まだ道半ば、ここからまたスタートするような気分

――そして、今回はアルバムの全曲解説インタヴューでアルバム本編を紐解いていきたいんですけど、1曲目“red”はそれこそジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダー、両方のニュアンスが含まれた曲になっていますね。

「そうなんですよ。そして、前作の1曲目が“azure”、つまり〈紺色〉という意味で、今回は〈赤〉というタイトルからもパッションを感じさせる曲になった。生きていくだけでも大変な時代なのに、バンドを20年続けるというのは、かなり大変なことじゃないですか。でも、自分たちとしてはまだ志半ばだと思っているし、この曲のモチーフになっているジョイ・ディヴィジョンなんて、曲を書いていたフロントマン(イアン・カーティス)を失って、それでもやるんだぜってニュー・オーダーは始まったわけで。20年経っても、僕らはここからニュー・オーダーを始めるような気分だよねっていう自分たちなりのエモーショナルな気分を伝えたかったんですよね」

※80年にみずから命を絶つ

――Spangleは歌詞でメッセージを伝えるバンドではないですけど、音やアイデアからその意図はひしひしと伝わってきます。

「バンドを始めた頃、演奏力がまったく足りていなかった自分たちからすると、前作では洗練の極みといえる領域に達したような気がしていて。だからこそ、今回はまた新しいことが始まっていくような、そんなムードを形にしたいなと思っていたときにこの曲が出来た。オープニング・ナンバーに相応しいな、と思いました」

――2曲目の“lay low”はニューウェイヴ・ファンクの今日的な解釈と前作の流れを組むミニマルなバンド・アンサンブルが融合した1曲ですね。

「今日はニューウェイヴというキーワードが何度も出てきていますけど、おじさんがオールドウェイヴをやっている感じになるのは嫌なので、女性ヴォーカルをフィーチャーした最近のミニマルなトラックを、自分たちなりに消化したうえでのニューウェイヴ感をバンドとして提示したくて、リズム・パッドを生で叩いてもらったんです。でも、こういうミニマルな曲をバンドでやろうとすると音を削ぎ落としていくのに本当に時間がかかって大変なんですよね(笑)。さらには神田さんがミリ単位の微細な調整を延々と続けて、すべてを間引いた結果がこの曲に結実しました」

――そして、クリアなトーンの3曲目“so as not to”にはザ・なつやすみバンドのMC.sirafuさんがスティールパンとトランペットで参加しています。

「sirafuくんは、実は20年前に僕らがバンドを始めた頃、周辺にいた人で、おそらく僕らのヒドすぎたデビュー・ライヴも観てるはずなんです(笑)。なので、20周年の節目となる今作でぜひ、彼に参加してもらいたいなと思って頼みました」

――この曲が顕著ですけど、今作のサウンドはリヴァーブが深めですよね。

「そう。sirafuくんには〈ここまでリヴァーブをかけないでほしい〉と言われたくらいだったんです(笑)。神田さんとはリヴァーブの設計をひたすら考えて、最後のほうは(僕では)違いがわからないくらいのところまで微調整を続けてました」

――ロックにおけるリヴァーブ・サウンドは、2000年代のUSインディーのトレンドでもありましたが、神田さんと藤枝さんは現行のバンドが参照している80年代のギター・バンドのリヴァーブ・サウンドをリアルタイムで聴いていたわけで、リヴァーブの扱い方、捉え方も当然違いますよね。

「そうですね。そうした経験をふまえつつ、ただのノスタルジーではなく、現在進行形の音として客観的な視点で捉えることも大事だし、音数を減らすことによって、慣れ親しんだ手癖のようなフレーズも軽減されて、新たに考える局面も多々ありました」

――4曲目の“still three”は、それ以前の曲のグルーヴがソリッドなものであるのに対して、ここではしなやかさや躍動感が際立っていますね。

「この曲は制作の最後のほうに出来たのかな。最初にスタジオで音合わせをした時にはアッパーになりすぎてしまったので、イントロはコード1つに、ベースのフレーズも展開していく部分を全部カットして、アルバムの流れにいい感じで収まるようにアレンジしていったんです。今回はギターもシンセサイザーもあれこれ音色を使い分けすぎないようにした。Spangleにとって、ここまで同じトーンで統一されたアルバムは今回が初めてかもしれない」

