川本真琴の実に9年ぶりとなるフル・アルバム『新しい友達』。銀杏BOYZの峯田和伸、七尾旅人、豊田道倫、テニスコーツの植野隆司、GEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポー、mabanua、山本精一、佐内正史……新旧多数の〈友達〉と共に自身のプロデュースで作り上げた本作には、キュートなポップスから自由で実験的なサウンドまで、あるいは川本のリアルであけすけな感情からとびきりのファンタジーまでが同居している。
みずから〈生きざまを聞いてください。〉とコメントし、「全部見せちゃってる」と語るこの万華鏡のような作品は、ある意味で川本真琴その人、川本真琴という音楽家そのものともいえそうだ。一時は引退まで考えたという川本。彼女はどのようにして感動的なアルバム『新しい友達』へとたどり着いたのだろうか? ライター・九龍ジョーとの親密な対話のなかで、その胸の内を明かした(川本真琴『新しい友達』特集一覧はこちら)。 *Mikiki編集部
もう音楽活動をやめようと思っていたんです
――9年ぶりのアルバムですが、SNSに動画を投稿したり、プロモーション方法も変わったんじゃないですか。
「そうなんですけど、案外これまでインストア・イヴェントみたいなものもやってこなかったので……」
――今回、インストア・イヴェントもかなりやってますものね。
「いつも観に来てくれてるライヴのお客さんとかにお店で直接CDを手渡しすることができて、それだけでも新鮮なんです。以前はもっとお客さんが遠い感じでしたから」
――そういう気分になったということなんですか?
「これはアルバムのタイトルを『新しい友達』にしたこととも関係してくるんですけど、9年前に『音楽の世界へようこそ』(2010年)を出した時は、もう音楽活動をやめようと思っていたんです。実際、他の仕事も探して、資格をとるために学校へ通う手続きまでして」
――具体的に動いて。
「はい、音楽系の資格ではあるんですけど、動いてました。で、入学金も払って1日目、朝9時から授業が始まるんですけど……起きれなかったんです(笑)。〈そっか、私、起きれないんだなあ〉と思って、その日のうちに〈すみません、やめます〉って」
――そのタイミングじゃ、入学金も返ってこないでしょうね(笑)。
「そのとおり(笑)。で、結局、新しい仕事は断念したんですけど、ちょうどその頃から、レーベルの方がちらほらミュージシャンを紹介してくれるようになったんですよ。仕事というよりは趣味で〈ちょっと一緒にやってみない?〉みたいな感じ。それでライヴやイヴェントに出て、交流も増えてきたんです」
――何年か前にお話をうかがった時、カーステレオでどついたるねんを聴いているとおっしゃってましたね。
「紹介されるのがだいたい若い人なんですよ。どつとか、スカートの澤部(渡)さんとか、三輪二郎さんとか、いま〈Magic, Drums & Love〉に名前が変わってますけど住所不定無職とか。それで、自分の出るライヴで演奏してもらったり、ライヴをやると新曲とかも作ったりして、あまり仕事という感覚じゃないまま、〈なんか作ってみよっか〉みたいな感じでミニ・アルバムとかがトントンって出て」
――2011年に『フェアリー・チューンズ』、2012年に『川本真琴 and 幽霊』、2013年に『願いがかわるまでに』、2016年に『川本真琴withゴロニャンず』、これだけ見たら、けっこうコンスタントな活動ですよね。
「そうなんです。なんか……続いちゃったんですよね(笑)」
――やめるつもりだったのに(笑)。
「そう! 人と知り合って、友達がどんどん増えていって、その人たちと一緒にやることで新たな作品が生まれました」
――すごく自然な感じもします。誰でもそうはできないと思いますけど。
「普通、仕事として音楽をやると、目標みたいなのがあったりするじゃないですか。でも、そういうのはホントずっとなくて」
――楽しいですか?
「けっこう、うん(笑)。で、この9年間を総まとめで言うと、やっぱりこのタイトルかなあって」
――『新しい友達』。
「ですね。実を言うと、この言葉自体は私から出てきたものじゃないんですけど」
――同名曲の共同作詞にマルコ・シエスタさんが入っていますね。
「ええ、マルコさんが〈新しい友達〉という単語を持ってきてくれて、それがピッタリきたというか」
音楽って自分の全部が伝わってしまうんですよね
――多士済々な方たちが参加して、曲も様々ですが、スジは一本通っている印象を受けました。
「NYレコーディングから始まったんですけど、その時点では全貌は見えてなかったんですけどね」
――NYは誰かの紹介だったんですか?
