2018年末、3人組バンド、Spangle call Lilli lineが結成20周年を迎えた。90年代後半、日本でポスト・ロックが注目を集めるなか、活動を始めた彼らは、ストイックなアート性はそのままに、ポスト・ロックには収まりきらない幾多の音楽的な変遷を重ねてきた。チャットモンチーの福岡晃子をはじめ、多くのミュージシャンから愛され、リスペクトされる彼らのスタンスは、3人にそれぞれ音楽とは分野の異なる生業、生活があり、それが長きに渡る活動を続けるうえでの秘訣であるとも語られてきたが、はたして、それだけでバンドを20年続けることができるだろうか?

Spangle call Lilli lineにとっての大きな節目を飾る新作アルバム『Dreams Never End』は、これまでメッセージらしいメッセージを発してこなかった彼らの明確なステイトメントと言える作品だ。共同プロデューサー兼エンジニアは、2004年の名作『TRACE』、2015年の前作『ghost is dead』を手がけた神田朋樹。精緻かつ先鋭的なプロダクションに定評がある彼との長期間に及んだレコーディングを通じ、ルーツであるニューウェイヴの先鋭性やポスト・ロック以降のミニマルなバンド・アンサンブルを懐に引き寄せながら、クリアで明度の高い音の向こうに未来の風景が美しく透けて見える作品を見事に作り上げた。今回Mikikiでは、これまで以上に多彩な楽曲を収めた『Dreams Never End』を紐解くべく、全曲解説インタヴューを実施。過去、現在、未来を繋げた作品を前に、ギターの藤枝憲に話を訊いた。

Spangle call Lilli line Dreams Never End felicity(2019)

 

自分たちが考える美しさの強度を、時間をかけて高めていく

――2018年でSpangle call Lilli lineは結成20周年を迎えたそうで、まずはおめでとうございます。

「ありがとうございます。ちょうどバンド結成が98年の年末だったので、ここから20周年イヤーが始まるんですよ。だから、今回の作品も同じタイミングでリリースしたかったんです。前作『ghost is dead』までのインターヴァルが5年、そして、今回が3年。ヴォーカルの大坪(加奈)さんは、以前は長崎、いまは広島に住んでいるし、僕はデザイン仕事、ギターの笹原(清明)くんもカメラマンとしての日々の仕事があって、放っとくとそれくらい時間が経ってしまうので、今回はリリース間隔もちょうどいいのかなって。振り返ると最初の頃はレコーディングしたくてしょうがない、ジャケットを作りたくてしょうがないという感じで、溢れ出る何かに突き動かされて毎年コンスタントに作品を作っていたんですけどね(笑)」

――4枚目のアルバム『TRACE』とミニ・アルバム『FOR INSTALLATION』を同じ年に出した2005年までは、Spangleもバンドらしい活動をしていたんですけどね。

「ははは。だから、いまの活動ペースは20年かけて熟成されたものとも言えるんです。そのかわり、いままで以上にじっくり制作に取り組むようになって、前作も1年かけて作りましたし、今回も2017年の年末にみんなで話し合って、年明けからレコーディングを始めて、マスタリングが終わったのは11月だったので、制作期間はまたしても約1年かかってしまったという。前作同様、今回もミックスを神田さんにお願いしたんですけど、神田さんなんか2か月くらいかけて延々とミックスしてましたからね」

――スピードが生み出すフレッシュさよりも時間をかけることで生まれる熟成感を求めているのかもしれないですね。

「長い活動のなかではスピード感が大事なときもあると思うんですけど、いまはその時々の流行や感情をバンバン放っていくモードではなくて。まして、うちらはメンバーが日常的に会ったり、つるんだりしているバンドでもなければ、この10年くらいはどこかのシーンに属さないまま、ここまで来てしまったという感もあったりするんで、どうしてもマイペースになってしまいますね(笑)」

――そうなったとき、バンドとしては何を拠り所にするのか。以前は、藤枝さんが引っ張っていった作品もあったと思うんですけど、今回はいかがでしたか?

「前作と今作はすごく(起点としては)近くて、音数をなるべく少なくして、自分たちが考える美しさの強度を高めていくという方向性はメンバー間で共有できていました。作りたかったのは前作の発展形なんですけど、無機質な『ghost is dead』に対して、原点回帰というか、20年前の気分がちょっと入っている今回は、少しウェットな印象ですね」

――アートワークが前作はモノクロ、今回は白をベースにクリアな抜け感、透け感があって、対照的ですもんね。

「ダークサイドというか音的に隙間が多かった前作に対して、今回も隙間はあるんですけど、その音の間をリヴァーブで満たしているし、同じことがアートワークにも言えると思います」

『ghost is dead』収録曲“azure”

 