――そして、レコードのA面最後にあたる5曲目の“touei”は削ぎ落としたミニマルなファンク・ビートのストイックさとワウギターをはじめとする上モノの浮遊感が絶妙なコントラストになっていますね。

「この曲ももともとは音数が多かったんですけど、このアルバムではいちばん削ぎ落とした曲なんじゃないかな。ただ、前半はストイックなんですけど、後半はメロウに着地するという構成になっていますし、ストイックすぎると聴くときに疲れてしまうんじゃないかという懸念もあって、ワウやリヴァーブのエフェクトをかけたギターでほんの少しだけ余韻を残すように意識しました。〈極限まで間引く美学〉って、バンド結成時にはまったくできなかったことなので、長く活動を続けて大人になったのかなとも思いますし(笑)、大坪さんの歌うメロディーを信じられるようになったというか。彼女の歌さえあれば、曲として成立させられると思えるようになったこともプラスに作用していると思います」

 

20年やってきて、それでもまだ残っていた絞りカスみたいなものこそ個性

――B面の1曲目にあたる6曲目の“sai”はSpangleのルーツである80年代末のギター・バンドを彷彿とさせる、抜けるようなメロディー・センスが顕在化しています。

「そう。ギター・ポップというかネオアコというか、スミス以降のラフ・トレードやクリエイションから出てきたギター・バンドを思い起こさせるサウンドですよね。前作『ghost is dead』のタイトルはスミスの『Queen Is Dead』(86年)をもじったものでしたし、自分たちが立ち返るとなったら、やっぱり外せないし、こういうメロディーの疾走感はB面最初の曲に相応しいんじゃないかなって。そして、この曲でもパッドを叩いてもらったんですけど、オールドスクールっぽくもあり、いまっぽくもある絶妙な音色になっています」

――そういう絶妙に、ニッチなところを攻めるのがSpangleらしくもありますよね。

「そうですね(笑)。そういう美学だけははっきりしているかもしれない。やはり、全方位的な表現をめざすと、曲のイメージとしては〈円〉になると思うんですけど、僕らのこだわりは偏っているので、この20年で切っ先だけどんどん鋭くなっている気がして。だから、あと20年、この調子で続けて、その先端の鋭さたるや……というところまで行けたらいいなって(笑)」

――そして、ふたたびMC.sirafuさんが参加した7曲目の“toss out it”はリズムの展開の付け方に遊びがありますね。

「Spangleって、誰も事前に曲を作ってこないんですよ(笑)。だから、スタジオで音を出しながら、〈次のコードはこれかな〉とか〈このテンポで試してみよう〉とか、時間をかけて試行錯誤しながら、曲を作っていくんです。いまのサポート・メンバーになってから10年くらい経って、ようやく、こういう遊びができるようになったということでもある。アルバム後半の曲は自分たちのなかのオルタナティヴ・ロックが投影された曲が多くて、この曲のギターはトーキング・ヘッズやソニック・ユースの影響が滲み出ている気がしますね」

――お話を伺っていると、今回のアルバムはさまざまな音楽から受けた影響があちこちに散りばめられているんですね。それでいて、散漫な印象は微塵もないという。

「いままではアルバムの中にできるだけ振り幅のある曲が入ってるのがいいなと思ってたんですが、前作、今作ではいろんな要素を一つのトーンのなかで形に出来るようになってきたんですよね。いまの時代、〈個性〉というキーワードが声高に強調されているような気がするんですけど、個性なんて、20年ひたすら音楽をやってきて、それでもまだ残っている絞りカスみたいなもの、それでも出てしまうものが個性なのかもしれないな、と思ってて。いまのSpangleの音楽はそういう領域に入った気がするんですよね」

 

もう解散する理由もないし、続いていくことがいまは嬉しい

――そして、8曲目の“give each other space”はエンディングに向かう前に挟み込まれたインストゥルメンタルです。

「この曲は僕と笹原くんがギターを弾いていないし、大坪さんも歌ってないんですよ」

――メンバー3人が直接的には参加してないんですか?