「植野(隆司、テニスコーツ)さんですね。私は英語もしゃべれないし、向こうのミュージシャンもぜんぜん知らないんですけど、植野さんは慣れてるんで。まずドラムのジェレミー(・ガスティン)っていうアメリカ人を紹介していただいて、彼のブラジル人の友達でベンジャミン(・ラザール・デイヴィス)も来てくれて」
――“灯台”“大観覧車”“ロードムービー”、3曲がNY録音ですか。
「ですね。実はこのNY録音でアルバムの制作費を、半分ぐらい使っちゃったんですよ」
――そういう予定ではなかった?
「はい。自主制作なので金銭面に関してはすべて私がコントロールしなきゃいけないんですけど、そのへんカッチリ考えてなくて、予算がどんどんかさんでいって……ホント大変だったんです(苦笑)」
――それを川本さん自身がやってるっていうのが大事なことですね。おそらく、ファンでもそのことを知らない人も多いんじゃないでしょうか。
「ただ、自分でやってるからといって、ケチくさい雰囲気が出たらダメだなとは思っているんです」
――そこを大事にしてる感じは伝わってますよ。
「前はちょっとあったんですよ。音楽のほうで切り詰めることはできないので、私生活を切り詰めようみたいな。でもぜんぜん続かなかった(笑)。やっぱり、ケチくさいのはダメだなって。音楽って自分の全部が伝わってしまうんですよね。できれば、私の音楽を聴いてるあいだぐらいは、自分の生活のこととかからは離れてもらいたいじゃないですか」
――そういうことは昔から考えてるんですか?
「けっこうそうですね。もし逆にやるんだったら、もう、生活を切り詰めた内容100パーセントの音楽をやりたいかも。歌詞とかも」
――それも聴いてみたいですけどね(笑)。
「〈実家のお母さんが私にこんなことを言った〉とか(笑)。それはそれで面白いかもしれない。ただ、今回のアルバムはちゃんとファンタジーになってます」
『新しい友達』を本当に手渡したい人
――“新しい友達 II”のMVもすごくよかったですよ。監督のカンパニー松尾さんは自身のレーベル(HMJM Records)から川本さんの作品をリリースしたこともありますが、何か言ってましたか?
「“新しい友達 II”については、〈ど直球できましたね!〉って」
――松尾さんらしい感想ですね。
「いつもそうなんですけど、すごく個人的な動機でアルバムを作ってるんですよ。なんていうのかな、〈ギフト〉みたいな感じ。本当に手渡したい人がいて。だから〈音楽〉というよりは、音楽も入ってるし、写真も入ってるし、メッセージも入ってる、みたいな。特にこの“新しい友達 II”はもうその人に向けてのメッセージなんです(笑)」
――でも、特定の誰かに向けたことが普遍性を帯びるということもあると思いますよ。
「そうなんですけど、人に書く手紙やメールだったら、まず丁寧に書くじゃないですか。〈お久しぶりです〉とかで始まって、〈こういうことがあり、私はいまこう思っています。ではお元気で〉みたいな。でも、この曲はなんか言いたい放題になってるというか」
――詳しい事情はわかりませんが(笑)、希望のある吹っ切れ方だという印象を受けましたよ。
「だといいんですけどね(笑)。〈いろいろありがとうございました。ではさようなら〉じゃなくて、なんかもう〈私はこんなでした!〉って全部見せちゃってるみたいな。だから、いまこのアルバムを渡そうか渡すまいか、すごく迷ってるんです」
――その人に? でも、発売しちゃってるじゃないですか(笑)。
「だって、〈こんなこと言われてもなあ〉みたいな内容じゃないですか。困った贈り物ですよ。ただ、やっぱり〈想い〉って形になるんだなと思いました。特に形を考えたわけじゃなかったのに、想いだけで突っ走ったら、やっぱり最終形はこうなったかと」
――MVでは、どうして曽我部恵一さんを走らせようと思ったんですか。
「曽我部さんって、みんなに見せている部分とは違う、素の部分がある気がしたんです。それが透けて見えているところに魅力を感じて。ホントだったら恋人にしか見せないような表情を出してほしくて。それがめちゃくちゃ走ってもらったら、出てくるんじゃないかと思って」
――なるほど。豊田道倫さんのギターもいいなと思いました。
「豊田さん、爆音でしたねえ。エンジニアの人がちょっと困ってました。でも、すごくよかったな」
――久下(惠生)さんのドラムも暴れてますしね。そして、なんといっても、ゲスト・ヴォーカルに峯田和伸(銀杏BOYZ)さん。
「バーンってきましたね、歌が。初めて観たのが、どついたるねんのLIQUIDROOM※だったんですよ」
――あの時は、峯田さんは全裸に近くて、川本さんもジャージ姿で暴れまくってましたよね(笑)。
「そう、あの峯田さんを見たら、私も適当にはできないなっていう気持ちになって(笑)」
――この曲に峯田さんの声が必要だと思われたわけですよね。
「ええ、一緒に歌ってみてわかったんですけど、峯田さんって歌詞をすごく素直に歌うんです。作ってる部分がない。形から入っていなくて、本当にただ〈しゃべる〉ように歌っている」
――そういう人はあまりいないですか?