ステレオラブとポーティスヘッド、ヨ・ラ・テンゴを足したものが、僕たちの土台

――今回、意識した原点回帰ということに関して言えば、デビュー当時のSpangleはポスト・ロック・バンドという位置づけがなされていたと思うんですけど、それとは少々異なる原点回帰であるように思いました。

「今作のタイトルは、ニュー・オーダーのファースト・アルバム『Movement』(81年)の1曲目から取ったんですけど、ピーター・サヴィルのアートワークも含め、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーに象徴される初期のニューウェイヴ感が大好きで、それが僕と笹原くんの原点だったりもします。加えて僕が立ち返りたいと思ったのは、94年頃に知ったステレオラブとポーティスヘッド、ヨ・ラ・テンゴに通じる空気感というか。当時のステレオラブはジャーマン・ロックの影響を受けて、2コードを延々とミニマルに繰り返すようなサウンドで、こんなに起伏や派手さがなくてもいいんだっていう驚きがあって」

――ヨ・ラ・テンゴがジョン・マッケンタイアのプロデュースで出したアルバム『Fade』(2013年)もミニマルなサウンドでしたもんね。

「もうちょっと陰の部分だとポーティスヘッドの『Dummy』(94年)も一音一音に鬼気迫るものがあって、音数が少ないアルバムですよね」

――メンバーのジェフ・バーロウがいまやっているビーク>もそれこそジャーマン・ロックの影響が色濃いバンドだったりしますし。

「ステレオラブに関して言えば、Spangle結成前の96年に出したアルバム『Emperor Tomato Ketchup』がジョン・マッケンタイアのプロデュースで、僕はそこからトータスをはじめ、ポスト・ロックに繋がっていったんですよ。だから、Spangleもポスト・ロックと言えば、ポスト・ロックなんでしょうけど、シカゴ系が好きだったかというと……。まぁ、シー・アンド・ケイクは好きだったんですけどね」

――ポスト・ロックといっても、トーク・トークやスロウダイヴ、バーク・サイコシスのようなイギリスのギター・バンドの系譜からアメリカのハードコアの系譜まで、いろんなアプローチがあって、Spangleの場合はメロディーを活かしたギター・バンドの発展形ですよね。

「僕のなかでは、当時のステレオラブとポーティスヘッド、ヨ・ラ・テンゴを足したものがSpangleの土台にあるのかなと思います。そうかと思えば、大坪さんのメロディーをギターで弾くとエヴリシング・バット・ザ・ガールに通じるものもあったり。好きな音楽でいえばUK、US、北欧のインディーズにルーツがあるし、時代のタイミング的にはそこにポスト・ロックが噛み合った感じなんですよね。当時よく覚えているのが、ファースト・アルバムをP-VINEから出したとき、担当の人がサンガツのファースト・アルバムをくれたんです。そのときに〈ここに女性ヴォーカルを乗せたらSpangleに近いかもしれない〉って言われたんですけど、そのアルバムのプロデューサーはジム・オルークなんですよね」

※2000年作『サンガツ』

2002n年作『Nanae』収録曲“E”
 

――Spangleのファースト・アルバム『Spangle call Lilli line』が出たのが2001年ですから、ジム・オルークがミックスを担当したウィルコの『Yankee Hotel Foxtrot』(2002年)がリリースされる直前の時期ですね。

「それで小野田さんがライナーノーツを書いてくれたセカンド・アルバム『Nanae』はリリースが2002年。同じ年にスーパーカーがエレクトロニック・ミュージックに歩み寄った『HIGHVISION』をリリースしていて、どちらも益子(樹)さんがプロデューサーだったこともあり、一緒にアルバムを並べてくれるCDショップもあった。その頃は同時代の音楽シーンと少しは接点があったんだけど、その後は外部とあまり接点がなく、いまに至るという」

――10月に7インチ・シングルのみでリリースされて、今回のアルバムにはボーナス・トラックとして収録されている“therefore”で元スーパーカーのナカコーくんとコラボレーションを行ったのは、そういった過去もあったわけですね。

「そうなんですよ。今回は20周年の節目のアルバムなので、20年ずっとうちらのライヴに通い続けてくれる方もいるし、去年、スーパーカーが20周年だったことを知って。彼らは若くしてデビューしているんですけど、自分たちとキャリアがほぼ一緒なんだなと思って、ナカコーくんにお願いしてみたら、快く引き受けてくれてくれたんですよ」

――“therefore”をアルバムの本編に組み込もうとは考えなかったんですか?

「今回のアルバムはアナログを出したいと考えていたので、内容も収録分数を考慮したアナログ・サイズになっていて。“therefore”はアルバムとは別の時期に制作していたんです。なので、そこからこぼれてしまう“therefore”は先行で7インチを切って、CDのボーナス・トラックにしたんです」