COLUMN

スウィンドルは『No More Normal』でUKジャズを拡張する

グライム・シーンから登場した才人の新作

Photo by Adama Jalloh
 

2000年代後半にロンドンのグライム・シーンから頭角を現し、ジャズやR&B/ファンク、ヒップホップも取り込んだ越境的・折衷的な音楽性で知られるスウィンドル。これまでにたびたび来日公演を行っており、またライヴではバンドでの生演奏にもこだわるなど、グライムのプロデューサーと一括りにはできない音楽家としての体力の高さが持ち味だ。

彼がジャイルズ・ピーターソン主宰のブラウンズウッドからリリースする新作『No More Normal』には、近年盛り上がりを見せるUKジャズ・シーンの重要プレイヤーたちが多数参加している。まさにスウィンドルのキャリアの集大成にして、現在のロンドン・シーンを活写していると言っていい充実作『No More Normal』を、ライター/編集者の近藤真弥が紐解いた。 *Mikiki編集部

SWINDLE No More Normal Brownswood /BEAT(2019)

スウィンドルの旅はグライム・シーンから始まった

南ロンドンで育ったスウィンドルの旅は、グライム・シーンから始まった。そのルーツを知るためにも聴いてほしいのが、2007年に発表された初のミックステープ『The 140 Mixtape』だ。2000年代のグライム・シーンで活躍していたMCが大勢参加した同作は、ヴァラエティー豊かなトラック群を誇る内容で、飛躍を予感させるには十分すぎるほどの才気が迸っている。

この才気は、2009年のセカンド・ミックステープ『Curriculum Vitae』でより高みに達した。MCを入れないインスト作品ということもあり、スウィンドルの確かなプロダクション・スキルを堪能できる作品だ。多彩なグルーヴと、それを可能にする豊富なリズム・パターンは、いま聴いても驚きを与えてくれる。

 

ジャズやファンクも取り込む自由な音楽人

その才能にマイク・パラディナスが目をつけ、2010年にみずから主宰するレーベル、プラネット・ミューからEP『Airmiles』をリリースさせてからの歩みは、多くの人が知るところだろう。2013年の公式デビュー・アルバム『Long Live The Jazz』では、グライムというフォーマットにジャズへの多大なリスペクトを込め、新たなリスナー層を得ることに成功した。

さらに2015年のセカンド・アルバム『Peace, Love & Music』では、ファンクの要素が色濃いサウンドを鳴らし、愛聴していたジョージ・クリントンをベース・ミュージックの文脈と接続してみせた。タイトルが示すように、愛と平和を届けるというストレートな姿勢も、好感を持てるものだ。この頃になると、あくまでグライム・シーンの一員として数えられることも多かったスウィンドルの姿は、もはや遠い過去となっていた。国やジャンルは関係なく、おもしろそうな音は貪欲に取りこむ自由な音楽人と呼ぶべき姿に進化していたのだ。

2015年作『Peace, Love & Music』収録曲“London To LA”

 

UKジャズのプレイヤーが集結した新作『No More Normal』

その魅力は最新アルバム『No More Normal』でも楽しめる。まず耳を惹かれたのが、甘美でゴージャスなプロダクションだ。ストリングスや管楽器の艶やかな響きが随所で冴え渡り、スウィンドルが新たな領域に踏みこんだことを教えてくれる。そうした進歩をするうえで、多くの楽器奏者を招いた影響は無視できないだろう。本作には、ヌビア・ガルシア(サックス)、ユセフ・デイズ(ドラムス)、マンスール・ブラウン(ギター)といった南ロンドンのジャズ・シーンを賑わす面々や、2008年にマンチェスターで結成されたライオット・ジャズ・ブラス・バンドなど、UKジャズを盛り上げる者たちが集結している。