「いないですね。自分の体験のように話をされると、ぱっと頭に入ってくるじゃないですか。だから人に刺さるんだっていうのがわかって。その後、私自身も歌い方が変わったんじゃないかと思います」
恋愛の歌なんだけど、それは人生の歌でもあると思うんです
――同じく七尾旅人さんをゲスト・ヴォーカルに迎えた“君と仲良くなるためのメロディ”も、旅人さんっぽさのある曲だと思いました。
「もともとはmabanuaさんに作ってもらったバックトラックがあって、4年ぐらい寝かしてあったんです。それに今回、メロディと歌詞をつけたんですね。その後、ちょうど旅人くんの新しいアルバム(『Stray Dogs』)をいただいたので、すごく聴いていたんです。いまでもそのアルバムばかりずっと聴いていますね」
――お二人とも、関係も長いですよね。
「旅人くんは私のことをどう思ってるかわからないけど、やっぱり、昔会った時とはお互い環境がちょっと違っていて、その、いまの旅人くんの空気を入れてくれた感じがします。実際、旅人くんの家の周りは山なんですね。鳥の声とか、虫の声が聞こえて。〈歌を録る時、この外の音も一緒に入れちゃって〉ってお願いしましたから(笑)」
――〈新しい友達〉という意味では、“へんないきもの”はマヒト(ゥ・ザ・ピーポー、GEZAN)さんの作った曲で。
「マヒトくんとは、少し前にイヴェントで一緒に歌ったことがあって。“月だってひとりぼっち”っていう曲だったんですけど、それがすごくよかったんです。またその感じで一緒にやりたいなあと思って」
――何か注文はしたんですか?
「そこはもう、マヒトくんの世界観で自由にやってくださいってお願いしました。同級生だった友達がアルバムを買ってくれたんですけど、その子どもさんが“へんないきもの”を気に入って、笑って聴いてるよって教えてくれたんですよ。すごくうれしいと思いました(笑)」
――いい話ですね(笑)。この曲もそうですが、アルバム全体を通して、歌詞に〈動物〉が多く登場しますね。
「たしかにちょいちょい出てきますね。私、つきあいの50パーセントぐらい動物なんですよ。生活の半分は猫といるし(笑)。みなさん人間社会で生きてるなあ、と思うんですよ。社会的なこととか、人間関係のことをちゃんと考えているじゃないですか」
――川本さんも考えてるんじゃないですか?
