天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。いま大きな話題になっているのは、ブリトニー・スピアーズです。彼女は、2008年から適用された成人後見人制度によって、13年間にわたり自由を奪われていると噂されていました。2月に放送されたドキュメンタリー『Framing Britney Spears』を通じてその問題が広く認知され、多くのミュージシャンやファンがブリトニーの解放を訴える〈#FreeBritney〉運動が高まっています」

田中亮太「これまでの経緯はなかなか入り組んでいるので、Rolling Stone Japanの〈全米でブリトニー・スピアーズの『解放運動(#FreeBritney)』がヒートアップする理由〉などを参照してください。ブリトニー自身は彼女の現状や〈#FreeBritney〉について沈黙を保っていたのですが、今週23日に裁判所で審問に立ち、後見の解除を訴えました

天野「ブリトニーは20分もの間、用意していたメモを読み上げたそうです。避妊リングの装着や向精神薬の服用を強要されていることを明かし、〈人生を取り戻したい〉と述べました」

田中「これをきっかけに、彼女が自由になることを願わずにはいられません。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」

 

Low “Days Like These”
Song Of The Week

天野「今週もっとも衝撃を受けたのが、この曲。ロウの新曲“Days Like This”です」

田中「ロウはベテランなので、知っている方も多いと思います。93年に結成された、いわゆるサッドコア/スロウコアを代表するインディー・ロック・バンドで、米ミネソタのダルース出身。ヴァージン傘下のヴァーノン・ヤード(Vernon Yard)から94年にデビュー、その後クランキー(Kranky)に移り、現在はサブ・ポップに所属。初期は、スティーヴ・アルビニと作品を作っていたこともありました」

天野「USインディー・シーンのアウトサイドで長く不思議な魅力を放っているバンドなのですが、2018年にリリースした12作目『Double Negative』が絶賛されたことで、かなり重要性が増しましたよね。彼らの存在感はいま、大きいです。現在はアラン・スパーホーク(Alan Sparhawk)とミミ・パーカー(Mimi Parker)のデュオで、この“Days Like These”は『Double Negative』以来の新作となる『Hey What』からのシングル。『Hey What』は9月10日(金)にリリースされます。で、これ、とんでもない曲ですよね。Pitchforkが〈Best New Music〉に選んだのも納得です

田中「強烈ですよね。特に、前半のヴォイス・エフェクト。スパーホークは力強くストレートに歌い上げているのですが、左右のチャンネルのコーラスにすさまじい歪みがかかっていきます。ジェイムズ・ブレイクがやってきたことの極北というか、ボン・イヴェールやフランシス・アンド・ザ・ライツが使うプリズマイザーをおどろおどろしくした感じというか……。中盤からはドリーミーで空間的なサウンドが展開されるのですが、そこに切り込んでくるシンセサイザーの響きがまた鮮烈」

天野「プロデューサーは、ロウの近作を手がけていて、いま亮太さんが名前を挙げたボン・イヴェールやフランシス・アンド・ザ・ライツと作品を作っているBJ・バートン(BJ Burton)。彼も重要ですよね。とにかくロウの新作、とんでもないことになっていそうです」

 

Doja Cat & The Weeknd “You Right”

天野「一方、こちらは今週最大の話題曲。ビッグなポップ・アクト2組が共演した、ドージャ・キャットとウィークエンドの“You Right”です」

田中「ドージャ・キャットは“Say So”(2019年)のヒット以降絶好調で、この連載で取り上げたSZAとの“Kiss Me More”も話題になりましたよね。そして、本日6月25日にニュー・アルバム『Planet Her』をリリース。ウィークエンドは、グラミー賞とのゴタゴタはあったものの、アルバム『After Hours』(2020年)は各アワードを総なめにし、スーパー・ボウルのハーフタイム・ショーも見事にやりとげました」

天野「“You Right”は『Planet Her』からのシングルで、そんな大スターのコラボレーション・ソングです。ジャケットのイメージどおりの、浮遊感たっぷりのドクター・ルーク(Dr. Luke)によるビートの上で、甘く歌い交わすドージャとウィークエンドの声がムードたっぷりなヒップホップR&B。リリックは、恋人がいながらも別の相手を求めてしまう女性、彼女を求めてしまう男性の目線から歌ったもの。ただ、2人の歌声が重なっていないのが、なんだか男女のすれちがいを感じさせますね。とにかく、『Planet Her』は今週必聴の一作です!」

 

Mariah The Scientist “2 You”

天野「マライア・ザ・サイエンティストはMikikiに初登場ですね。アトランタのR&Bアーティスト、マライア・バックルズ(Mariah Buckles)のステージ・ネームです。トーリー・レインズのレーベル、ワン・アンブレラ(One Umbrella)に所属しています。メーガン・ザ・スタリオンの銃撃事件があったので、彼のことは言及すらしたくないのですが……。それはともかくとして、2019年にデビュー・アルバム『MASTER』をリリースして注目を集めた新進のシンガーが、マライアです」

田中「この新曲“2 You”は、マライアが7月9日(金)にリリースする新作『Ry Ry World』からのシングル。ブランディなど、多数のR&Bシンガーを手がける売れっ子のDJキャンパー(DJ Camper)がプロデュースしていて、細かくチョップされたコーラスが独特の浮遊感を生んでいますね。クラムズ・カジノのようなクラウド・ラップ系のサウンド、というか。幻想的ですが、音像のど真ん中にあるマライアの歌は力強くて、いかにも主役って感じです」

天野「ちょっとSZAを思わせますよね。歌詞はかなりパーソナルで、〈私のハートはいま閉じている〉〈墓場に横たわっている/泥まみれで〉と、過去に傷つけられたことが歌われています。おそらく、相手は音楽仲間だったのでしょう。〈私たちの作ったものは美しかった〉〈私たちの曲がかかるたび/恥に思うのはなぜかわからないでしょう〉と、痛ましく告白しています。誰について歌っているのでしょうか?」