「そう。曲としてはシンセによるメインテーマがあり、そこにリズム隊が入るというイメージがあって、それを信頼するサポート・メンバーに形にしてもらったんです。(曲のムードで言うと)80年代から90年代にかけて、セゾングループが輸入レコード・ショップのWAVEや美術専門書店のアール・ヴィヴァンをオープンさせたり、ミニシアター・ブームのきっかけにもなったりと、お金をかけて尖りまくった文化事業をやっていた時期があったじゃないですか?」

――六本木WAVEは、ほとんど情報がない輸入レコードやCDがオールジャンルで並んでいて、行くのにすら緊張するような大人のクールさがありましたよね。

「そう。この曲は、あの当時のイメージを形にすることを第一に考えていました。そして、いままでだったら、笹原くんがギターを弾きたがったりするところ、必要だと感じなければ、そういうものをすべて削ぎ落として、例えば、3人が直接手を加えなくても、Spangleの曲として胸を張って出そうと思ったんですよ」

――当時といまとでは経済や時代背景が大きく異なるので、どちらがいいということではないんですけど、セゾン・カルチャーに象徴される当時の文化状況は切羽詰まっていなかったというか、気持ちの豊かさがありましたよね。それをノスタルジーということではなく、いまの時代への新しい提案として、3人が不在のインスト曲として形にしたのは非常に興味深いですね。

「それに続く9曲目の“mio”のミュージック・ビデオは、それこそ、自分たちにとって、良かった時期のセゾン・カルチャーのイメージを投影したんですよ。最近、増えてきているいまの若いリスナーがそれを見てどう思うのか。あと、楽曲的にはSpangle初期の大事な曲である“nano”(2003年作『or』に収録)の続編的な曲をこのタイミングで作りたかったんですよね」

――この曲は、2018年にXTALくんがSpangleの曲をフロア向けにリエディットした12インチ・シングルに通じるダンス・トラックとしても聴けますよね。

「それこそ、XTALくんは同世代で、大学時代、僕がインディー雑誌を作っていたとき、彼は『モンスーン』っていう雑誌を作っていて、その時期に初めて会ったんです。そうしたら、去年、久々に連絡があって、リエディット・シングルのリリースをオファーしてくれたんですよ。そして、XTALくんと言えば、Crue-Lから作品を出していますし、今回のアルバムのプロデュースをお願いした神田さんもCrue-Lファミリーじゃないですか?」

――しかも、XTALくんが12インチでリエディットした2曲“U-Lite”と“R.G.B.”は神田さんがプロデュースした2005年のアルバム『TRACE』の曲ですもんね。

「そう。『TRACE』はそれ以前のポスト・ロック、音響路線から移行していった最初の作品で、ブラック・ミュージックだったり、ブルーアイド・ソウルの要素だったりを加えたんですよ。振り返るとあの作品でも神田さんは偏執的なミックスを延々とやってましたね(笑)」

――はははは。そして、アルバムは“mio”で締め括っても良かったと思うんですけど、ヘヴィーなラスト曲“tesla”を持ってきて、ただでは終わらないという。

「“tesla”という楽曲は前作の制作時に存在していたもののアルバムの尺を考えて、収録できなかったから、次のアルバムに繋がっていく会場限定のシングルとしてリリースしたんですよ。そのアレンジは打ち込みを用いたエレクトロニカという感じだったんですけど、今回、アルバムに収録するためにホワイト・ノイズに包まれるようなシューゲイザー的アレンジで録り直して、最後はプロデューサーの神田さんにもギターで参加してもらったんです」

――敏腕プロデューサーが仕事の仕上げにダルマの目を入れた、と。

「ははは、まさに。曲自体はミニマルなバンド・アンサンブルでありつつ、打ち出し方はオルタナティヴというか。手数や情報量が多い音楽が主流のいまの時代のカウンターでありたかったし、この曲で締め括った今回のアルバムが完成したことでその先が見えたというか。バンドとしてはもう解散する理由もないし(笑)、今後も続いていくんだなと思ったんですよ。Spangleを始めたとき、まさかここまで続くことになるとは考えもしなかったけど、この先も続けていくんだなと思えたことが、いまは嬉しいですね」