田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野がこの一週間に海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。先週の〈Song Of The Week〉に収録曲“EARFQUAKE”を選んだタイラー・ザ・クリエイターの新作『IGOR』が、全米ビルボード・チャートの1位に輝きましたね!」
天野龍太郎「タイラーも〈IGOR, NUMBER UNO, STANK YOU〉とツイートしてます。前作『Flower Boy』(2017年)はトップのラナ・デル・レイ『Lust For Life』に敗れて2位だったので、うれしいんでしょうね。あと、エド・シーランが新作を7月12日(金)にリリースするとの発表も話題です」
田中「『No. 6 Collaborations Project』というタイトルで、さまざまなアーティストとのコラボレーション・アルバムみたいですね。詳細が発表されているのは、前々回の〈PSN〉で紹介したジャスティン・ビーバーとの“I Don't Care”と先週公開されたチャンス・ザ・ラッパー & PnBロックとの“Cross Me”だけなんですが、アルバムには全15曲を収録しているとのことで」
天野「どんな面々が参加しているのかが楽しみですね。それでは今週のプレイリストと〈SOTW〉から!」
Ty Dolla $ign feat. J. Cole “Purple Emoji”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はタイ・ダラー・サインとJ・コールの”Purple Emoji”です! すごい曲名だな~……」
田中「スマートフォンの普及で、日本発の〈emoji〉はもはや世界共通の言葉になりましたよね。で、この曲はLAの超人気シンガー/ラッパーのタイ・ダラー・サインと、いまのアメリカを代表するラッパーであるJ・コールの共演曲です」
天野「これはシンプルにかっこいいと思える一曲ですよね。タイダラが得意とする、メロディアスな歌とラップの中間のような美声も最高ですし、J・コールのタイトなラップも見事です」
田中「アカペラ/ゴスペル・グループ、テイク6の“More Than Ever”(2006年)のサンプリングが効いてて、ゆったりとしたBPMのビートもちょっとヒプノティックでいい感じですよね」
天野「J・コールがラップしてる〈角が生えた紫色の絵文字〉って悪魔の絵文字のことですよね。リリックは〈悪魔みたいだけれど、全然悪魔っぽくないよ、ベイビー〉と続きます。絵文字は悪魔を表してるけど、デザインがかわいらしいからってことなんでしょう。曲のムードや〈あなたがほしい〉ってループする詞も踏まえると、ちょっとセクシュアルな含意を感じますね」
田中「そんなセクシーな”Purple Emoji”は、今年リリースされるタイ・ダラー・サインのサード・アルバムに収録予定です。そちらにも期待ですね」
Denzel Curry “SPEEDBOAT”
天野「2曲目はデンゼル・カリーの新曲“SPEEDBOAT”。僕は行けなかったのですが、今年1月の来日公演も結構話題になってましたね」
田中「ですね。デンゼルは米フロリダ州マイアミのラッパーなんですが、『bounce』の記事や〈Rolling Stone〉掲載の渡辺志保さんによるインタヴューにもあるとおり、彼はレイダー・クランやスペースゴーストパープからの影響が強いみたいです」
天野「懐かしいな~! レイダー・クランは2010年代前半に話題になったダークでおどろおどろしいマイアミのラップ・コレクティヴで、そのリーダーのスペースゴーストパープは4ADから2012年にデビューしました。いまどうしてるんだろう……」
田中「それはともかくとして、デンゼルのダークで薄気味悪いオルタナティヴな感じはレイダー・クランっぽいですよね。ラップ・シーンの異端児という感じですが、ここ1、2年で存在感を一気に増した感じがします」
天野「確かに。評判を呼んでるフライング・ロータスの新作『Flamagra』でも、“Black Balloons Reprise”という90年代風のヒップホップ・ナンバーでラップしてました。キーパーソン感ありますよね」
田中「そんなデンゼルの新曲“SPEEDBOAT”はストレートなトラップ・チューン。隙間なく畳みかけるようなラップにも彼の勢いを感じますね。この曲が収録されるニュー・アルバム『ZUU』は今週末の5月31日(金)リリースです。〈PSN〉的に必聴作だと思います!」
