INTERVIEW

イゴール・レヴィット『Life』『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 全集』 巨人の体躯をみていると、自身について知ることが多くなる

Felix Broede ©SME

悲観主義者にはなり得ない、私は生きているのだから、とボールドウィンが言った。

 イゴール・レヴィットが聴かせた3つの変奏曲は、控えめに言ってもセンセーションだった。この4月、彼は《東京・春・音楽祭》の招きで、バッハの「ゴルトベルク」、ベートーヴェンの「ディアベッリ」とフレデリック・ジェフフキの「不屈の民」という3作の変奏曲を弾く2夜のリサイタルを行った。2015年にCD3枚組にまとめた3曲だが、近過去の録音をはるかに逸脱し、果敢に自由の遊興へと踏み込んでいた。ライヴの即興性を超えて、さらなる進境をみるべきだろう。バッハを弾いた翌朝、再会したレヴィットは相変わらず、どこか生き急ぐようにせわしかった。

 「録音はもう4年も前のものだし、自分が変化したことを神に感謝するよ。CDは聴き返さないのでわからないけれど、すべてが変わった。いまはたぶん、録音とはまったく関係のない演奏をしている」とレヴィットは言う。「いいことも悪いことも両方もあるだろうけれど、まったく別物の演奏だと思う(笑)。なぜなら、私自身がまったく違う人間になっているから。私はさらに自由になった、そしてもっと即興的に」。

 これらの変奏曲で初期3部作を完結した後に生まれたのが『Igor Levit, Life』。2018年春に録音され、亡くなった無二の親友に捧げられた2枚組だ。バッハ、シューマン、リスト、ブゾーニらの作品を渡り、ジェフスキの「A Mensch(立派な人間)」と、ビル・エヴァンズの「Peace Piece」が各ディスクを美しく結ぶ。「選曲には時間がかかった。15もの異なるプログラムをつくりながら、7、8か月かけて、ずっと悩んでいた。『メンシュ』は最初に収録するとわかっていたが、アルカンなども含め、あらゆる種類の曲を考えては始終変更して」。結果としては、変奏曲とトランスクリプションがアルバムを通じた大きなテーマになっている。「結果そうなった。正直に言って、本作に関して考えていたのは、自分自身ということだけ。私にとってよいと感じられるものはなんでも、このアルバムに入れようと決めた。長く弾いてきた曲が大半だけど、『メンシュ』は久しぶりだし、ビル・エヴァンズは本作のために学んだ、親しい友人に薦められてね」。

IGOR LEVIT ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 全集 Sony Classical(2019)

 この秋には、ベートーヴェンのソナタ全集がリリースされる。2013年に後期ソナタ5曲をまとめた後、年代順にではなくフィーリングにそって録音を続けたと言う。「そうだな。チクルスを通じて、ベートーヴェンというより、自分についてさらに多くの発見があった。巨人の体躯をみていると、自分自身について知ることが多くなる。私のリミットや感情について。そうして新たに限界がみえると、それを押し拓き、消し去ろうと努めるんだ。その先に超えていくために」。

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