COLUMN

画家・池田学の凝視の先あるミクロコスモスとは? 生命的な蠢き帯びた巨大な絵画が問う、世界の捉え方

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  • 2017.06.21
《予兆》2008 株式会社サステイナブル・インベスター(神楽サロン)蔵 撮影:久家靖秀“Foretoken”
KAGURA Salon / Sustainable Invester CO., Ltd. Photo: KUGE Yasuhide
 

凝視の先のミクロコスモス。等身大のスケールを問う絵画

 ペンの線から生まれる細部の積み重ねによって、見るものを圧倒する巨大な絵画を制作してきた画家・池田学。その作品を前にすると、自分が普段いかに、身体の大きさや言語に基づいたスケールのなかで世界を認識しているのかを考えさせられる。

 たとえば一本の木を、単純にひとかたまりのものと捉えること。無数の細部を捨象したこの認識によって、スムーズな日常生活が送れているわけだが、人の眼はときにそのスケールを越えて進むこともある。樹皮に繁茂する雑草や苔に、昆虫にとっての「森」を見たり、根のくぼみに溜まった水に、小さな生物の「海」を見たりする。そして、こうした世界を覗いたあとに見る「一本の木」は、以前のまとまりを失って動き始める。

 池田の作品の魅力のひとつは、そんな凝視の空間への想像力と、その重なりによって画面全体が帯びることになる生命的な蠢きとの、捉えがたい共存関係だろう。故郷にある佐賀県立美術館を皮切りに始まった、そんな池田の初期作品から最新作までを網羅する回顧展「池田学展 The Pen ー凝縮の宇宙ー」が金沢21世紀美術館で開催されている。

 大学の卒業制作であり現在の作風につながる最初の作品《巌ノ王》にはじまり、初期の代表作である《再生》や《存在》へ。そして、2011年に渡ったカナダや、現在も住むアメリカのウィスコンシン州マディソンへと拠点を移したあとの作品へと、会場はほぼ時系列に構成。昆虫や魚を捕まえるだけでなく、それを観察して描くことで「欲求が満たされた」と語る少年時代のスケッチや、下積み時代に依頼されて描いていた動物や鳥のイラストも見応えがある。

 その細かさのインパクトゆえ、「細密画」と紹介されることも多い池田の絵画。だが彼は、作品が「細密画」と呼ばれることへの違和感をたびたび口にし、「大切なのは全体感」と語ってきた。そこには彼が二年間の浪人生活のあいだ、「筋トレ」のように打ち込んだデッサンとの関係もあるという。一見、単純に見える石膏像の胸の隆起にも、じつは無数の空間が含まれている。それを丹念に拾うことで、全体としての胸の豊かな丸みが表現できるように、細部はあくまで大きな量感を表現するための「情報」だと話す。

 だからであろう。注目されがちな大作ばかりではなく、小さな作品や動物のイラストにも、画面の大きさに比べてはるかに広いスケールが感じられる。細かく毛や皮膚を描き込まれた動物は、まるで巨大な山のようだ。どれだけ小さな存在や光景にも、眼を凝らせば捉えきれないほどの表情が眠っている。池田の絵はそんなことを教えてくれる。

 世界の自然災害をテーマに約3年をかけて制作された《誕生》は、本展のひとつのクライマックスだ。これまでも自然と人間の関係を描いてきた池田は、バンクーバーという異国で東日本大震災の発生を知って以来、その経験を表現しようと試みてきた。そこには幼いころから自然に親しんできた池田ゆえの、人間の文明の脆さへの皮肉も、自然現象に対する冷静な視線も垣間見られる。《誕生》の、瓦礫から立ち上がる一見美しい巨木の周囲では、放射能汚染のなかで生きる人々の営みも描かれている。

 しかし、決して悲観的な場面だけではない。画面には、災害と同時に温泉という恩恵も与える火山のような両義的な存在や、談笑や遊びにふける人々、池田が生活のなかで目にした他愛もない光景、そして《誕生》の制作中に誕生した彼の娘たちの存在も含まれる。これについて池田は、「災害や戦争という場面でも、誰もが悲壮感に包まれているわけではない。そこにも生活の些細な諸相や、笑顔はあるはず。それらをそのまま描こうと思った」と語る。別々の方向を向いた細部は、意味の一義的な回収を許さない。

 一匹の動物や昆虫から、文明と自然との共生まで。池田の絵画は、そこに普段の等身大のスケールとは異なる「眼」のあり方を挟むことで、世界の捉え方を問うてくる。その画面が全体として宿す生命力とはどのようなものか。会場でぜひ体験してほしい。

 


EXHIBITION INFORMATION

池田学展 The Pen ー凝縮の宇宙ー
4/8(土)– 7/9(日)
10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
会場:金沢21世紀美術館 展示室1~6
休場日:毎週月曜日(ただし5月1日は開場)
www.kanazawa21.jp/

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