲を書いていた久保田利伸(当時はデビュー前)が30年ぶりにマーチンに提供した都会的なスロウで、久保田本人のコーラス参加も聴きものだ。柿崎洋一郎がアレンジを、松尾潔が作詞を担ったムード作りの妙も麗しい。その松尾は“最後の恋にさよなら”も作詞しているが、川口大輔が作/編曲したこちらは“もう涙はいらない”など90年代のマーチンに宛書きしたようなオマージュ的な仕上がりがおもしろい。JUJUのコーラスもウェットな情感を盛り上げてくれる。

 また、久保田と同じく『mother of pearl』に作家として名を連ねていた岡村靖幸の参加も注目だろう。松井五郎が作詞した“Luv or Trap”は、岡村ちゃん節とマーチン作法の融和が新鮮な重たいファンク・ナンバー。岡村はもう1曲、いなせな“TOKYO べらんめえ SOUL”の作/編曲も担当していて、そちらでは旧縁のある横山剣(クレイジーケンバンド)が作詞/ヴォーカルで登場してくるという豪華さだ。声のゲストということでは、続く“Climax”にKREVAがラップで参加。前作中の“僕らの奇跡~Open Sesame~”にもフィーチャーされていたKREVAだが、今回は作詞/作曲/編曲も手掛け、ソーラー風の意匠が快いアップ・チューンに仕上げている。

 そこから一転、服部克久が重厚なアレンジを仕立てた“哀のマリアージュ”は、谷村新司が詞曲を提供した壮大な大陸的スケールのナンバーで、年輪を重ねたマーチンならではの歌唱がズッシリと染み渡る。さらに“明日をください”はアンジェラ・アキが初めて他アーティストに書き下ろしたナンバーという点でも話題のドラマティックな名曲だ。そして、終盤のハイライトとなるのが大らかなナイアガラ流儀で迫る“エンドレス・ジャーニー”。ここ数年で意識的に大滝詠一のナンバーを取り上げているマーチンらしく、ここでは大滝とも縁深い平井夏美が作曲、井上鑑が編曲を担当し、きたやまおさむが作詞している。

 そこで印象的に響く〈旅は終わらない〉というフレーズは、“Melancholia”の〈それでも人生は続く〉というビターな一節にも繋がっているし、“Climax”における“And The Beat Goes On”なフレイヴァーともシンクロしているように思える。この眼差しこそ、『dolce』に懐古的なニュアンスが希薄な理由ではないだろうか。ラストは自身のペンによるドゥワップ風味のアカペラ・ナンバー“My Precious Lady”。己の原点も見定めつつ、先へ向かうマーチンの旅は、もちろん終わらない。 *出嶌孝次

『dolce』に参加したアーティストの近作を紹介。
左から、野宮真貴の2015年作『世界は愛を求めてる。What The World Needs Now Is Love~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』(ユニバーサル)、松任谷由実の2013年作『POP CLASSICO』(ユニバーサル)、玉置浩二の2014年作『群像の星』(SALTMODERATE)、JUJUの2016年作『TIMELESS』(onenation)、岡村靖幸の2016年作『幸福』(V4)、KREVAの2015年作『Under The Moon』(ポニーキャニオン)、谷村新司の2015年作『NIHON~ハレバレ~』(VAP)、アンジェラ・アキの2014年作『TAPESTRY OF SONGS - ザ ベスト オブ アンジェラ・アキ』(エピック)