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ネオ・ソウル? 新世代ジャズ? ポップス? なぜムーンチャイルドは究極の〈いそうでいない〉バンドなのか―柳樂光隆が解説

ムーンチャイルド『Voyager』

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  • 2017.08.21
Photo by Meeno Peluce

 

カマシ・ワシントンやジ・インターネットのサポート・アクトを務め、ロバート・グラスパーからホセ・ジェイムズ、さらにはスティーヴィー・ワンダーまでが称賛を贈るトリオ、ムーンチャイルド。新世代ジャズやネオ・ソウルを通過したアンサンブルを敷きつつも、フロントウーマンを務めるアンバー・ナヴランのたおやかな歌声はポップスとしての心地よさも醸しており、その穏やかでメロウなサウンドはさまざまなジャンルのリスナーを魅了してきた。今年の5月には、3作目となる最新作『Voyager』を発表。秋には、9月23日(土・祝)~24日(日)に横浜・赤レンガ倉庫特設会場で開催される〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2017〉への出演&9月25日(月)~26日(火)に東京・丸の内COTTON CLUBでの単独公演を組まれた来日を控えている。今回は、ジャズ評論家の柳樂光隆がムーンチャイルドを解説。究極の〈いそうでいない〉バンドと彼らを評する柳樂に、その理由を教示してもらった。 *Mikiki編集部

MOONCHILD Voyager Tru Thoughts/BEAT(2017)

 

とにもかくにも終始メロウで、ただひたすらに気持ちいい

南カリフォルニア大学のジャズ・スクールで結成されたムーンチャイルドは、ヴォーカルとフルートとテナー・サックスを担当するアンバー・ナヴラン、アルト・サックスと鍵盤を担当するマックス・ブリック、トランペットと鍵盤を担当するアンドリス・マットソンの3人によるプロジェクトだ。つまり、メンバー各自が複数の楽器を使い分けているばかりか、それぞれが管楽器を演奏している。ヴォーカリストであるアンバー・ナヴランまでもが、管楽器を担当しているというのは、なかなか珍しい編成だと思う。

2016年7月に行われた来日公演でのライヴ映像
 

彼らのサウンドは、一般的にネオ・ソウルを引き合いに出されることが多い。エリカ・バドゥのカヴァーもしているし、実際にそういう部分もあるにはある。ただ、それだけでムーンチャイルドの音楽性をネオ・ソウルと乱暴に括ってしまうのは、ロバート・グラスパー・エクスペリメントのことをR&B/ネオ・ソウルの文脈だけで捉えようとすること以上に、大きな違和感を覚えてしまう。

いまやJ・ディラからインスパイアされたビートを生演奏で叩くドラマーも、その演奏に合わせて、濁った音色でもたったリズムを鳴らすベーシストも珍しくなくなった。同じように、ディアンジェロやエリカ・バドゥらの楽曲にあった響きを取り入れるアーティストも巷に溢れかえっている。こうしてネオ・ソウルの根幹をなすサウンドの構造が解析され、手法として広く共有されていったことで、そのサウンドに宿っていた諸要素は〈ジョン・コルトレーン以降のモード・ジャズにおけるサックス奏法〉だったり、〈バーナード・パーディー以降のファンクのドラミング〉などと同じようなものになったと言えるだろう(唐木元さんに教えてもらったのだけど、YouTubeで〈neosoul chords〉と検索すると、ネオ・ソウルのメソッド解説動画が山のように出てくるので、気になる方は調べてみてください)。

そのなかで、〈グラスパー以降〉に台頭した意欲的なミュージシャンたちは、ネオ・ソウルの遺産から必要なものだけを採り込みつつ、名状しがたいオリジナルなサウンドを手にしてきた。そして、このムーンチャイルドもまた、ニュー・アルバム『Voyager』で新しい何かを形にしている。ただし、それはネオ・ソウルをジャズの視点から再構築したホセ・ジェイムズや、ネオ・ソウル的なリズムを軸にビート・ミュージックなどの要素を大胆に採り入れたハイエイタス・カイヨーテとは新しさの種類が異なるものだ。

ハイエイタス・カイヨーテの2015年作『Choose Your Weapon』収録曲“Breathing Underwater”
 

ムーンチャイルドが彼らと比べて独自性を感じさせるのは、ブラック・ミュージックっぽさがあまりしないことと、リズムがトピックになっているわけではないこと、この2点が鍵なのではないかと思っている。そもそも、冒頭でも触れているように、ムーンチャイルドには正式メンバーにドラマーがいないのだ。

ここ数年のネオ・ソウルとジャズ、ヒップホップの交わりといえば、リズムの拡張が大きく取りざたされてきた。ディアンジェロにしろ、ロバート・グラスパー及びクリス・デイヴにしろ、ハイエイタス・カイヨーテやUKのジョーダン・ラカイにしろ、ズレていたり、なまっていたり、突然リズムが切り替わったようなエグいエディット感を生演奏で表現したりと、どこかしら尖っている部分があって、そういったビートを流暢に取り入れているのが特徴的だった。しかし、ムーンチャイルドの音楽には、そんな尖った雰囲気がほとんど感じられない。J・ディラ的なリズムの要素もあるにはあるのだが、それが前面には出ておらず、先に挙げたような面々のようなトリッキーさは希薄だ。とにもかくにも終始メロウで、ただひたすらに気持ちいい。

 

