93年生まれの現在23歳、南ロンドン出身のロイル・カーナーは、2017年のデビュー・アルバム『Yesterday’s Gone』でUKラップ・シーンの勢力図を塗り替えた。訥々と語るようなラップ、パーソナルな詞、ジャジーなビート、トム・ミッシュら気鋭のミュージシャンの客演……世界的な注目を集めつつあるグライムやUKラップとは異なるサウンドで、新たな才能がシーンの外側から登場したことに誰もが驚かされたのだった。
マーキュリー・プライズとブリット・アワードにノミネートされるなど、2017年の最重要作品のひとつとなった『Yesterday’s Gone』がこの度日本盤化される。歌詞対訳とライナーノーツが付属し、アルバムの世界観、ひいてはロイル・カーナーというラッパーのことを深く知ることができる格好のアイテムとなっている。また、5月には来日公演も決定している。
来日と『Yesterday’s Gone』の日本盤リリースを機に、Mikikiではロイル・カーナーをフィーチャー。シェイムと南ロンドン・シーンについてのコラムでも筆を揮った照沼健太が若きラッパーの表現の核心に迫った。 *Mikiki編集部
LOYLE CARNER 『Yesterday’s Gone』 Virgin EMI UK/HOSTESS(2017)
2017年を代表する作品
ドレイクによるフックアップも含め、スケプタやストームジーらのブレイクによりアメリカへの進出を始めたグライム。そしてJハスやノーツらアフロビーツとダンスホールをヒップホップに取り込んだアフロ・バッシュメントが注目を集めるUKラップ。ロンドンを中心としたイギリスのラップ・ミュージックは近年、世界的ムーヴメントとなりつつある。そんな盛り上がりのなか、この若きラッパーであるロイル・カーナーは独特の存在感を放っている。
ロイル・カーナーは2012年に音楽キャリアをスタートさせ、2014年にEP『A Little Late』をリリース。MFドゥーム、ジョーイ・バッドアス、ナズらのサポートを務め、2017年にリリースしたファースト・アルバムが『Yesterday’s Gone』である。本作はセールス面での成功のみならず、マーキュリー・プライズやブリット・アワードへのノミネートをはじめクリティックからも高い評価を得、2017年を代表する作品となった。
イギリスらしさの乏しさ
『Yesterday’s Gone』の大きな特徴は、まず一聴して〈イギリスらしさの乏しさ〉にある。ファットで煙った質感のビートとジャジーなテイストは90年代のUS東海岸ヒップホップを想起させるし、ロイルが放つラップのフロウにもグライムやUKラップのような癖は薄い。
そうした〈ストレート〉な、ともすれば印象に残らない危険性すらあるビートに乗せて紡がれる言葉は、自己を強くアピールするボースティングでも、スリリングなサグ・ライフの描写でも、成り上がり、勝ち上がるための上昇志向の表明でもない。ロイル自身の抱えるパーソナルな問題、家族の話、日常生活における金の悩みや、実在しない妹を夢見る“Florence”のようなちょっとした願望だ。それは例えばこうだ。
小切手が支払われなかったらまずいことになる
金のことが心配で引っ越すわけじゃない
でもどこを見渡しても借金しかない
心配で頭がおかしくなりそう
苦しんでピリピリしてる時に
「なんで君の音楽は全部同じに聞こえるの?」と質問される
「何も状況が変わってないからだよ」と説明する
だから、何も状況が変わってないんだよ
マジで何も変わっちゃいない
だから何も変わってないんだよ
何も変わってないって言ってるんだろ
“Ain’t Nothing Changed”