青空と入道雲とのコントラストが眩しい8月終わりのある日。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。どうやら夏合宿の参加者たちがポツポツと集まりはじめたようで……。

【今月のレポート盤】

THE VERVE Urban Hymns: 20th Anniversary Edition Hut/Virgin EMI/ユニバーサル(1997)

 

雑色理佳「顧問が一番乗りで部室に待機してるってどういうこと?」

三崎ハナ「しかも、朝から恍惚とした表情でCDを聴いているなんて不気味です!」

新馬場康夫「せっかく合宿の引率役を買って出てやったのに、失礼な言い草だなあ」

雑色「あ、ヴァーヴの『Urban Hymns: 20th Anniversary Edition』じゃん! てか、また97年にタイムスリップしてるよ。この前もレディオヘッドの『OK Computer』で喜んでたし、とんだノスタル爺だな!」

新馬場「いや~、僕にとってこのアルバムは別格でさ! 短期間ながら分裂していたヴァーヴが再結成して放った起死回生の一枚であり、下火になりつつあったブリット・ポップ人気を横目に正統派UKロックの意地を見せつけた大名盤だからね!」

雑色「うわ、声デカッ! 部室の温度が5度上がった気がするわ! ハナ、いますぐ麦茶!」

三崎「ガッテンです! ちなみに、この20周年記念盤はどんな仕様なんですか?」

新馬場「よくぞ聴いてくれた! 通常盤は2枚組で、Disc-1にはアルバムの最新リマスター音源、Disc-2には98年のマンチェスター公演を中心とした未発表のライヴ音源が入っているんだ。90年代には一度も来日しなかったヴァーヴだけに、当時の熱気溢れるステージが確認できるなんて感涙だよ。さらに5枚組の限定ボックスにはそのパフォーマンス映像やMV、2004年のセッション音源も入っていてね」

三崎「ふ~ん。去年リチャード・アシュクロフトのソロ作『These People』が出た時も、バンバ先生と同世代くらいの人たちが浮かれていましたが、ハナにはなぜそこまで大騒ぎするのかイマイチわからなくて……」

雑色「この3作目『Urban Hymns』は大ヒットしたからにゃ~。いまだに信者が多いのも当然と言えば当然?」

新馬場「何せ12週も全英チャートの首位をキープしたうえに、世界中で1000万枚以上のセールスを記録したからね」

三崎「もちろん超が付くほどのヒット作っていうことは知っていますけど、でもそのわりに〈ポスト・ヴァーヴ〉みたいな触れ込みってあんまり見ないですよね。後進への影響って大きいんですか?」

雑色「ヴァーヴってもともとはスピリチュアライズドとかに近いスペイシーなサイケ・バンドだったんだよ。だけど、従来のカラーを残しつつもストリングスを大々的に導入した本作によって、叙情的でスケールの大きなサウンドを一気に開花させた感じよね、にゃはは」

三崎「うん、メランコリックな感性とサイケなグルーヴが両立していますね。メジャー感がしっかりあるのもイイ!」

雑色「そうそう。この絶妙な均衡を保ったプロダクションは、ミューズや初期のアーケイド・ファイアに多大なインスピレーションを与えていると思うよ」

新馬場「黙って聞いていれば……本質はそこじゃないだろ! 例えば“Sonnet”や“The Drugs Don't Work”のメロディーを聴いてみろよ! 『Urban Hymns』の魅力は小手先の革新性に頼らず、ただただ良い歌を紡ぐことに全力をかけていることなんだって!」

雑色「まあ、確かにヴァーヴってローリング・ストーンズやビートルズ、スミスにストーン・ローゼズら、ベタすぎるほどベタなルーツを持った、ある意味で王道的な英国のバンドっすからね」

新馬場「昨今の音楽メディアの影響なのか、ロッ研のみんなも作品の話をする時、曲の構造から始めるだろ? 〈ドリーム・ポップにネオ・ソウル要素がどうのこうの〉とかって。でも、音の配合成分を分析したところで何なんだよ! 大事なのはその音楽に対してエモーショナルになれるかどうか。だからこそ、僕はこういうギミックなしのロックが聴きたいんだ! 君たちもインディー界隈の流行に惑わされてばかりいないで、『Urban Hymns』を100回聴くべきっ!」

雑色「……はいはい。ハナ、麦茶をもう1杯ちょーだい」

 最近の新馬場先生は説教オヤジと化していますね。この調子だと夏合宿も思いやられます……。 【つづく】