〈リズムよりハーモニー〉という信念

そういったムーンチャイルドの音作りを、敢えてJ・ディラの歩みに引き寄せてみるとしたら、近年のパブリック・イメージを形成しているよれたビートよりも、メロウなシンセやエレピを上手くサンプリングしたウワモノの使い方に由来していると言えるのかもしれない。ギャップ・マンジョーネをサンプリングしたスラム・ヴィレッジ“Fall In Love”やアイズレー・ブラザーズ使いの“So Far To Go”に見られる、ゆらゆらしたシンセが際立ったJ・ディラのメロウな音作りは、ムーンチャイルドの作風と共通する部分だろう。それはフェンダー・ローズ奏者としてのグラスパーとも通じるものであり、先に言及した〈セオリー化されたネオ・ソウル〉の手法を上手く採り入れたものだとも言える。そういった音色をアンビエントR&B的な文脈を踏まえて鳴らしており、ライやクアドロンあたりの手触りにも近くなっていて、そのあたりも先進的なセンスを感じさせるだろう。

J・ディラの2006年作『The Shining』収録曲“So Far To Go”
ライの2013年作『Woman』収録曲“Open”
 

それに『Voyager』では、生演奏とプログラミングを併用したり、生演奏そのものをプログラミングしたかのようにクールに聴かせていたりするほか、録音やミックスも独特で、それによって不思議な箱庭感がもたらされている。そこもムーンチャイルドの個性のひとつで、演奏はすごく達者でバンド感もあるのに、マッチョな感じがまったくしない。音源としてはニック・ハキムやサラミ・ローズ・ジョー・ルイスあたりとも近い雰囲気があって、ベッドルームで作り込まれたサウンドだと勘違いしてしまいそうでもある。しかし、そんなポップで快楽的なサウンドを、ライヴの場ではすべて生演奏でやってしまうバンドとしての強さが、ムーンチャイルドの抜きんでているところでもある。

2台の鍵盤奏者がいるこのバンドでは、ベースラインもシンセで奏でている。その音色もいいし、響きもいい。1人が左手でベースラインを奏でると、そのプレイヤーの空いた右手が自由になる。そこにもう1人のプレイヤーを加えた3本の手を使って重ねる鍵盤による音色の豊かさこそが、このバンドの最大の魅力だ。ときにベースが入らないパートでは、4本の手、20本の指を自由に使ってハーモニーを奏でるのだ。そういった〈リズムよりハーモニー〉という彼らの信念は、メンバー3人がそれぞれ奏でる管楽器の使い方からも見えてくるだろう。ソロを強調するのではなく、あくまでも管楽器が持つ空気感やテクスチャーをサウンドとして取り入れるために吹いている。

2014年作『Please Rewind』収録曲“All The Joy”

そして、そこに溶け込むのがアンバーのヴォーカルだ。声量は決して大きくない。ウィスパー系の出し方で歌う彼女の声は、歌とサウンドの中間といったもの。例えば、グレッチェン・パーラトがグラスパーと組んだ『Lost And Found』(2011年)や、ローレン・デスバーグの『Twenty First Century Problems』(2015年)あたりに聴かれる歌と比べても、さらに控えめでさり気なく、サウンド的である。それはあくまでも〈ムーンチャイルドの楽曲のために歌っている〉ように感じられるもので、ある種の匿名性さえ感じるほどだ。

グレッチェン・パーラトの2011年作『Lost And Found』収録曲“Holding Back The Years”

 

洗練されていて品がいいのに、身近な親密さを覚えてしまう不思議な存在

そうやって、さまざまなウワモノを巧みに重ねることで、たった3人の演奏で、しかも、空間をかなり意識したサウンドにも関わらず、薄さや物足りなさを感じさせず、軽やかさや浮遊感を獲得している。同じLAで活動している女性3人組のキングが、ひとりの鍵盤奏者によるメロディーとベースラインに、2人のコーラスを添えただけの、最小限の音で豊かなハーモニーを奏でるのと同じように、ムーンチャイルドもまた無駄がないサウンドを最小限のメンバーで作り上げているのだ。リズム的には、ネオ・ソウル的なよれた部分もあるし、トラップ以降を感じさせるスカスカな部分もあるが、軽さもありつつ厚みのあるウワモノでバランスを取っているのがおもしろい。

2014年作『Please Rewind』収録曲“The Truth”
 

そして、そのウワモノの音色の選び方も絶妙で、エレクトリックではあるが、アナログ・シンセっぽい柔らかい音で、ぎりぎり80年代まではいかない感じの落としどころも素晴らしい。懐かしさも新しさも兼ね備えていて、はっきりとした時代感がないのだ。それは強いて言うならば、〈いま〉の音なのだろう。

個性的だが、エクスペリメンタルな感じはしないし、ドリーミーだけど、サイケデリックな感じもしない。アマチュア的で安っぽいDIYっぽさがないのもいい。とにかく洗練されていて、プロフェッショナルで品がいいのに、なぜか大きく見えなくて、身近な親密さを覚えてしまう彼らの作品は、気が付くとふと聴いてしまっていることも多い。それに、ライヴ・バンドとしても圧倒的に優れている。とにかくムーンチャイルドは不思議な存在で、こういうバンドは探しても他にいない。2017年における、究極の〈いそうでいない〉バンドなのだ。

『Voyager』のメイキング動画

 


Live Infomation
ムーンチャイルド

〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2017〉
2017年9月23日(土・祝)、24 日(日) ※ムーンチャイルドは23日(土)の出演
会場:赤レンガ倉庫特設会場
開場 /開演:11:00/12:00
料金(税込、1D別):S指定席/24,000円(特典あり)、A指定席/16,000円、スタンディング/11,000円
★詳細はこちら

単独公演
2017年9月25日(月)~26日(火) 東京・丸の内COTTON CLUB
1st.show:開場17:00/開演18:30
2nd.show:開場20:00/開演21:00
自由席:6,500円(テーブル席)
指定席:BOX A(4名席)8,500円/BOX B(2名席)8,000円/BOX S(2名席)8,000円/SEAT C(2名席)7,500円
★詳細はこちら

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