田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。先週お伝えした〈UEFA EURO 2020〉ではイタリアが勝利、残念ながらイングランドは負けてしまいました……」

天野龍太郎「ソーシャル・メディアではライトニング・シーズ“Three Lions”の歌詞にかけて〈It’s coming to Rome〉と言われていて、ちょっと笑ってしまいました。チケットを持たない一部のファンが試合前後に暴徒化してしまっていたのは、心配でしたが……」

田中「PKを外したイングランドの選手数名が人種差別被害に遭う、という悲しい出来事もありました。とはいえ、それに対して多くの選手やサポーターが連帯の声を上げていて、そうした動きは感動的でしたね。イタリアは今大会もっとも魅力的なサッカーをしていたチームなので、アッズーリが優勝したのはよかったなと思っています! さて、今週いちばんのビッグ・ニュースをお伝えしましょう。以前お話しした、オアシスのドキュメンタリー映画『Oasis Knebworth 1996』の公開日が決定。イギリスで9月23日に公開されます!」

天野「それが今週いちばんのニュース……? しかも、日本の公開日は未定じゃないですか。映画といえば、ホールジーが新作にあわせてIMAX映画『If I Can’t Have Love, I Want Power』を公開する、というのはびっくりしました。予告編を観てみたら『ゲーム・オブ・スローンズ』+『ハーレイ・クイン』な映像で、これがなんとも……(笑)」

田中「あと、エンターテインメント界ではカンヌ国際映画祭が話題。日本の作品も出品されていますが、音楽関連の注目作は、なんといってもレオス・カラックス監督のミュージカル『Annette』。あのスパークスが音楽と脚本を担当しています」

天野「アメリカでは、エミー賞のノミニーが発表されたことも話題ですね。クリエイティヴ・アーツ・エミー賞のほうではウィークエンドのスーパーボウル・ハーフタイム・ショー、デイヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』、『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』など、音楽関連の注目作が多数ノミネート。さて。前置きが長くなりましたが、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」

 

Baby Queen “You Shaped Hole”
Song Of The Week

田中「〈SOTW〉は、ベイビー・クイーンの“You Shaped Hole”! 南アフリカ生まれで現在はロンドンを拠点にしているミュージシャン、アラベラ・レイサム(Arabella Latham)のソロ・プロジェクトです。彼女は、2020年にデビューしたばかりのニューカマー。キャッチーなメロディーとエレクトロ・ポップ調のサウンドを持ち味に、イギリスではライジング・スターの一人と言われています」

天野「特にNMEがかなりプッシュしていますよね。僕は正直、〈そこまでかな〉と思っているのですが、亮太さんはこの“You Shaped Hole”をいたく気に入っていましたよね。亮太さんが好きそうな曲だと思いました(笑)」

田中「プロダクション面で際立って先鋭的とかではないんですけど、ポップソングとして実にウェルメイドで魅力的だなと。遅めの4つ打ちのビートとパンピンな鍵盤を中心に据えたアレンジから醸されるバレアリックな雰囲気は、ロードの新曲“Solar Power”と近いものを感じます。あと、語りを効果的に取り入れたメロディーラインがとっても滑らかで心地よい。リリックは、〈失恋による喪失感を埋めるために、いろいろなことを試してみたけど、何も効果がなかった〉という体験が元になっているそうです。つまり王道のハートブレイク・ソングですね。ただ、この曲では切なさをパワーに変換することに成功していると思います。聴いていて無性にエネルギーが湧いてくるんですよね。泣ける―! ちくしょー! やるぞー!って」

天野「なんだかよくわかりませんが……(笑)。この曲は、9月3日(金)にリリースされるミックステープ『The Yearbook』に収録されます。どんな作品なのか期待ですね!」

 

Turnstile feat. Blood Orange “ALIEN LOVE CALL”

天野「続いて紹介するターンスタイルは、ボルティモア出身のハードコア・パンク・バンド。意外にも〈PSN〉に初登場です。亮太さんも僕も大好きなバンドで、リリースのたびに候補に挙げていました」

田中「彼らは2018年の傑作『Time & Space』でメタルコア系の名門レーベル、ロードランナーに移籍。激情的なサウンドや圧倒的なパフォーマンスでパンクやメタルのコアなリスナーから絶大的な支持を受けつつ、そうした枠から常にちょっとはみ出ているような存在感がおもしろい。バンドの写真ひとつとってもいつもお洒落だし、ストリート・カルチャーとの交流が垣間見える。ユーモラスなミュージック・ビデオを含めて、ちょっとビースティ・ボーイズっぽいんですよね。ちなみに、黒人ベーシストのフリーキー・フランツ(Freaky Franz)はラッパーとしても活動しています」

天野「2020年にはオーストラリアのハウス~レイヴ・サウンドを得意にしているDJ/プロデューサー、モール・グラブ(Mall Grab)がリミックスを手掛けたEP『Share A View』を発表していました。そのときの組み合わせには驚きましたが、今回のコラボレーション相手はなんとブラッド・オレンジと。これもちょっと想定していなかったですね」

田中「〈凄センス~〉という感じですよね。もしや、ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズが若かりし頃にやっていたテスト・アイシクルズをほうふつとさせるトラッシュ・パンクなサウンドでは……とワクワクしたんですが、オルタナティヴR&Bを通過したグランジ、といった感じでした。そりゃそうか。とはいえ、これはこれでかっこいい! この曲は8月27日(金)にリリースされる新作『GLOW ON』に収録されます。ブラッド・オレンジはアルバムの最後を飾る“LONELY DEZIRES”にもフィーチャーされている模様。楽しみなリリースですね!」

 

Tainy, Yandel & SAINt JHN “SI TE VAS”

天野「3曲目はタイニー × ヤンデル × セイント・ジョンの“SI TE VAS”です。夏っぽくていい曲ですね!」

田中「夏はラテン、ですね。タイニーはこの連載に何度も登場している、プエルトリコの、レゲトン界最高峰の売れっ子プロデューサーです。ヤンデルは2000年にデビューした、レゲトン/ラテン・ポップのヴェテランで。2010年代の第2次レゲトン・ブームに先駆けた世代ですね。セイント・ジョンはガイアナ系アメリカ人のラッパーで、イマンベック(Imanbek)による“Roses”のリミックス(2019年)が大ヒットし、グラミー賞を受賞したことで知られています。彼はビヨンセのアルバム『The Lion King: The Gift』(2019年)にも参加していました」

天野「そんな3者のレゲトン・ナンバーがこの“SI TE VAS”ですが、ギターやパーカッションのニュアンスにはレゲトンよりもアフロビーツの要素が強いですね。アフロビーツがレゲトンに浸食されている、というのがおもしろい! ただ、低音が薄いアフロビーツよりもトラップやレゲエのようにベースが強調されていて、かなりハイブリッドな曲だと思いました。ちなみに、曲名の〈si te vas〉とは〈if you go〉の意味。セイント・ジョンのリリックから想像すると、去っていく恋人についての歌のようですね」