will.i.am feat. Lady Leshurr, Lioness & Ms. Banks “Pretty Little Thing”
天野「3曲目はブラック・アイド・ピーズのメンバーとしても知られるウィル・アイ・アムの新曲“Pretty Little Thing”です」
田中「この曲はレイディ・リーシャー、ライオネス、ミス・バンクスというUKの女性ラッパー/グライムMCとのコラボになってますね」
天野「これはそもそも、曲名にもなってるイギリスの女性向けファッション・ブランド〈PrettyLittleThing〉とのタイアップの曲みたいです。それでUKの3人の女性をゲストに迎えていると」
田中「なるほど。ビートはレゲトンやトラップを意識したものですが、サウンドやプロダクションはUKのレゲエ/ダンスホール、あるいはグライムからの影響を強く感じさせますね。ウィル・アイ・アム流のUKアンダーグラウンドへのトリビュートという感じもします」
天野「そのムードがすごくかっこいいんですよね。去年、ブラック・アイド・ピーズがリリースした復活作『Masters Of The Sun Vol. 1』が正直に言ってイマイチな出来だっただけに、かっこいいウィル・アイ・アムのサウンドが聴けた!って感動しました」
田中「レイディ・リーシャー、ライオネス、ミス・バンクスの3人の今後にも注目したいですね。特にサウス・ロンドンのライオネスとミス・バンクスはまだ20代前半。今年ウォッチしておくべき新人という気がしてます」
Cuco feat. Jean Carter “Bossa No Sé”
田中「続いては、クコの“Bossa No Sé”。南カリフォルニアを拠点にする、メキシコ系アメリカ人のシンガー・ソングライターです」
天野「彼はまだ20歳なんですが、本国ではネクスト・ブレイク筆頭といった雰囲気が漂ってますよね。すでにメジャーのインタースコープと契約してますし」
田中「近年、同時代のラップやR&Bと接点を持ったメロウでチルなインディー・ポップは大きな潮流になっています。クコを筆頭にクライロやボーイ・パブロにテンポレックス……初期のレックス・オレンジ・カウンティもその文脈に入れられるのかなと」
天野「クコもラッパーやヒップホップのプロデューサーとの共演が多いんですよね。この“Bossa No Sé”では新鋭ラッパーのジーン・カーターを招いてます」
田中「タイトルどおり、ボサノヴァ・ギターが印象的。そしてビートはトラップという組み合わせの妙が光ります。〈トラッピカリア〉なんて言われているみたいですよ」
天野「歌詞は愛と憎しみについて。〈君は僕のハートを壊してくれたね/それでも君に固執してしまうんだ〉〈君のことが好きなのか嫌いなのかさえわからない〉っていう歌詞が泣けます」
田中「切ない! サウタージな感覚もありますし、このジメジメした時期にぴったりのナンバーですね」
Miya Folick “Malibu Barbie”
田中「最後はミヤ・フォリックの“Malibu Barbie”です」
天野「彼女はLAを拠点に活動してるSSWなんですが、日本人の母親とロシア人の父親のハーフで、なんと浄土真宗の仏教徒として育てられたとか。昨年リリースしたファースト・アルバム『Premonitions』が高い評価を受けました」
田中「『Premonitions』のエレクトロニックでダンサブルなサウンドとパワフルな歌唱はフローレンス・アンド・ザ・マシーンのフローレンス・ウェルチを彷彿とさせましたよね。彼女はとにかく歌が上手いんです。あとキッと睨み付ける表情をとらえたジャケットもすごく印象的でした」
天野「目力の強さが魅力的ですよね。媚びない、搾取されないというアティテュードを示す、新たなインディー・アイコンというか」
田中「この“Malibu Barbie”もルッキズムへの抵抗を歌っているように思います。完璧な見た目であることを求められ、みずからそれを望むことはないんだよ、というメッセージではないかなと」
天野「〈マリブ・バービーの真似をすることを学んだことなんてない/むしろ私がマリブ・バービー〉っていう。最後の〈真面目に受け取らないで/私はまだ人間〉っていうオチもいいですね。一方で、女性が自身の美を追求することを肯定する歌にも感じます。あとは簡素なビートと低音弦1本だけを鳴らしたギター・リフに乗せて、つぶやくように歌うイントロからすでにクールで、前作と比較しても前進した感じがありますね」
田中「今年の夏は多くのフェス出演を控えているようですし、来日公演の実現にも期待ですね!」