30年前にソロ活動をスタートして以降は、ラヴソングのマエストロとして絶対的なポジションに君臨しているマーチンこと鈴木雅之。〈還暦ソウル〉を掲げて赤いジャケットを纏ったニュー・アルバム『dolce』は、衰え知らずなヴォーカルで過去と未来を繋ぐ、ビターでスウィートな魅力に溢れる充実作に仕上がっている。サングラス越しに日本の歌謡シーンを見つめ、ブラック・ミュージックのフレイヴァーを注いでマイルドに変革してきた、そんな男の偉大な歩みをここで振り返ってみよう!

 昨年でデビュー35周年、還暦を迎える今年がソロ・デビュー30周年……と考えれば、もはや活動歴におけるソロ・キャリアの積み重ねには揺るぎないものがある。そうした長い歳月を通じ、ラヴソングのパティシエとして苦くも甘い歌世界を伝えてきた鈴木雅之。〈マーチン〉の愛称で親しまれる彼が日本の音楽シーンに絶対的な地位を確立するうえで個性の核としてきたのは、いわゆるブラック・ミュージックへの敬愛だろう。ドゥワップに端を発し、同時代のソウル~ディスコ~ブラック・コンテンポラリーと並走してきた彼は、R&B/ヒップホップが世界的な大衆性を獲得してポップスのメインストリームに浸透する以前から、それを表現の源泉としてきたのである。今回は節目を飾るニュー・アルバム『dolce』を機に、そのキャリアを駆け足で振り返ってみよう。

鈴木雅之 『dolce』 エピック(2016)

 

不良性とソウルフルな色気

 1956年9月22日生まれ、東京の大森出身。小学生の頃から姉の影響でソウル/R&Bを聴いていたという早熟な彼が、高校時代に観た映画「ロックンロール・ エクスプロージョン(Let The Good Times Roll)」(73年)に魅了され、やがて学生時代の仲間や幼馴染みたちとシャネルズを結成したのは75年。映画「アメリカン・グラフィティ」(73年)の余波で世界的なオールディーズ・リヴァイヴァルが進んだ時代、シャ・ナ・ナに倣ってアメリカン・オールディーズを演奏していたバンドも、そこからドゥワップを個性として強調していくようになる。そこに説得力を与えていたのが、不良性とソウルフルな色気を兼ね備える鈴木のリード・ヴォーカルだったのは言うまでもないだろう。

 趣味性の高さを追求しながら活動を始めたグループに、アマチュア時代から目をかけていたのが大滝詠一だ。彼の『LET'S ONDO AGAIN』(78年)には鈴木やシャネルズが変名で抜擢され、ステージでも共演(後に鈴木の『ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~』にて79年の共演ライヴの模様が音源化された)。そのように早耳から支持を広げてTV出演なども経験していった結果、シャネルズは80年にデビューを果たすのだった。

2015年のベスト盤『ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~』ダイジェスト

 シャネルズといえば、往年の黒人コーラス・グループへの憧れを無邪気に表現したヴィジュアルのイメージが強いという人も多いだろう。肌の黒塗りに派手なタキシード、白い手袋という装束は、デビュー前に多くのコンテストを経験するなかでインパクトを欲した結果だというが、そんなエンタメ精神とドゥワップを基盤にした新鮮な歌謡性はお茶の間にも強烈な印象を残し、デビュー・シングル“ランナウェイ”はいきなりチャート首位を獲得している。続く“トゥナイト”(3位)、翌81年の“街角トワイライト”(1位)、“ハリケーン”(2位)と次々にヒットが誕生。83年にはシャネルズからラッツ&スターに改名して“め組のひと”や“Tシャツに口紅”などの名曲を重ねていく。グループは85年の“レディ・エキセントリック”を区切りに実質的な活動休止に入るのだが……そんな濃密な期間もマーチンのキャリアにおいては序章に過ぎなかった。