「私、ちょっとは考えるけど、キャパが狭くてすぐ諦めちゃう(笑)。もう無理、いいや、なくていい、みたいな。たぶん私の中で唯一、人と関わる場所って恋愛なのかもしれない。恋愛といっても、〈キャッキャ、ラブラブ〉みたいなことだけじゃなくて、そこには相手の生き方や人生も入ってくるじゃないですか。だから、私の歌でも、恋愛の歌なんだけど、それは人生の歌でもあると思うんです」
――今回のアルバムの曲は、特にそれを感じますね。
「“あの日に帰りたい”とかそうですよね。最初は恋愛から入るんですけど、そこに相手の生きてきた歴史とか背景も入ってきますし」
――“あの日に帰りたい”はアレンジャーに山本精一さんがクレジットされていますね。
「山本さんと大阪の喫茶店で〈どんなアレンジにしますか?〉っていう話をしたんですけど、とてもおもしろくて。山本さん、自分のアルバムの歌入れに、1曲ごとに3日ぐらいかけるって言うんですよ。私なんか、1曲の歌入れ、3~4時間ぐらいだし、それでできなかったら、〈すいません! どうか、もう1日やらしてください〉って感じなのに、山本さんは〈3日かけるのは普通〉って言うんです。そもそも私、山本さんはギターの人っていう印象だったし、歌入れにそんなに時間かけるんだ!と思って。私の常識をはるかに上回る感じで、こういう先輩がいると心が安定しますよね(笑)」
――これでいいんだって(笑)。
「そうなんですよ。私、自分のことめちゃくちゃやってるなあと思ってたけど、上には上がいるっていう(笑)」
有本ゆみこや佐内正史との共作について
――さらにアルバムには、ミュージシャンだけじゃなく、ファッション関係の有本ゆみこさんや、写真家の佐内正史さんなども参加してますね。
「有本さんに作詞してもらった“トムソンガゼルになりたかった”については、ラフォーレ(原宿)のあたりを歩いてたら、すごく好きな感じの洋楽が流れていたことがあったんです。で、その感じの曲を作りたいと思って。せっかくなら歌詞もラフォーレのあたりを歩いている女の子が好きそうな感じがいいなと思って、これは有本さんに頼みたいと思いました」
――佐内さんと共作詞になっている“灯台”はどんな経緯ですか。
「これは歌詞を書いてほしいというオファーじゃなくて、ただ佐内さんと電話で話してたんですよね。その時、佐内さんがおもしろいことを言ったので、私、メモしてたんですよ。それが曲になりました」
――歌詞で言うと、アルバムの最後に置かれた“ロードムービー”は90年代の渋谷のドキュメントで、かつ当時の川本さんの置かれた状況に重なる部分もある。とても印象に残りました。
「“ロードムービー”はいちばん難しかったですね、録音が」
――それはどのあたりが?
「以前からライヴでは歌っていたんですけど、これって隣の人にしゃべりかけてるような感じの歌なんですよ。でもレコーディングだと状況が違うので」
――そうか、ライヴは目の前にお客さんが見えているから。
「そうなんです。誰かがいると想定して歌うのも変だし。本当に難しかったですね」
〈やめる〉とか〈引退〉とか、よくわからない
――すごく川本さんの〈いま〉を記録しておきたいという意志を感じさせられるアルバムだと思いますね。
「あ、そうだ。このアルバムについて私、メモをしてきたんですよね……ちょっと待ってください(カバンからノートを取り出してページをめくり出す)」
――話す内容をメモしてきたんですか。
「はい、インタヴューを受けた時に言おうと思って。(小声で)ちょっと待ってください……」
――メモの中身はすでにどこかでお話しされましたか。
「いや、どこでもしゃべってないです……あっ!」
――ありました?
「なにこれ……ぜんぜん無理だわ(笑)」
――無理?
「なんかイキッて書いてるんですけど、自分でもなにを言ってるのかわからない(苦笑)」
――断片だけでも教えていただけませんか?
「いや……〈このアルバムはもはや国だ〉って書いてあります」
――それ、いいじゃないですか。川本さんは音楽で世間の現実と拮抗するぐらいの世界をつくっていると思いますよ。
「ていうか恥ずかしいですよ、もう(笑)」
――そういえば、かつての音楽活動をやめたいという気持ちはどうなりました?
「ぜんぜんなくなっちゃいましたね。そもそもなんで〈やめる〉とか〈引退〉とか言うのかもよくわからないし。だって、そんなこと言わなくたって、ただ音楽をやらなきゃいいだけじゃないですか」
――スパッとなにかを変えたい気持ちが、当時はあったのかもしれませんね。
「たしかに、なにか違った人生もあるんじゃないか?とか大袈裟に考えがちでしたね。今回も制作費などのこともあって、もう次はないかもと思いながら作ってましたけど、まだ続けられそうです。これからもフレキシブルに音楽活動をしていきたいと思います」
LIVE INFORMATION
川本真琴 ワンマンライヴ 2020「新しい友達」
2020年1月10日(金)東京・渋谷 CLUB QUATTRO
開場/開演:18:30/19:30
オフィシャル先行受付(e+):
https://eplus.jp/kawamotomakoto/
お問い合わせ(クリエイティブマン):03-3499-6669
公演特設サイト:
https://www.creativeman.co.jp/event/kawamotomakoto/