それもあって、本作はいままで以上にジャズ、ファンク、ソウルの要素が際立つが、この変化をもっとも顕著に示す曲のひとつが“Run Up”。もたるリズムはまさにディアンジェロ的で、優美なコーラス・ワークはシャイ・ライツのようなオーセンティックなソウルを想起させるこの曲は、聴くシチュエーションを選ばない秀逸なポップ・ソングだ。ヌビア・ガルシアによる幽玄なサックスの音色はジャズの側面を加え、ナックスの軽やかなラップはグライムの匂いを醸している。言うなれば、グライム、ジャズ、ソウルを跨いできたスウィンドルの過去と現在が反映された曲なのだ。

この横断性は、先行MVが作られた“Coming Home”でもうかがえる。3拍目でスネアを打つミニマルなビートに、分厚いブラス・サウンドが乗るこの曲は、ジャズとグライムが交わる現在のロンドン・シーンを切り取った良曲だ。2分50秒あたりでビートを抜き、マンスール・ブラウンの繊細なギター・プレイとコージー・ラディカルのシャープなラップを強調する展開も、スウィンドルがゲストに花を持たせているようでなんとも心憎い。

『No More Normal』収録曲“Coming Home”

 

ジャズとクラブ・シーンとの交流

そんな本作を聴いて想起したのはモーゼス・ボイドだ。南ロンドン出身のモーゼスは、ドラマーとしてUKジャズ・シーンを牽引する男。ジャズを出自としているが、2017年のミニ・アルバム『Absolute Zero』では、ロイ・ヘインズをリスペクトするジャズ愛聴者としての側面だけでなく、グライムやテクノといった要素も多分に込めるなど、洗練された折衷的サウンドを鳴らした。

そこにはジャズの文脈のみならず、アズ・ワンの『Planetary Folklore』(97年)や、カール・クレイグがインナーゾーン・オーケストラ名義で発表した『Programmed』(99年)など、テクノ側からジャズを拡張した者たちの歩みも射程に入るヴィジョンが描かれている。ヌビア・ガルシアがフローティング・ポインツの支援を受けるなど、最近のUKジャズにはクラブ・シーンの流れを汲むアーティストも多いが、その象徴こそモーゼス・ボイドと言えるだろう。

モーゼス・ボイドの2018年作『Displaced Diaspola』収録曲“Rye Lane Shuffle”

 

スウィンドルはグライム・シーンからジャズを拡張する

本作は、そうしたUKジャズの現況に対する返答とも言える作品だ。先にも書いたように、スウィンドルはグライム・シーンでの活躍によって、リスペクトを集めてきた。そこからジャズ、ファンク、ソウル、グライムが交雑したサウンドを鳴らすに至り、UKジャズ・シーンのアーティストたちと共演するようにもなった。

このような道程を経て誕生した本作は、グライム側からジャズを拡張する革新的音楽で満ちあふれている。それこそ、〈僕たちは自分たちのことを自分たちの流儀でやって、そこにはルールも限界もないという思想〉とスウィンドル自身が述べる、『No More Normal』という言葉の意味そのものだ。

『No More Normal』収録曲“Rerach The Stars”

 

〈人々は手を取り合える〉というポジティヴなメッセージ

本作のオープニング“What We Do”では、ライダー・シャヒークの素晴らしいスピーチが聴ける。音楽は階級や宗教などさまざまな垣根を越えるというメッセージは、あまりにナイーヴすぎると笑われるかもしれない。だが、スウィンドルはそんなこと気にもしないだろう。〈Peace, Love & Music〉という言葉を平然と掲げる男なのだから。

人種差別のニュースを見たことが背景にある“Talk A Lot”など、本作はこれまでの作品と比べてシリアスな側面も目立つ。しかし基本的には、〈人々は手を取り合える〉というポジティヴなフィーリングが色濃い。それを証明するように、スウィンドルは多くのアーティストと素晴らしい音楽を作り、こうして私たちに届けてくれた。そういう在り方自体がメッセージになっている『No More Normal』は、分断の深刻さが叫ばれることも多い現在を憂慮する人々の盾となり、力強く励ましてくれるだろう。

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